第三章:夫 x 夫 x 夫(1)
ユージーンは気が急いていた。魔獣を一掃し「領地に戻れるから」というのが大きな理由であるが、「なぜ領地に戻りたいのか」と問われれば「まだ会ったことのない妻に会いたいから」である。
国王からクラリス・ベネノとの結婚を命じられたときは、いろいろと考え悩んだものだ。
だというのに、彼女がフラミル城へやってくる数日前、魔獣討伐のためにユージーンは領地から離れた。
それから二ヶ月間、北西の村に滞在し、次から次へと現れる魔獣を倒した。しかし魔獣は、倒したと思っても数日後にまたすぐに現れる。それを繰り返し、十日ほど魔獣が現れない時期を確認してからの撤退となった。
十日間、魔獣の姿を見ない。
それが魔獣討伐を終えたと判断するための一つの指標になっていた。
ユージーンは、魔獣討伐で遠征するときには、独身の者を中心に人を選ぶ。もしくは、妻子持ちであっても本人が希望すればそれなりに対応する。
というのも、魔獣討伐とはそれだけ危険な任務。怪我をするときもあるし、下手をすればその命すら魔獣に奪われることもある。
幸いなことに、ユージーンが魔獣討伐団の団長を務めてから、魔獣によって命を落とした者はいない。ただ、毎回のことながら、怪我人はそれなりに出る。
ユージーンが二十六歳になっても独身であるのは、この魔獣討伐というのも理由の一つであった。魔獣討伐のため領地を離れることが多く、社交の場に参加もなかなかできない。ようは、他の男性と比べると、出会いが極端に少ない。
仮に奇跡的に出会ったとしても、不在がちな夫の代わりにあそこの女主人を務めあげようとする肝のすわった女性がいない。考えてみれば、ユージーンと結婚したいという女性はちらほらと現れたものの、ウォルター領を褒めそやす女性はいなかった。たいてい、ウォルター領の現状を見て、遠回しに断ってくるのだ。
少ない出会いの場で、奇跡的に出会った女性は皆、ウォルター領から逃げた。
もしかしたら、クラリスも逃げるかもしれない。むしろ、逃げられたかもしれない。
いや、逃げられてもいい。
『結婚』という事実さえ作ってしまえばいいのだ。
だからユージーンは、クラリスと本当に結婚したのかどうか、それを確認したかった。ネイサンからの手紙には、クラリスから結婚誓約書にサインをもらったこと、国王の証人の入った控えが届いたことなどが書かれていたが、もしかしたらそれは、ユージーンを気落ちさせないための嘘かもしれない。
やはり実際に目で見て事実を確認しなければ、という思いがある。
馬の背にまたがるユージーンは、討伐団の仲間たちと共に、ウォルター領を目指していた。
クラリスとの縁談の話をもらってからはだいぶ日が経ち、また結婚をしてから二か月という期間が過ぎた。
そういった時間が、ユージーンに考える余裕を与えてくれたのだろう。
今回の縁談は国王からの命令。さすがに女性側も断りはしないだろうと思いつつも、期間限定の形だけの結婚を提案したのはユージーンでもあった。
理由は、相手の女性がよくわからないから。ネイサンが『毒女』ではないかと、心配していたのも理由の一つ。
それから、結婚前に逃げられるのを防ぐためでもある。互いに断れない結婚であるのはわかっているが、それでもウォルター領に足を踏み入れた途端、このような場所では生活できない、と逃げ帰ってしまうかもしれない。
それを、二年間の期間限定の結婚とすることで、先に逃げ道を作っておく。そうすれば『結婚』だけはしてくれるだろう。
国王の命令であるのに、相手に逃げられ結婚できなかったとなれば、ユージーンにとっても不名誉な話題となる。そうなれば、今後、伴侶を望むのは難しいだろう。こういった話題は、本人が口にしなくても、どこからかじわじわと漏れていくから噂とは恐ろしいのだ。
領地へ近づき、遠くから白い尖塔が見えたときには、討伐団の中には泣き出す者も現れた。
やはり愛する家族に会える喜びが込み上げてきたようだ。
ユージーンは城門の前で討伐に赴いた者たちに激励の言葉をかけた。それから早く家族のもとに帰るように促す。後日、彼らの家族を呼び、帰還パーティーをしようと声をあげた。彼らに今必要なのは、家族と共にいる時間、休息なのだ。
そこで魔獣討伐団は解散となった。全員がその場から帰ったのを見届けたユージーンは、自身も身体を休めるために城のエントランスへと足を踏み入れた。
二ヶ月ぶりの城は、やはり懐かしいと思う。
「ただいま帰った」
エントランスに入った途端、視界に飛び込んできたのは見知らぬ女性だった。藍色のエプロンドレスをまとい、空色の髪は高い位置で一つに結わえている。紫紺の瞳はしっかりとユージーンを見つめていた。
「……あ。お帰りなさいませ、旦那様」
そう声をかけてきた彼女から、なぜかユージーンは目が離せなかった。いや、目が離せない理由ははっきりとしている。
彼女は両手に蛇を持っていた。蛇の頭をがしっと鷲づかみにしているのだが、片手に一匹ずつ、つまり、計二匹。
(な、なんだこの女性は……)
びりっと全身に動揺が走った。魔獣と対峙したときとも緊張するが、今は、それとは違う種類の緊張がある。
「あっ」
慌てたように彼女は手にしているものを背中に隠す。けれどもにょろっと胴体の長い蛇は、背中に隠してもプランプランと尻尾が見えていた。
しかもあの蛇は毒を持つ蛇である。つまり、毒蛇。裏の森でよく見かけた蛇だから、ユージーンもすぐにわかった。さらに、あの毒蛇は、間違いなく死んでおり、今もプランプランと重力に従って揺れている。
「お初にお目にかかります。クラリス・ベネノ……ではなく、クラリス・ウォルターです」
毒蛇を背に隠したままの彼女はスカートの裾をつまめないため、その場で腰を折った。
「あ、あぁ……ただいま帰った。俺がユージーン・ウォルター。おそらく、君の夫かと……」
「ユージーン様、お帰りなさいませ」
慌てた様子でネイサンが姿を現した。




