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第四章:辺境伯 x 毒女(1)

 ユージーンがクラリスの部屋へやって来るらしい。だけど、待てども待てどもなかなかやって来ない。


 そうこうしているうちに、メイが湯浴みの準備ができたと呼びにきた。

 なぜかいつもより念入りに磨かれる。


 フラミル城で働いている使用人は、クラリスにとても好意的である。初日にエイベルとリサを毒蛇から助けたのがきかっけだったのかもしれない。


 クラリスとしては、フラミル城にやってきて早々、毒蛇を捕まえられたことに歓喜を覚えた。クラリスにとって、毒は必要不可欠なもの。


 だからアルバートの側を離れてしまったため、どうやって毒を手に入れようかと悩んでいたところでもあったのだ。しかし、ウォルター領には豊富に毒があった。


 ネイサンに聞けば、昔からその毒に悩まされている領民も多いらしい。さらに、ときおり出現する魔獣たち。


 ウォルター領の魔獣討伐団は、毒から領民を守り、魔獣から国を守るという役を担っている。さらに、国境であることから隣国との関係を見張る必要もあった。


「奥様、おきれいですわ」


 メイをはじめとする侍女たちに徹底的に磨かれ、薄手のナイトドレスを着せられた。寝るだけであるはずなのに、髪もゆるくまとめられる。


「それでは、私たちは失礼します」


 メイまで部屋を出ていった。いつもであればないはずのワゴンが、部屋の隅に置かれている。


 ユージーンには毒師について説明をしようと思っていたのに、彼はとうとう部屋にやってこなかった。そしてもう、寝る準備がすっかりと整っている。

 もしかしてユージーンは来ないのだろうか。

 そもそも魔獣討伐から戻ってきたばかりである。きっと疲れて眠ってしまったのだろう。


 別に急ぎの話でもないし、彼の都合のよいときに伝えればよい。

 そう思っていた矢先、控えめに扉が叩かれた。


 ――コツ、コツ……コツ、コツ。


 それは部屋の外に通じる扉ではなく、部屋と部屋をつなぐ内側のほう。つまりユージーンの寝室と繋がっている扉のほうである。


「は、はい……」


 まさかそちらの扉が開くとは思ってもいなかった。クラリスは柄にもなく緊張する。


「失礼する」


 ユージーンも湯浴みを終えたところのようだ。襟足が少し濡れており、水滴がこぼれている。こうやってまじまじと彼の顔を見るのも初めてである。


 結婚して二か月。初めて顔を合わせたのが今日なのだから、仕方あるまい。


「どうぞ、こちらに。今、お茶を淹れます。ですが、旦那様のお茶には毒をいれませんから、安心してお飲みください」


 アルバートの近衛たちは、クラリスがアルバートにお茶を淹れるたびに、毒を入れるのではないかと心配していた。アルバートのお茶に毒を入れたことなど、一度もないというのに。


 クラリスだってわかっている。毒を定期的に摂取しなければならないのはクラリスだけであり、他の人は毒を体内に取り込んだことで、最悪、死に至ることも。


「どうぞ。いたって普通のハーブティーです」

「君のは?」


 ユージーンはクラリスのカップの中身が、普通のハーブティーではないことに気づいたようだ。

 カップをテーブルの上に置いたクラリスは、彼の向かい側の二人がけのソファの隅にちょこんと座る。


「わたくしのはいたって普通の毒茶です。といいましても、わたくしが毒茶と呼んでいるだけでして……。旦那様と同じハーブティーに毒を入れたものになります」

「君の話は、俺の想像を超えているようだ。すまないが、もう少し詳しく教えてもらってもいいだろうか」


 クラリスの話を最初から否定せず、こうやって歩み寄ろうとする彼の姿に好感が持てた。


「話は、わたくしの両親にまでさかのぼりますが。わたくしの母親が毒師だったのです。父は、王城で近衛騎士として務めております……」


 クラリスの両親は、王城で出会った。


 近衛騎士と毒師。二人とも王族に仕えていたため、自然と顔を合わせる機会も多かった。そうやって何度か仕事で一緒になるたびに、互いに惹かれるようになる。そして出会ってから二年後、二人は結婚した。

 そこから二年後にクラリスが生まれ、さらに四年後に弟のデリックが生まれる。


 クラリスが三歳になったころ、ありとあらゆる毒を摂取してもまったく効果がない、ということに母親は気がついた。というのも、クラリスは毒師である母親が採取していた毒を、誤って口にしてしまったのだ。周囲の者は慌てて解毒薬を準備しようとしていたが、その間、クラリスはけろっとしていたとのこと。


 念のため、母親は解毒薬を飲ませたが、顔色一つ変えなかったクラリスを不思議に思い、血液を採取して検査した。すると、ありとあらゆる毒に、なんの反応も示さなかった。

 いくら毒に身体を慣らしている毒師といえども、少なからず毒の影響は受ける。そして母親は、クラリスを毒師にするつもりはなかったため、毒の訓練をさせていない。

 となれば毒への耐性は生まれながらに持ったものとなる。毒師からしてみれば理想的な体質であるし、毒慣らしの訓練も不要。


 それでも母親は、クラリスを毒師にするつもりはなかった。


 しかし、転機が訪れたのは十歳になったときだろう。急激にクラリスの体調が悪化した。

 母親は、クラリスが未知の毒でも口にしたのかと思ったそうだ。解毒薬を調合するために、すぐに血液を採取し検査をしたところ、それは毒の影響によるものではなかった。むしろ、身体が毒を欲している。

 解毒薬の代わりに毒を飲ませると、クラリスは回復に向かう。そのようなことが二、三回と続けば、クラリスは定期的に毒を摂取しなければならない体質であると、両親も知る。


 それから一か月後、クラリスは王城へと連れていかれた。そこで出会ったのがアルバートである。


「わたくしがこのように毒を欲するようになったのも、妊娠に気づかなかった母が毒師として毒を取り込んでいたため、その影響を受けたのではないかと思われているようですが、こればかりはわかりません」


 クラリスの体質を知った母親は、自分のせいだと責め涙を流した。

 クラリスはそれを知っている。

 そんな母親を宥めていたのは父親であるし、そもそもクラリスはこの体質を悲観していない。


 また、弟のデリックが毒師になったのも本人の希望である。それは、近衛騎士として働く父親よりも、毒師の母親に強く憧れを抱いたらしいからだ。

 デリックが毒師になると決心したとき、父親は少しだけ寂しそうに顔をゆがめたものの、毒師の仕事がいかに素晴らしいかを力説していた。


 それでも母親は複雑な心境だったようだ。自分は犠牲にしても、子どもを守りたいと、心のどこかでは思っていたにちがいない。


 やはりそれも説き伏せたのは父親である。


 子どもたちだっていつまでも子どものままではない。成長と共に人生の目標を持つようになると。子どもたち本人が自分の意思で毒師になる道を選んだのであれば、それを見守るのも親の役目ではないか、と。


 危険だからといって危険なものをすべて排除してしまえば、成長する機会すら失ってしまう。だから危険であることがすべて悪いわけではない、と。

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