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第四章:辺境伯 x 毒女(2)

「わたくしはこの体質を生かして、アルバート殿下の毒見役を務めておりました。アルバート殿下は狙われることが多く、わたくしとしましては毒に困らない生活を送らせていただきました」


 むしろアルバートの毒見役とは、たいへん光栄である。


「アルバート殿下の毒見役は、十年ほど続けさせていただきましたが……」


 ところがあの日。アルバートとハリエッタの婚約披露パーティーが行われた二日後。

 あの二人から結婚をすすめられたのだ。


「ハリエッタ様が殿下の婚約者となられましたので、今度はハリエッタ様の毒見役もと思っていた矢先です。お二人からこの結婚を提案されました。いつの間にか国王陛下にまで取り込んで、断れないような形にもっていったのです」

「その婚約披露パーティーで、君が何をしたのか。俺はネイサンから聞いて知っているのだが。もしかして、アルバートの食事を奪っていたというのは……」

「ものの見事に毒まみれでした。むしろあれは媚薬です。殿下をそのまま寝台に引きずり込んで、既成事実を作ってしまえという思惑が満ちておりました。わたくし、毒だけでなく媚薬にも耐性がありますので。むしろ、薬という薬が効きません」


 少し喉が渇いたクラリスは、毒入りのお茶に手を伸ばす。

 その様子をじっくりとみていたユージーンが口を開く。


「では、その婚約者のハリエッタ嬢のグラスの中身をぶちまけたというのは?」

「はい。あの飲み物にも見事に毒が仕込まれていました。と言いましても睡眠薬です。こちらもハリエッタ様を手籠めにしてやろうとする思惑がひしひしと感じました。おそらく犯人は、メンディー侯爵子息ではないかと。いつも近くをうろうろしていると、ハリエッタ様がおっしゃっておりましたので」


 足を組み直したユージーンの眉間には、かすかにしわが刻まれた。


「ですが、あのときの対処法はやりすぎました。殿下からもハリエッタ様からも叱れました。もう少し、うまくかわす方法があったのではと、後になってから思った次第です」

「つまり、君が毒女と社交界で呼ばれていたのは?」

「それは、独身を貫き通していたから、でしょうか? もしくはああやって、殿下の食べ物を奪っていたから、見る人によってはそう思われたのかも? それでも、殿下を毒から守るのがわたくしの役目と思っておりましたので」


 ふむ、とユージーンは頷く。


「あの、旦那様。旦那様もこの結婚には乗り気でなかったのですよね。そのため、離婚前提での結婚を提案されたわけですよね?」

「そうだな」


 彼の頷き方が、少しだけ上の空に見えた。それでもクラリスはたたみかける。


「ですから、このまま白い結婚を続け、子が授からなければ、わたくしたちの離婚が認められるわけです」


 それが離婚前提の結婚、離婚約の条件である。


「君は、俺と離婚したらどうするつもりなんだ?」

「王都へと戻り、アルバート殿下、そしてハリエッタ様の毒見役をふたたびお願いする予定です。今は、弟のデリックがその役を務めておりますが」


 クラリスは目を伏せ、彼らへと思いを馳せた。

 けしてここでの生活に不満があるわけではない。だって、毒だけは豊富なのだ。


 しかしアルバートもハリエッタもデリックも心配だった。クラリスが毒見役をおりたことで、彼らがその毒に侵されるのではないかと。


「アルバートが俺と君の結婚をすすめた理由だが、なんとなくわかったような気がする」


 ユージーンの低くて静かな声に、クラリスは顔をあげた。


「まず、知っての通り、ウォルター領には毒が豊富だ。好きなだけ食べて、飲んでもらってかまわない」

「あ、ありがとうございます」


 ここに来てから今までも好き勝手毒を手に入れていたので、こうやって許可を出されるとなぜか恥ずかしい。


「それから、俺は君と離婚する気はない」

「……へ?」


 おもわずクラリスの口から、情けない声が漏れた。だが、すぐにきりっと顔を引き締める。


「ですが、この結婚は離婚前提で受ければよい、離婚約であると、そう提案されたのは旦那様ですよね?」

「ああ、そうだ。だが、気がかわった」


 すっと立ち上がったユージーンは、クラリスの隣に座り直した。彼の重みによって、ソファが沈む。


「俺は……この結婚を離婚約にするつもりはない」

「え?」

「俺は君に惚れたんだ。毒蛇を両手に持って俺を出迎えたあの姿。あれは、衝撃的だった。それと同時に、俺の心臓は打ち抜かれた……」

「もしかして、吊り橋効果というものでは? 恐怖を覚えたときに出会った異性に対して、恋愛感情を抱きやすくなると言われているではありませんか」

「たとえそうであったとしても、俺はかまわない。少なくとも、君は今、俺の妻だ」

「ですが、それは紙切れ一枚の薄っぺらい関係です」


 ユージーンの鉄紺の瞳は、まっすぐにクラリスを射貫く。


「今は薄っぺらい関係だとしても、俺が君を愛するのに、何か問題はあるのか?」


 問題はある。このまま結婚関係を続けたら、クラリスは王都に戻れない。クラリスの計画としては、二年間はおとなしくウォルター領で過ごし、二年後に離婚をしたら王都に戻って、王族に再度、仕える予定なのだ。


「旦那様がわたくしを愛してくださるというのであれば、その感情を止めることはできません。ですが、わたくしは旦那様を愛さないかもしれません」

「かまわない。俺が君を想っていればいいだけのこと」


 ギシッとソファが軋んだのは、ユージーンが少しだけ体重のかけ方を変えたからだろう。先ほどよりも、互いの距離が近くなったように思わなくもない。


「それでは、当初の約束と異なります。わたくしは、この結婚の先にあるのが離婚であることを承知でこちらに参りました」

「それは悪いと思っている。だが、先ほど君も言っただろう? 俺の気持ちを止めることはできないと」


 ユージーンの両手が伸びてきて、クラリスの頬を包んだ。目の前にユージーンの顔がある。


「ここには、君にとって必要な毒が大量にある。ここを離れると困るのではないか?」


 クラリスの紫紺の瞳をのぞき込むようにして、彼はそう言った。


「それには心配およびません」


 頬を包む彼の手を取り払うかのように、クラリスは彼の手に自身の手を重ねた。


「わたくしが王都に戻ったとしても、定期的に毒草やらなにやらを仕入れてくれる商人と契約しましたから」


 勝ち誇ったかのように、自信に満ちあふれた笑みを浮かべる。


「うん、わかった。その契約は、即刻、無効とさせてもらうように動く」

「そ、そんな……」


 すぐにやり込められてしまった。


「クラリス、諦めろ。俺は絶対に君とは離婚しない。俺は蛇のようにしつこいぞ?」


 そう言った彼は、蛇のようにペロリと舌を出して唇を舐めた。たったそれだけなのに、彼には妙な色香が漂い、胸の奥がぐずりと音を立てた。それはアルバートには感じたことのない変な気持ちである。


「……わかった、今日は我慢しよう」


 ユージーンは目尻をやわらかく下げた。先ほどまでとは違うその仕草に、またとぎまぎしてしまう。


「我慢って、何をですか?」


 少しだけうるさい心臓を押さえ込み、クラリスはゆっくりと尋ねた。


「これから君を抱こうと思ったのだが……」


 クラリスはぐわっと顔中が熱くなった。

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