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閑話:側近 → 辺境伯夫人(1)

 ユージーンからの手紙が届いたのは、クラリスが来てから二十日ほど経った頃である。現地の状況を知らせる報告の他に、クラリス宛の手紙が入っていた。


 どうやら裏の森に入ってもいいと、許可を出したようだ。クラリスは宝石のように紫紺の瞳をきらきらと輝かせ、今にも小躍りしそうなほど喜んでいる。


 ただ、護衛をつけなければならない。裏の森には毒を持つ生き物がたくさん存在しているからだ。間違って毒のある植物を手にしないように、毒のある生き物に噛まれないように。そういった毒からクラリスを守るために護衛をつければ森を散策してもいいとのことである。


「ですが、わたくし。毒に関しては誰よりも詳しいという自負がございます」


 薬師であるクラリスのその言葉はあながち間違いではないだろう。しかし、ユージーンが護衛をつけると指示を出したのであれば、それを守る必要がある。ましてクラリスが一人でふらっと森に入り、迷ったとか怪我をしたとかとなれば、それこそ問題になりかねない。


「ですが、ユージーン様は必ず護衛をつけるようにとのことです。こちらを守ることができないのであれば、森の散策はあきらめてください」


 ネイサンが強く言うと、クラリスは護衛をつけて森へ入ることに渋々と納得したようだった。

 さて、ここで問題になるのが、誰をクラリスの護衛につけるか、である。

 今までは城内で、もしくは温室で過ごすことの多かったクラリスに、専属の護衛はつけていなかった。ユージーンが不在であるのも理由の一つ。妻であるクラリスに専属護衛をつけるかどうかは、ユージーンが決めるべきと思っていたからだ。その人選もまた然り。


 しかし今回は、森の散策のための護衛であり専属とは異なる。その人選はネイサンに託すと書かれてあった。

 魔獣討伐団の中で、既婚で子持ちの兵の中から選ぶことにした。だからといって、クラリスと護衛兵の二人きりになるようなことがあってはならない。


「奥様が森の散策ですか? 私が同行します」


 メイに尋ねると、すぐに色よい返事があった。さすがクラリスが連れてきただけの侍女である。クラリスに対する忠誠心が非常に高いのだ。


 そしてなんやかんや悩んだ挙げ句、護衛役は四十代のカロンという兵に頼むことにした。


「奥様の護衛だなんて、名誉なことではありますが……。裏の森の探索とは、なかなか気が重いですね」


 少しだけ目尻にしわを寄せて、カロンは苦笑いしていた。

 そのカロンの様子がおかしいと気がついたのは、彼をクラリスの護衛に命じてから五日経った頃。


「ネイサン様。さすがに毎日はしんどいです」


 そう弱音を吐いてきたのだ。

 どうやらクラリスは、メイとカロンを連れて、毎日、裏の森へ足を伸ばしているらしい。てっきり庭園を散歩しているのかと思っていたら、散歩が散策にかわっていたのだ。


 それに、カロンも言うように、毎日、裏の森に行くのはどうかと思う。ただでさえ、近づいてはならぬ場所。他の者への示しがつかない。いや、他の者から希有の目で見られてしまうだろう。


「奥様。毎日、裏の森へと行っているようですが……」

「ええ、きちんとカロンにもついてきてもらっているし、約束は守っております」

「そのカロンから相談されたのです」


 相談ではなく「苦情」と言おうかと思ったのだが、こうやって間を取り持つのもネイサンの役目でもある。苦情と口にしたことで、二人の間に見えない壁ができるのも避けたい。だからあえて「相談」と言ったのだ。


「……まあ、そうだったのですね。何も言わないから……カロンには悪いことをしました」

「いえ、カロンも奥様が楽しそうにされているのに、自分のせいでその楽しみを奪ってしまうのではと、気にしていたのです」

「そんなに裏の森は、嫌われているのかしら?」

「嫌われているというよりは、危険だからです。奥様は毒について熟知されているようですが、カロンはそうでもありません。ただ、奥様に危険が迫ったときにお守りする、そういった立場の者ですから、なおさら気が気ではないのでしょう」

「そうなのですね、わかりました。毎日は行かないようにします」


 その言葉がクラリスから出たことで、ネイサンは肩の荷がおりたような気分になった。


「二日に一回にします」


 やはり、肩の荷はおりきっていなかった。


「それでも多過ぎです。せめて十日に一回にしてください」

「駄目です、十日だなんて。植物があっという間に成長してしまいます。……そうですね、五日に一回。これ以上は譲れません」


 その結果、クラリスが裏の森を探索するのは、五日に一回に決まった。それ以外は庭園を散歩している。


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