表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/43

第四章:辺境伯 x 毒女(3)

「な、な、な、な、なにをおっしゃっていらっしゃるのでしょう」


 あまりにも動揺して、自分でも何を言っているのかがわからない。

 ユージーンは喉の奥で「くくっ」と笑っている。


「ああ、すまない。あまりにも君が初心な反応を見せてくれて、嬉しくなった。やっぱり、抱いてもいいか?」

「だ、だ、だ、ダメです。我慢するとおっしゃったばかりではありませんか!」

「そうだな。今日は我慢する。明日はどうなるかわからないが」

「明日……」

「なんだ? 君は俺の妻だろう? 俺もやっとここに戻ってこられて、愛おしい妻の側にいられるのだから。少しくらい、かまってくれたっていいのではないか?」


 そう言ったユージーンは、いきなりクラリスの肩をつかんで抱き寄せ、口づけた。

 あまりにもの行動のはやさに、気がついたら目の前に彼の顔があった。クラリスからしてみれば、そんな感じである。


 それも唇と唇を合わせるだけの軽いものではない。彼はしつこく重ね合わせたあげく、唇を食んできた。


「んっ……ふっ……ン」


 息苦しくなって呼吸を求めようとすれば、鼻から抜けるような甘い声が漏れた。次第に身体からも力が抜け、ずるずるとソファに沈みかける。

 いや、押し倒されている。


 今日は抱かないと口にしたユージーンが、熱い口づけをしながら、どさくさにまぎれてソファの上に押し倒してきたのだ。


「やぁ……んっ……」


 これ以上、許してはならない。彼がもたらす甘い口づけによって身体がとろけ始めたころ、クラリスは自由になる両手で、彼の胸をドンドンと叩いた。


 それで我に返ったのか、ユージーンがすっと身体を引き、やっと唇が解放された。


「だ、だ、旦那様。そうやって隙あらば押し倒そうとするのは、やめてください。我慢してくださるはずですよね?」

「ああ、すまない。あまりにも君との口づけが心地よすぎて」


 真下から彼の顔を見上げると、その鉄紺の瞳には、情欲が見え隠れする。


「今日はここまでにしよう。明日以降、いろいろと相談したいことがある。時間をとってもらえるか?」

「あ、はい。もちろんです」


 ユージーンがクラリスの身体を抱き起こす。


「だがな。君は俺の妻だ。それを忘れないでほしい」

「は、はい。期間限定の妻、ですよね? この結婚は離婚約ですよね?」

「なるほど……」


 まるで口づけの名残を味わうかのように、彼はペロリと唇を舐めた。

 その仕草を目にして、ざわっとクラリスの肌は粟立った。


「一生俺の妻でいてもらえるよう、俺も努力しよう。では、おやすみ」


 チュっとクラリスの額に唇を落としたユージーンは、内扉を開けて自身の部屋へと戻っていく。

 高まった身体の熱をやり過ごしながら、クラリスは寝台へと潜り込んだ。




 次の日、目覚めてメイを呼ぶ。昨夜となんらかわりないクラリスの様子をみて、メイは少しだけ顔をしかめたものの、何事もなかったかのように朝の支度を整える。


 クラリスは、朝食の前に温室にまで足を向けるのを日課としている。それもあって、普段は紺色のエプロンワンピースを身につけていた。調薬やら毒草の摘み取り、はたまた生き物の毒抜きをするときの作業のときにも着ている。


 私室を出てエントランスへと向かうと、そこの長椅子にはユージーンが座って、新聞を読んでいた。昨日の晩餐のときと姿もかわって、白いシャツに黒のスラックスというくだけた服装である。


「おはようございます」


 クラリスが声をかけると、ユージーンも新聞から顔をあげて「おはよう」と返す。


「これから温室へ行くのか?」

「はい」

「俺が同行しよう」


 立ち上がったユージーンは新聞をたたんで、長椅子の上にパサリと置いた。さらに、メイに向けて目配せをする。


 するとメイは一礼して去った。


「では、行こうか」


 そう言ったユージーンは、ソファの肘掛けにかけてあった上着を羽織る。

 クラリスはうんともすんとも返事をしていない。温室に行くのかを問われ、それに返事をしただけだというのに。


 ユージーンが差し出した手に、そっと自身の手を重ねた。


 エントランスを出る前に、彼はジョゼフに何か言いつけた。その何かが何であるか、クラリスの耳にも届いていたが、この状況に戸惑っていたため、話の内容は右から左へ通り過ぎていた。


「クラリスは、毎朝、温室まで散歩をしていると聞いた」


 正確には散歩ではなく、温室で栽培している草花の成長具合の確認である。朝一で確認することで、草花の摘み頃を把握しておくのだ。


「はい。メイと一緒に温室まで行っております」

「これからは、メイの代わりに俺が同行していいだろうか?」

「え?」

「迷惑か?」


 おもわず彼の顔を見上げた。


 ユージーンはやさしく微笑んでいる。この顔を見たら「迷惑です」とは言えない。それに、彼も言ったように「メイの代わりに」と思えば、今までとかわりはないだろう。


「いえ、お気遣いいただき、ありがとうございます」

「そ、そうか……迷惑だと言われたら、どうしようかと思った」


 くしゃりと表情をくずして、彼は破顔した。また、その顔がクラリスの心を揺さぶる。

 温室は庭園をまっすぐに抜けていく必要がある。そこでは、朝も早いうちから、庭師が丹誠こめて花の世話をしていた。


「おはようございます、旦那様、奥様」

「おはようございます」

「おはよう。朝から精が出るな」


 ユージーンが声をかけると、庭師は照れたように頭をひょこっと下げた。

 太陽が昇ろうとしているこの時間帯は、まだ空気がひんやりとしており、朝露によって葉っぱが濡れている。


 庭園を抜けるとすぐに温室が見えた。

 温室の中はあたたかい。暑すぎるときは、温室の小窓を開けて温度を調整する必要があるが、今日の気温ではその作業は不要だろう。


 温室内をぐるりと見回して、ここで育てている植物の成長を確認する。まだ摘み頃の花はないが、水が足りていないようだ。


「あの、旦那様。花に水やりをしてもよろしいでしょうか?」


 クラリスにとってはいつものこと。だけどユージーンはこの温室に来たのは初めてあるし、きっと手持ち無沙汰になるだろう。


「そちらに休憩用の椅子がありますので」


 そこで座って待ってもらうつもりだった。


 しかしクラリスがじょうろを手にして水を汲みに行こうとすると、ユージーンが後ろからついてくる。

 水は井戸から汲み上げる必要があるが、その井戸は温室の近くにある。彼はクラリスがやろうとしていることに気がついたようで、ひょいっとじょうろを奪うと、井戸から汲んだ水でじょうろを満たした。


「あ、ありがとうございます」

「温室まで俺が運ぼう」


 水によって満たされたじょうろはそれなりに重いものの、クラリスが運べないほどではない。それでも彼の気持ちをありがたく受け入れる。


「ここで、大丈夫です」


 ユージーンからじょうろを受け取ったクラリスは、それを傾けて草花に水をやり始める。土の色が変わり始めると、湿った土の匂いが漂う。


「君は、ここで何を育てているんだ?」

「毒草と毒花が主ですね。温室で育つものを植えました。温室は気温が安定しておりますから、毒草も育てやすいのです」


 相手がユージーンであるならば、何も内緒にする必要はないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