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閑話:侍女 → 毒女(1)

 メイはクラリスと共にウォルター領へとやってきた。

 ベネノ侯爵家で侍女として働いていたメイだが、彼女自身はしがない男爵家の娘である。行儀見習いも兼ねて、侯爵家で働くようになったのは今から三年前、十六歳になったときだ。


 だが、慣れない環境で体調を大きく崩すと、クラリスが滋養の出る薬だと言ってジャムのようなものを食べさせてくれた。そのおかげか、体調はすぐによくなり、メイにとっては慈愛に満ちているクラリスは女神のような存在となった。


 だからクラリスが結婚のためにウォルター領へ行くと決まったときも、迷わずついていくことを決めたのだ。

 クラリスは毒師として王太子アルバートに仕えていたというのに、彼の婚約が正式に決まったとたん、ぽいっと捨てられてしまった。


 てっきりクラリスはアルバートと結婚するものだと思っていたメイにとっては、衝撃的な出来事であった。

 ということを、ウォルター領に来てから五日経ったころ、メイがぽろりとこぼした。


「アルバート殿下とわたくしの関係は主従関係よ。結婚だなんてありえないわね」


 いつもの毒入り紅茶を飲みながら、クラリスはしれっと答えた。メイにとっては驚きの事実であったというのに。


「そうなのですか? てっきりお似合いの二人だと思っていたのですが」

「アルバート殿下はハリエッタ様を想っていらしたから、他の女性が寄りつかないようにというけん制もしていたけれども。わたくしとアルバート殿下は、お互いにそういった感情はいっさいないわ」

「そうだったのですね」


 クラリスのすがすがしいほどの笑顔に、二人の関係を勘違いしていたメイは恥ずかしくなった。


「まあ、わたくしも周囲にそう思わせて、わたくし自身の結婚の話題を遠ざけようという意思があったことは認めます」

「クラリス様はご結婚なさるつもりはなかったのですか?」


 メイにとってクラリスに結婚の意思がなかったという話は寝耳に水であった。


「ええ、そうね。あなたもわたくしの体質は知っているでしょう?」

「そうですけれど。それと結婚、関係ありますか?」

「世の中、メイのような人間ばかりではないってことよ」


 そんな意味深な言葉を口にしたクラリスであるが、今はすでに結婚している。しかも新婚ほやほやで、夫は不在という別居婚である。

 さらにその結婚は離婚前提の約束であったため、受け入れたとのこと。

 離婚前提の結婚でかつ別居婚という、新婚とはいえないような環境であっても、クラリスは不平不満を口にしない。


 メイとしてはクラリスの幸せを望みたいだけだから、クラリスにとって満ち足りた生活を送れているのならば、メイ自身も不満はない。


「私は誠心誠意、クラリス様にお仕えするだけです」

「ありがとう。あなたがここに来てくれたから、本当に心強いわ」


 そう言ってもらえれば、メイだってまんざらでもない。ちょっとだけ、心がふわっと浮いた。それを誤魔化すために、話題を振る。


「それにしても、旦那様はどのような方なのでしょうね?」


 せっかく輿入れしてきたというのに肝心の夫が不在。


「わたくしも姿絵しか拝見していなけれども、やさしそうな雰囲気は受け取ったわ。それに、こちらで働いている使用人を見れば、なんとなくその主人の人となりもわかるでしょう?」

「そうですね。アニーさんもとても親切に仕事を教えてくださって。私までよくしてもらってます」


 初めて来たときは見知らぬ場所で不安だった。それでもクラリスが側にいるし、その彼女が初日から毒蛇を捕まえた功績は大きいだろう。


 どうやらこのウォルター領には、毒を持つ危険生物が数多く生息しているようだった。

 その毒がクラリスにとっては必要不可欠のものだから、生活の場としては文句のつけどころがないくらい理想の場所。


 だというのに、クラリスは二年後には王都へ戻ると言うのだ。クラリスの身体を考えれば、王都よりもウォルター領にいたほうがいいだろうと思うのに。


 だけどメイはクラリスに従うだけ。彼女が王都に戻るというのであれば、もちろんメイも一緒に戻るつもりだった。



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