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閑話:側近 → 毒女(1)

 ユージーンが不在であるのに、彼の花嫁はやってくるという。その花嫁を迎えるために、ネイサンは朝から各所に指示を出しててんやわんやだった。


 ただでさえウォルター領は、住み慣れぬ者にとっては非常に住みにくい場所。他からやってきた者は、この領地の特有さに順応できずに去って行くことも多い。

 だからってここまで来てクラリスに逃げられても困る。


 ユージーンがいないからって「やっぱり結婚、やめます」なんて言われて、書類にサインをもらえなかったらどうなるのか。


 破かれてもいいようにと、ユージーンが百枚準備したのに、それも徒労に終わるだけ。噂通りの毒女であれば、それも十分にあり得るだろう。この地が気に入らなければ、国王の命令であっても背くにちがいない。

 とにかくネイサンは朝から気が気でなかった。


 昼過ぎにクラリスはやって来た。仰々しく護衛兵に囲まれ、専属の侍女を連れて姿を現した。

 きりっとした顔立ちをしていたが、その声は凛としながらもやわらかなものだった。毒々しさなど、微塵も感じられない。


(ユージーン様の手紙の相手は、彼女に間違いないだろう)


 言葉を交わしてそう確信した。

 だからこそ逃してはならないと思い、さっさと結婚誓約書にサインをもらいたかった。むしろクラリスの護衛と称してついてきた兵たちは、それを持って帰らねばならないらしい。


 ユージーンからの情報によると、二人の結婚の証人は国王になるのだとか。本当に心から恐ろしい結婚である。


「クラリス様にお会いできないことを残念がっておりましたが、これだけは準備しておりましたので」


 ユージーンがクラリスに結婚誓約書を手渡すと、彼女はそれを受け取ってゆっくりと口を開く。


「ですが、ユージーン様は不在なのでしょう? わたくしがこれをビリビリッと破ってしまえば、この結婚は成り立たないのではなくて?」


 ここまではユージーンも予想していたのだろう。だから他に九十九枚も準備していたのだ。それをクラリスに伝えると、彼女は楽しそうに、せっかくだから一枚くらい破ったほうがいいだろうかと言う。


 それはそれで面白いのだが、身体を震わせている護衛兵を目にしたら、彼らがかわいそうに思えた。

 クラリスは、間違いなくネイサンとの会話を楽しんでいる。毒女というよりは、賢女だろう。言葉の駆け引きが面白い。いつの間にかネイサンもクラリスとの会話を楽しんでいた。


 クラリスがサインした結婚誓約書を、護衛兵に手渡す。彼らはネイサンに感謝の言葉をかけ、また王都へと戻っていった。


 数日もすれば、結婚誓約書の写しが送られてくるだろう。もちろんそれには、証人欄に国王の署名が入っているのだ。


 長旅で疲れただろうクラリスを部屋へと案内し、ゆっくりと休んでもらうことにした。


 それなのに、お茶を飲み小一時間ほど休憩したクラリスは、日の高いうちに温室へ行きたいらしい。

 よっぽど花が好きなのか。それとも、見知らぬ土地が不安だから気分を紛らわせたいのか。

 どちらにしろ、温室くらいであれば、断る理由もない。


 ネイサンはクラリスを温室へと案内した。


 みっともない温室とけなされることを覚悟していた。それなのにクラリスは「素敵な温室」と口にしたのだ。

 ネイサンは耳を疑った。温室なので、その場はそれなりに日当たりはよい。しかし、すぐ裏手には森が広がっていて、薄暗くじめっとしている。そんな不気味な場所がすぐ近くにあるというのに、彼女にとってその場は素敵な温室に分類されるらしい。

 ただの社交辞令かと思ったため、しばらく様子をみていたが、どうやら本心のようであった。


 文句を言われなかっただけよしとして、温室を使うにあたって、裏の森にはけして足を踏み入れないように注意した。裏の森には魔獣から身を守るために、その姿形を強化した植物や生物がたくさん生息しているからだ。

 それを説明しようとしたとき、女性の叫び声が聞こえ、ネイサンはクラリスと共に声がするほうへと向かった。


 どうやら地下室に毒蛇が現れたようだ。挙げ句、馬丁のエイベルが噛まれた。毒蛇が地下室に出るのはよくあることだが、毒蛇に噛まれるのはそうそうあるものでもない。しかし、毒蛇に噛まれた場合、早めに処置をしなければ命すら奪われることがある。


 ――早く処置をしなければ。


 そうネイサンが思っていた矢先に動いたのはクラリスであった。

 それでもクラリスを危険な目に合わせてはならない。しかし、クラリスに「従いなさい」と命じられたらネイサンだって逆らえない。


 そうこうしているうちに、クラリスがスカートの裾を大きくたくし上げ、いつの間にか何かの小瓶を手にしていた。蛇が好む匂いが閉じ込められている瓶とのこと。


 冷静に考えて、普通の令嬢であれば、蛇が好む匂いの瓶など持っていないだろう。それも彼女は、文字通り肌身離さず身に付けていたのだ。


 この時点でネイサンの頭は、やや混乱していた。突っ込むべき要素は、多々あった。

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