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第二章:毒女 x 毒女 x 毒女(5)

 シンと静まり返った地下室内で、クラリスがスカートをたくし上げて、太ももにくくりつけていたレッグホルスターから小瓶を取り出した。


「奥様、それは?」

「蛇が好む匂いです。この匂いで蛇をわたくしに惹きつけますから、その間に……」


 すべてを言い終わらぬうちにネイサンは頷いた。

 小瓶の蓋を開けると、とぐろを巻いていた蛇がチロチロと舌を出して反応し始める。ずりずりと身体を伸ばして、クラリスのほうへと近づいてくる。


 その隙にネイサンが座り込んでいた女性の手を掴んで引っ張り上げ、外に出るようにと促す。手を噛まれたであろう男性も、ネイサンに従って地下室から出ていく。

 二人の姿を横目で確認しつつ、クラリスは匂いにつられて近づいてきた蛇の頭を勢いよく掴んだ。


「奥様!」

「大丈夫です。心配ありません。ですが、蛇を入れるための瓶か何かがあるといいのですが」


 ぐるりと地下室内を見回すクラリスだが、今日、来たばかりの場所であるためどこに何があるのかなどさっぱりわからない。


 ネイサンは蛇に怯んでいた男女が地下室から出たのを見届けると、棚の一番下にあった空の瓶を両手に抱えて持ってきた。


「奥様、この瓶をお使いください」

「ありがとう」


 瓶に蛇を押し込めたクラリスは、きゅきゅっと蓋をきつくしめた。


「あ、あの方。蛇に噛まれていましたよね。はやく毒を抜かなければ」


 クラリスが蛇の入った瓶を腕に抱きかかえながら、階段を上がろうとすると、ネイサンがその瓶を奪って先に階段を上がっていく。

 階段を上がったところでは、先ほどの男女がへなへなと座り込んでいた。


「ネイサン。メイを呼んできてください。蛇に噛まれたと言えば、必要なものを揃えてくれるはずです」


 ネイサンに指示を出したクラリスは、蛇に噛まれた男性の手を取った。


「噛まれた場所は、ここですね?」


 傷口が二カ所。牙が食い込んだような跡があり、その周辺はすでに赤く腫れていた。


「は、はい……」


 クラリスに手を取られた男性は、身体を強張らせる。伝わってくるのは緊張。


「あの蛇は毒をもっておりますので、先に毒を吸い出しますね。痛いかもしれませんが、我慢してください」


 クラリスは男の手に唇を寄せ、力強く傷口を吸い上げる。口の中に生臭い血の味が広がるとそれを手巾に吐き出し、もう一度同じように吸い上げた。それを幾度か繰り返す。


 クラリスの行為に、蛇日噛まれた男も呆然としている。


 そこへメイを呼びに行っていたネイサンが戻ってきた。もちろん彼の後ろにはメイの姿がある。


「クラリス様。毒蛇に噛まれたとお聞きしたのですが」

「そうよ。薬をはやくこちらに」


 メイは手にしていた籠をクラリスへと手渡した。そこには茶色やら黒色やら透明やら何やらの小瓶が並んでいて、他にも綿紗や包帯もあった。


「もしかしたら熱が出るかもしれなませんが、ゆっくりと休んでいればすぐに下がりますから」


 軟膏を手の甲の傷口に塗りつけ綿紗で覆い、包帯をぐるぐると巻く。


「こちらが塗り薬。寝る前と起きたときに塗ってください。こちらが飲み薬。熱や痛みが出たときに飲んでください」


 クラリスの説明を黙って聞いていた男は、薬を渡されてもポカンとしている。


「奥様に礼を」


 ネイサンの言葉で男も我に返ったようで、慌てて口を開く。


「あ、あ、あ、ありがとうございます。奥様自ら、このように手当をしてくださって……」


 感激のあまりか、彼は涙ぐんでいた。


「あなた、お仕事は何をされているのかしら? 今日はもう、念のためお休みになってください」

「馬丁です。馬丁のエイベルと申します」

「そう、エイベル。あなたはもう休みなさい。いい? これは命令ですよ」


 噛まれた場所が腫れていたので、いくら毒を吸い出し薬を塗ったとしても、これから毒による拒絶反応が出るかもしれない。だから、できるだけ安静にしておいたほうがいい。


「あなたは大丈夫ですか?」


 へたりと座り込んでいる女性に視線を向けたクラリスが声をかけると、彼女は「は、はい」と返事をする。


「あ、あの。ありがとうございました」

「あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」

「あ、はい。メイドのリサです」

「そう。リサは蛇に噛まれていませんね?」

「はい。エイベルが助けてくれたから、大丈夫です。あ、私、仕事の途中でしたので……」


 落ち着きを取り戻したリサは、なんとか立ち上がる。


「地下にいたのも、お仕事のためかしら?」

「はい。奥様が来られたので、料理長が腕によりをかけて夕食を準備されるとのことで、その材料をとりに……あ、奥様には内緒でと言われていたのに……」

「気にしないでリサ。わたくしは何も聞いておりませんよ」


 クラリスが口の前で右手の人差し指を立てて「内緒よ」と合図を送れば、リサの顔もみるみるうちに赤くなる。


「あまり遅くなると、料理長も気をもむと思うので戻ります。エイベル、ありがとう」

「お、おう」


 リサがすたすたと城館へと戻っていくと、エイベルもやっと立ち上がった。


「奥様。本当にありがとうございました」


 深く頭を下げたエイベルも、リサの後を追うようにして戻っていく。


「メイもありがとう。あなたも戻っていいわよ」

「まさか、ここに来て早々、毒蛇を捕まえるとは。さすがクラリス様ですね」


 メイは、拳を小さく胸の前で握りしめる。

 そんなやりとりをネイサンが不審な目で見つめてくる。

 しかしクラリスは動じない。


「わたくしは温室にいるから、何かあったら呼びに来てちょうだい」

「わかりました。では、私もお部屋のほうに戻ります。荷物の整理がまだ終わっておりませんので」


 そう言ってメイまで部屋に戻ったのであれば、青空の下に残されたのはクラリスとネイサンの二人きり。


 クラリスは蛇を入れた瓶を手にして、この場からそそくさと立ち去ろうとした。


「……奥様」

「は、はひっ」

「どちらへ行かれるのですか? 毒蛇を持って」

「あ、温室に戻ろうかと思っております。せっかく温室を用意していただきましたし、植えたいものがありまして……は、はははは……」


 最後は乾いた笑いで誤魔化してみたが、ネイサンの目が怖い。


「奥様、僕の質問に答えていただきたいのですが」

「え、えぇ……答えられる範囲でお答えします」


 二年間の付き合いだからこそ、必要最小限の付き合いにしようと思っていた。それなのに、初日からこんなことになるとは予想外である。


 すべてはこの毒蛇が悪い。


「奥様は毒蛇に慣れていらっしゃるようですが?」

「わたくしは、王城で薬師として働いておりましたので、毒蛇などにも慣れております。他にも毒を持つ植物や小動物、虫などもよく手にしておりましたので」

「……ですが、僕の知っている薬師の中には、素手で毒蛇を捕らえるような人はいないんですよね」

「まあ、そうなのですね。慣れると簡単ですよ?」

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