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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE3-3 Info broker is in The Speak easy

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第95話 不貞腐れた子供

 秘密酒場(スピークイージー)という物がある。

 酒を口にする事を禁じられた禁酒法時代のアメリカで、政府の目を盗んで酒を楽しむために生まれた非合法の酒場を指す言葉だ。警察の目から逃れるための場なので、当然の事ながら利用者は()()()がしたいギャングや、もっと金を持った客を取りたい売春婦(フッカー)などのアウトローが多く、お世辞にも治安が良いとは言えなかった。さらに、表立って酒を作る事も出来ないので、質の悪い密造酒が多く、ソーダやトニックウォーターなどで割ってからでないと飲めないという話もあったらしい。現在でいう、カクテルの()()()である。

 さて、禁酒法が撤廃されて堂々と酒が飲めるようになって久しい現代だが、秘密酒場(スピークイージー)は廃れる事はなく、世界各地にこっそりと存在していた。

 客層はあいも変わらずヤクザ者など、お世辞にも良い人とは言えない者が多い。だが、その中でわずかばかりの良心と言わんばかりの一面がある。人ならざる者、吸血鬼を狩る依頼を(うけたまわ)る総合窓口である。

 現在、Hunter's rustplaatsに顔を出せなくなってしまった明嗣は、仕事を受けるべくその秘密酒場へ向かっていた。


「ここだ……」


 ヘルメットを脱ぎ、バイクの姿であるブラッククリムゾンを停めた明嗣は、目の前のビルを見上げる。

 カラオケボックスなどのテナントが入っているこのビルに、明嗣はため息を吐く。ここに来るのは三年ぶりくらいだが、一つも変化は見当たらない。となれば、中の様子も変わっていないと見て良いだろう。


 しゃあねぇ。生活費のためだ。気合い入れるか。


 覚悟を決めて、明嗣は秘密酒場に入るための準備を始めた。と、言っても手順は非常に簡単だ。ビルの中に入るとすぐに目の前にあるエレベーターに乗り、通行料を払う。ただこれだけだ。

 カツカツと足早に明嗣はエレベーターへ向かう。そして、エレベーターに乗るためにボタンを押そうとした瞬間だった。突然、誰かが明嗣の肩を掴んだ。


「ッ――!?」


 瞬間、明嗣は反射的に腰のホルスターからホワイトディスペルを抜きながら振り返る。すると、振り返った先にいたのはなんと……。


「貴様、いったいどこへ行くつもりだ」

「なんで付いて来てんだよ……」


 肩を叩いたのは、あいも変わらず厳しい眼差しをしたヴァチカンの祓魔師、ヴァスコだった。


「銃を向けて来るとはずいぶんなご挨拶だな? どこに行くか知られては困るのか?」

「関係ねぇだろうが。テメェこそなんで俺のこと尾け回してんだよ。俺より女のケツ追いかけてりゃ良いだろ、()()()

「私は本国から貴様の監視を命じられているんだぞ。監視対象がどこへ行くか逐一把握しておかねばならないに決まっているだろ。痴呆症にでもなったのか? 良い病院を紹介するぞ、雑種(ダンピール)

「アァ?」

「なんだ」


 見えない火花が2人の間で散る。現在、銃を構えている明嗣の方が一見有利に見えるこの状況。だが、銃口を向けているのがヴァスコなので、迂闊に引き金を引く訳にはいかなかった。なぜなら、ヴァスコはヴァチカンの教皇庁より命を受けて明嗣を監視しているのだから。つまり、ここで監視者であるヴァスコに攻撃するという事は、カソリック教会の祓魔師全員を敵に回すに等しい。危険な存在としてマークされている者が監視役に攻撃する事の意味が分からない程、明嗣も馬鹿ではない。


 マジにウゼェな、クソッ……。


 苛立たしげに舌打ちして、明嗣はホワイトディスペルを回してからホルスターへしまった。


「仕事受けに来たんだよ。別に何か悪さしようとかって訳じゃねぇ。これで満足か」

「わざわざこんな所に来なくともあのリストランテで受ければ良いだろう」

「顔出しづらくなったんだよ。つか、どこで仕事受けようと関係ねぇだろ」

「燐藤 茉莉花を逃がした咎めを受けたのか。それとも貴様の本性が吸血鬼だと気付かれたから追い出されたか?」


 コイツ……!


