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第三章:夫 x 夫 x 夫(3)

 食事がすすむにつれ、いや、最初からユージーンは気になっていることがあった。


 彼女の前にはあり、ユージーンの前にはないもの。赤い液体の入ったショットグラス。食前酒とは異なる飲み物が気になっていた。しかも彼女は、一気にそれを飲むわけではない。食事と食事の合間に、ちびちびと飲んでいるのだ。


「すまない。一つ、尋ねてもよいだろうか」

「なんでしょう?」

「その……飲み物はなんだ?」


 ユージーンの問いかけに、その場にいたネイサンもアニーもサジェスも息を呑んだ。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。しかし、彼らの反応を見れば、クラリスの飲み物の正体を彼らは知っているわけだ。


 自分だけ知らない事実に、ユージーンの胸はギリッと痛む。


「あぁ、こちらですね?」


 そんなユージーンの気持ちを知ってか知らずか、クラリスの声は明るい。


「こちらは蛇の毒です。蛇の血と毒を混ぜたものになります」


 耳に入ってきた言葉であるが、それを理解するのを本能が拒んでいる。


「蛇の毒? もしかして先ほどの?」

「あ、先ほどは慌てていたとはいえ、見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした。ですが、こちらの毒は先ほどの蛇ではなく、十日ほど前に採取し、そこから……」


 クラリスの声が右耳から左耳へと通り過ぎていく。鈴が転がるような声は聞こえているが、やはり理解ができない。


 助けを求めてネイサンを見やると、彼は首を横に振った。


 しかしネイサンは、すかさずクラリスに近づき、何やら耳元でささやく。

 クラリスの紫紺の目が大きく開き、小さく頷いていた。


「あの……やはり旦那様は、わたくしが毒師であることをご存知ないのでしょうか?」


 毒師――毒を扱う術師。


 ユージーンにはそれだけの知識しかない。そして彼女が毒師であるとは聞いていない。けれども、すんなりと納得できた。腑に落ちたとも言う。


 毒蛇を恐れることなく二匹も掴んでいたのだ。毒師であれば、毒蛇など怖くないのだろう。他にも蜘蛛や蝶、カエル、蜂など、毒をもつ生き物はたくさんいる。


 そしてこのウォルター領には、それらが数多く存在する。しかも動物だけでなく植物も。

 魔獣に対抗するために、動物や植物が毒をため込んだという節もあるが、とにかくウォルター領は毒に困らないほど豊富であった。

 何も知らない者がそれらを手にしないように、ユージーンの部下たちが厳しく目を光らせている。それでも慣れぬ者は、毒の多い場所で生活したいとは思わないようだ。


 それが、ユージーンが結婚できない理由でもあった。ユージーンとの縁談のためにウォルター領を訪れた女性は、そういった生き物の存在を知って、やんわりとその機会を断る。


 しかし、クラリスならどうだろう。


 何よりも彼女は毒師であり、さらに毒蛇を素手で捕まえる女性でもある。ユージーンが不在だったこの二か月も、逃げることなくフラミル城で生活をしていたわけだ。


(やはり彼女は、理想の女性ではないのだろうか……)


 少しだけ鼓動が早くなったのは、けして飲んでいるワインのせいではない。そもそもこのくらいの酒量でユージーンは酔わない。


「すまない。俺は君が毒師であるとは知らなかった。よければ、もう少し君のことを教えていただけないだろうか」


 言葉と一緒に心臓が飛び出てくるのではと思えるほど、胸が苦しかった。


 クラリスを知りたい。そして、手放したくない。

 その気持ちがユージーンを支配している。


 いつの間にかネイサンが隣にいて、そっと耳打ちしてきた。

 どうやら毒師については、食事の場で話すような内容ではないらしい。となれば、どうすべきか。


「このあと、君の部屋へ行ってもいいだろうか?」


 ネイサンもアニーもサジェスもひゅっと喉を鳴らした。

 しかしクラリスだけは「はい」と笑みを浮かべた。


 とりあえず、食事の場にふさわしい話題として、クラリスが二か月の間、どのように過ごしていたのかを尋ねてみた。

 どうやら例の温室で、何やら植物を育てているらしい。その世話をするのが楽しいようだ。なんとなくだが、普通の草花ではないのだろうなと、ユージーンの直感が訴えた。


「あ。旦那様にはお礼を言いたかったのです」


 温室の話が出たからだろう。彼女は「素敵な温室をありがとうございます」と、にこやかに礼を口にした。

 その表情を見れば、その言葉が心からの気持ちなのだろうと、そう伝わってきた。


「しかし、あそこの温室は裏が森だから、変な生き物がやってこないか? 他の場所にも作らせる予定なのだが」

「いいえ。あそこは最高の温室です。裏が森であるのも魅力的です」


 そこでユージーンは思い出した。クラリスが裏の森に入りたがっていると、ネイサンの手紙に書かれていたのだ。


 やりたいことを抑止してしまえば、クラリスが逃げ出すかもしれないと思ったユージーンは、護衛をつければ入ってもいいと返事を書いた記憶がある。


 ふとネイサンに視線を向けると、彼は首を横に振った。つまり、これ以上、この話題についても深掘りするなと言っている。食事の場にふさわしい話題とは、なかなか難しい。


「そうか、気に入ってもらえて何よりだ。他にも、何か不便なことがあれば、遠慮なく言ってくれ。善処しようと思う」

「ありがとうございます。そうですね、一つだけお願いがございます」

「なんだ?」

「わたくし、裏の森で毒草を摘んだり、毒虫を捕まえたりしたいのですが、同伴してくださる護衛の方は気乗りしないようでして……。わたくしが一人で森に入る許可をいただきたいのです」


 ネイサンがまた首を左右に振っている。


 許可するな。これ以上、その話題に触れるな。

 そんな意味なのだろう。


「それには即答できない。少し考えさせてほしい」

「……そうですか」


 クラリスが寂しそうにそう呟いた。

 しかし、これはチャンスではないだろうか。護衛兵が気乗りしないのであれば、ユージーンが同行すればいい。


 そんな考えがぽっと浮かび上がったが、それを周囲に悟られないようにと平静を装った。

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