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第五章:仮初め x 夫婦(3)

 パーティー当日――


 ユージーンは軍服に着替えていた。胸元にはウォルター家の紋章。これは、魔獣討伐団に所属する者たちが、その立場を示すためにつけているものらしい。だから軍服姿で胸元にウォルター家の紋章がある者は、魔獣討伐団の人間であると、一目でわかるのだとか。


 クラリスはシトラス色のドレスに身を包む。これもここに来てから贈られたものなのだが、日々、毒と戯れていたため、ユージーンが不在の間はドレスを着ていない。


 今日はコルセットとまではいかないが、体型を補正する下着を着せられた。その上にドレスを着たわけだが、胸元は広がりすぎておらず、とても上品なデザインになっている。袖にはレースによって小ぶりの花が補色で刺繍され、控えめなデザインであるものの遠目からは映える。スカート部分には同系色のグラデーションでレースが幾重にも重ねられていて、動くたびに光の具合で色味が変化する。派手ではないのに、華やかさがあった。


 空色の髪も、いつもは高い位置で一本に結んでいるだけであるが、今日はすっきりとアップにされた。


「準備は終わったのか?」


 いつの間にか部屋の入り口にユージーンが立っていた。黒い髪を後ろになでつけている。


「あ、はい」


 クラリスはなぜか羞恥に包まれた。このような姿を見せるのも恥ずかしいし、そういった姿のユージーンを目にするのも照れる。


「俺の妻は慎ましいようだ」


 いきなりそのように声をかけられ、クラリスの頬は熱くなる。熱を孕んだまま、彼を見上げた。


「では、行こうか。みな、待っている」


 ユージーンが腕をとるように言ってきたため、クラリスはそこに自身の腕を絡めた。

 手をつないで歩いたことはあるけれど、このように腕を組んで歩くのは初めてだ。彼との関係が新しいものに変わったような気がして、落ち着かない。


 大広間に足を踏み入れた途端、わっと歓声があがった。

 この雰囲気は、クラリスが知っているパーティーとは異なる。


 その場にいるのは大人だけではない。かわいらしいワンピース姿の女の子、ジャケットを羽織って恥ずかしそうにしている男の子。老若男女問わず、さまざまな人たちが集まっていた。


「ウォルター領に住んでいる者たちが参加している」


 だから彼は、王城で開かれるようなパーティーとは異なると言っていたのだ。料理も凝っているが、誰もが食べやすいようにテーブルに並べられていて、立食形式になっている。大広間の大きな窓も開放され、庭園への行き来が自由にできるため、外で食事をとることもできる。


 今日は、皆、朝からバタバタと動いていた。夜に行われるパーティーではなく、日の高いうちに開催することで、子どもたちも参加できるようにと。


 ユージーンがクラリスにグラスを手渡した。オレンジ色の液体は、果汁のようにも見える。


「……皆、無事に戻ってきてくれた。彼らの功績を称えて、乾杯!」


 壇上のユージーンの言葉に合わせて、一斉にグラスが掲げられた。

 クラリスにとっては初めて目にする世界で、何をどうしたらいいかがわからない。とにかく、一口だけ飲んで、喉を潤す。


 ユージーンはグラスの中身を一気に飲み干した。


「よし、みんな。聞いてくれ」


 彼はまた、声を張り上げる。歓談が始まりつつあったのに、その声でシンと静まり返った。


「知っている者もいるかもしれないが、俺の妻となったクラリスだ。彼女はこのウォルター領を明るく輝かせる存在となるだろう」


 たったそれだけであるのに、会場にはわれんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。


「これからはクラリスと共に、このウォルター領を治めていきたいと思う。お前たちも、何か思うことがあったら遠慮なく声をあげてくれ」


 ユージーンがクラリスの腕を引っ張った。


「クラリス、簡単でいいから挨拶を」


 急に言われて心の準備などできていない。それでも人々の関心はクラリスに向いている。


「あ、はい。クラリスです。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」


 また拍手が沸き起こる。その拍手の中から「お姉ちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。


「……あっ」


 するとユージーンが怪訝そうに目を細くする。


「知り合いか?」

「え? あ、はい。以前、ネイサンと街へ行ったときに、そこでちょっと……」


 クラリスがすべてを言い終わらぬうちに、男の子が近づいてきた。


「お姉ちゃん。領主様のお嫁さんだった?」

「え、えぇ。そうね……」


 男の子の後ろには両親と思われる男女が立っていて、男のほうは軍服姿である。


「なんだ、お前の息子か?」

「あ、はい。団長。以前、息子が奥様に助けていただいたそうで……お礼を言わねばと思っておりまして……」


 ユージーンは状況がわからないようだ。それでも、その場の雰囲気を読んだのだろう。


「そうか」

「本当にあのときは、ありがとうございました」


 男の子の母親が深く頭を下げた。


「あ、えと。お気になさらないでください。わたくしは、薬師として当たり前のことをしただけですから」

「ですが、あのときは奥様だとは知らず、失礼な態度を……」

「子どものことが心配であれば、誰だってああなります」


 クラリスがニッコリと微笑めば、女性は感謝の言葉を繰り返す。


「せっかくのパーティーですから、楽しんでいってください」


 その言葉に、女性はさらに深く感謝の意を示した。

 親子がペコペコと頭を下げながら離れていくのを見届けると、ユージーンが強引に腰に手をまわす。


「俺のいない間に、何をしたんだ?」


 いつもより低い声で、耳元で尋ねてくる。吐息が耳たぶに触れ、クラリスは少しだけ身体を震わせた。


「何をって、今も言いましたとおり、薬師として当たり前のことをしただけです。あの子が突発的に発熱をしたそうで、そのとき、たまたまネイサンと街へ行ったときでしたので。たまたまあった薬をあの男の子に飲ませました」

「なるほど、たまたまだな……」


 その含みの持たせる言い方に、クラリスはなぜかドキリとした。


「まあ、いい。今日はパーティーだからな。君に紹介したい人たちがいる」


 ユージーンはクラリスの腰を抱いたまま、移動する。これでは不便ではないのだろうかと思うものの、彼は腕をゆるめようとはしない。だから、普段よりも近くに彼を感じる。


「奥様」


 ユージーンと場所を移動していると、また誰かから声をかけられた。


「あのときは、お世話になりまして……」


 そう言い出した年配の男性は、やはりネイサンと街へ行ったときに、薬を与えた男だった。外で野菜売りをしていた彼は、その場でぐったりとしていたのだ。おそらく日に当たりすぎて、体内に必要な水分が奪われたのだろう。

 すぐに水分を与え、薬も溶かして一緒に飲ませた。


「いいえ。わたくしは薬師として当然のことをしたまでです。あのあと、同じような症状は出ていませんか?」

「はい。奥様に言われたとおり、生活しておりますから」


 男は少しだけ恥ずかしそうに笑った。彼はちょうど妻と喧嘩したときで、自暴自棄な生活を送っていたらしい。そういった不摂生な生活もあって日差しを浴びたため、身体が暑さと明るさに負けてしまったのだ。


「あのときは、奥様だとは思わず。しっかりとお礼も言えず、申し訳ありませんでした」

「あなたがこうやって元気な姿を見せてくれたことが、わたくしにとってはお礼以上に喜ばしいことです」

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