 忌々しげに明嗣はヴァスコを睨みつけた。現在、ヴァスコの表情には葬る事ができるという自信がにじみ出ている。さらに、挑発に乗せられてヴァスコを殺したとしても、後に祓魔師達によるお礼参りが待っている。以上の理由から、ここで明嗣が手を出して来ないと踏んでの挑発だろう。本当にコイツはカンに障る。殺すまではいかずとも、ヴァスコに一泡吹かせてやりたい衝動が明嗣の中で膨れ上がる。いったいどうしてやろうか。だが、明嗣によるヴァスコへの嫌がらせ計画を立てる前に横槍が入った。


「あのねぇ、ヴァスコ。私が飲み物を買いに行っている間に何しているの……。一応言っておくけどね、私達はケンカしに来ている訳じゃなのよ?」


 ヴァスコの背後より、呆れ顔のミカエラが姿を現した。手にはコーヒーが入ったカップが2つ握られている。


「心外ですね、シスター。私はただ声をかけただけです」


 不服そうな表情を浮かべるヴァスコ。対して、ミカエラはもう限界と言いたげな叫びを上げる。


「ただ声をかけただけでどうしてこんな険悪な空気になるのよ! アンタ達、もっと仲良くできない訳!?」

「無理ですね」

「ああ、無理だな」

「こういう時だけ仲良くなるんじゃないの!」


 揃って頷くヴァスコと明嗣にミカエラのツッコミが入る。いくら、殺し合った事があったとはいえ、もう少し大人になれないのか。疲れたようにミカエラが肩を落とすと、明嗣が口を開いた。


「もう良いだろ。俺は仕事をしに来たんだ。分かったらとっとと帰って聖書でも読んでろよ」

「と、行きたい所だけど、そうはいかないのよね」

「は?」


 まだ何か用があるのか。さっさと帰って欲しい、と嫌そうな表情をする明嗣。対してミカエラは、明嗣の背後にあるエレベーターを指さした。

 

「せっかくだからコネでも作っておこうと思ってたのよ。この先にあるんでしょ、秘密酒場(スピークイージー)


 瞬間、明嗣がギクリとした表情を浮かべた。その後、目を泳がせて返す。

 

「な、なんの事だ……? 俺は仕事をしに――」 

「先程、仕事を“受けに来た”と言っていたのは聞き違いだったかな?」


 しどろもどろな明嗣の返事にヴァスコの指摘が入る。それを聞いたミカエラは、しめたとばかりに笑みを浮かべる。


「やっぱりそうだったのね。ああいう所ってヨソ者に厳しいから困ってたのよ」

「ふざけんな。そんな事してやる義理なんざねぇだろ」

「そうねぇ……。でも、貸しは一つ作れるわよ?」

「いらねぇよ。お前らが絡むとろくな事になりゃしねぇ」


 もう放っておいてくれ、と言いたげに明嗣は苛立たしげにエレベーターのボタンを押した。やがてエレベーターが到着し、ドアが開いたので明嗣が乗り込んだ。その後、開閉ボタンを押して扉を閉めようとしたのだが、扉が閉まる前にミカエラが中へ滑り込んでくる。


「なっ……!?」

「これでもう連れて行くしかなくなったわね」

「ンのクソ修道女(シスター)……!」

「まぁそう言わないの。ほら、コーヒーあげるから」


 歯ぎしりする明嗣へミカエラが蓋付きのカップを差し出した。透明なカップの中は氷とコーヒーで満たされており、表面は水滴で濡れていた。

 まんまとミカエラの思う通りに事を進められてしまった事が気に食わない明嗣は、せめてもの嫌がらせとしてひったくるようにアイスコーヒーのカップを掴んだ。


「変なモン入れてねぇだろうな」

「しないわよ、そんな事。それより、最近は学校だと一人でいるけど、あの子らとケンカでもしたの?」


 コーヒーを飲もうとする明嗣の手が一瞬止まる。すると、ミカエラは当たりか、と言いたげに腕を組んで続けた。


「やっぱりね。どうりでスズネが落ち込んでると思った」

「別に関係ねぇだろ。それに、俺は元々一人の方が性に合ってるのさ。鬱陶しいのがいなくて清々するぜ」

「嘘おっしゃい。なら、あのレストランでそのまま仕事を取ってれば良いのに、どうしてこんな所に来ているのよ」

「うっ、それは……」


 痛いところを突かれて、今まで回っていた明嗣の口が沈黙してしまった。黙りこくる明嗣の様子にため息を吐いたミカエラは、まるで反抗期の弟を諭す姉のような調子で言葉をかける。


「まぁ、どうするつもりかは知らないけど、仲直りするのなら早い内しちゃいなさい。意地張ってたって良い事ないんだから」


 チン、と音が鳴り、エレベーターが目的の階に到着した事を知らせた。扉が開き、先に降りたミカエラの背中を前に、明嗣は小声で呟く。


「痛ぇ所突いてんじゃねぇよ」


 不貞腐れた子どものそれなのは、自分でも重々承知している。だが、今の明嗣には他にどういう表情をして良いのか分からなかった。

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