第94話 伝える気持ち
明嗣がHunter's rustplaatsへ寄り付かなくなり、一週間が経過。
起床した明嗣は自宅で冷蔵庫を漁っていた。あれだけの事があったのだ。もう鈴音や澪がいるHunter's rustplaatsへ顔を出すような勇気が明嗣にはない。そんな訳で、朝食は冷凍の焼きおにぎりなどで簡単に済ませていた。そして、今日は自分で作ってみようかと冷蔵庫の扉を開いてみたのだが……。
「何もねぇな……」
非常食として買っておいた冷凍食品も底を突き、自宅の冷蔵庫にはもうくつろぐ時に飲むコーラなどの飲み物しか残っていない。普段の朝食はアルバートに任せていたので、買い出しもポップコーンやポテトチップスなどのスナック菓子が多くなっていた。以上の理由から、残念ながら冷蔵庫の中に朝食に使えそうな食材が入っていなかったのだ。
しゃあねぇ……。コンビニでなんか買うか……。
これからはなるべく自分で作ろうか。自炊も視野に入れながら、明嗣は登校の準備を始めた。その後、コンビニエンスストアで朝食を調達し、学校へ向かうとちょうど二人で登校する澪と鈴音と鉢合わせした。
「あ……」
2人と目が合う。鈴音が挨拶しようと口を開いた。だが、喉に何かが詰まったような表情のまま、言葉が出てこない。隣にいる澪も、どうしたら良いか困った表情を浮かべている。なので、明嗣はすれ違いざまに「無理すんな」と言って、足早に教室へ向かった。
ここ1週間はずっとこの調子だ。以前まで何も問題なく話せていたのに、今はどのように話せば良いか分からなくなってしまっている。
やがて、放課後になり、明嗣は帰る準備を始めた。あれから、アルバートからの吸血鬼狩りの依頼が入ったという連絡が来る事もなくなった。おそらく、来るには来るが、鈴音一人で捌ききれる量なのだろう。もしくは、仕事が欲しければ顔を出せ、というメッセージだ。もし、後者だとしたら、明嗣は応じる気にはなれなかった。とはいえ、このまま何もせずにいたら、生活費が底をつく。帰り道を歩きながら生活費の問題を考えた結果、明嗣は一つの決断を下した。
しゃあねぇ……。苦手だけど久々に行くか……。
何もアルバートだけが吸血鬼狩りの仕事を斡旋している訳ではない。世の中には闇の世界で生きる者達が集まる吹き溜まりのような場所がある。しばらくの間、仕事はそこでする事にしよう。
この後に待ち受けているであろう洗礼に気が重くなる。愛想良い顔をするのにも体力が必要になのだ。しかし、それでも背に腹は変えられない。ため息を吐きながら、明嗣はひとまず明日の朝食に使う食材を買うために近くのスーパーマーケットに立ち寄り、買い物を始めた。
明嗣が買い物をしている頃、Hunter's rustplaatsでは……。
「はぁ〜……」
澪と鈴音が同時に深くため息を吐いた。それを受け、アルバートが声をかける。
「また明嗣の事か」
「うん……。今日もダメだったなって思って……」
鈴音が落ち込んだ様子で頷いて見せた。すると、アルバートは不満気に鼻を鳴らす。
「ほっとけほっとけ。どうせほとぼり冷めたら戻って来るさ」
「でもさ〜……はぁ」
また鈴音が大きくため息を吐く。どうやら、よっぽど1週間前の事を気にしているようだ。
あれから鈴音と澪は、明嗣と茉莉花の間に何があったのかをアルバートの口から聞いた。茉莉花が吸血鬼になった事、その茉莉花が親友を殺した事、そして茉莉花を討てずに取り逃してしまった事。全てを聞いた。最初は、やはり自分の事を茉莉花と同類ではないのか、と疑われていた事に対しての怒りがあった。だが、時間が経つにつれて、茉莉花の事を口にした途端、なぜ明嗣が怒り出した理由が分かってきた。
明嗣はずっと過去に囚われ、思い悩んでいたのだ。知らなかったとはいえ、そこにズケズケと踏み込んだ話をしようとしたら、誰だって怒るに決まっている。その上、明嗣の本音に対し、感情的に罵ってしまった事もある。あの時、明嗣が浮かべた表情は「仕方ない」という諦めと、傷ついた心境を隠すような悲しげな笑みだった。
「明嗣くん、本当に来るのかな……」
ポツリと澪が呟く。あれだけ派手にやったのだから、当然の疑問だ。明嗣がいない分、店内の雰囲気も少し寂しい物となっている。
「もしかして、もうここには来ないつもりなんじゃ……」
「じ、冗談だよね……?」
もし、本当にそうだとしたら……。姿を現さなくなったきっかけの自覚があるだけに、鈴音の表情が一気に青ざめていく。すると、澪が慌てて返す。
「う、嘘だよ!? もうすぐ前みたいにここに来て、元通りになってるよ! たぶん……きっと……」
自分で言ってて自信が無くなってきたのか、澪の声が尻すぼみになっていく。すると、鈴音は頭を抱えて嘆き始めた。
「どうしよう! もし戻って来なかったらアタシのせいだ〜!」
「落ち着け鈴音ちゃん! まだそうと決まった訳じゃねぇから! な?」
ついに見てらいれなくなったアルバートが今にも泣き出しそうになっている鈴音を宥め始める。だが、一度落ち始めた鈴音の心は、アルバートの言葉では止められない。
「でも、元はと言えばアタシが無神経に色々言ったのがきっかけじゃん! もうアタシ、本っ当最低!」
本当にこの年頃は難しいなぁ……。明嗣と違い、テンションの乱高下が激しい鈴音の情緒に手を焼くアルバート。このままでは手が付けられないので、アルバートは一度明嗣を話題から追い出す事にした。
「そういや、澪ちゃんはどうしてあの時怒らなかったんだ? 澪ちゃんだって、明嗣のあれには腹が立ったろう?」
「え、あたし!? あたしは……その……」
急に話を振られ、澪が驚いた声を上げる。自分を責める鈴音の気を逸らすため、というアルバートの思惑はいざ知らず、澪は素直に明嗣の本音について感じた事を答えた。
「あたしも最初は明嗣くんの言った事はショックでしたよ。でも、前に店長から『もっと物事をよく考えろ』って言われたのを思い出して考えてみたんです。それで、明嗣くんの立場に立って考えてみたら、同じ事されたらあたしもああなっちゃうかも、と思ったんです。そう考えたら、怒れなくて……」
「へぇ……。それで?」
興味深い、と言った表情でアルバートは、澪へ続きを促す。すると、澪の表情に少し影が差した。
「その……世の中には嫌な人って想像以上に多いと思うんです。スマホでネットを見ると、どうしてそんな酷い事書けるんだろう、って思う人もたくさんいるし。でも、現実で会ったらそんな事を考えているとか、一目見ただけじゃ分からないじゃないですか」
「分かる……。アタシもムカつく書き込みを何回か見たことある……」
いつの間にか落ち着きを取り戻した鈴音が相槌を打つ。ひとまず、鈴音が落ち着いた事に胸を撫で下ろしつつ、澪はさらに続けた。
「それに鈴音ちゃんもだけど、明嗣くんって人の嫌な所を見る機会がいっぱいあると思うんです。ただでさえ人の事を嫌いになりやすくなっているのに、クラスメイトの女の子からそんな事をされたら、女の子と関わるのが嫌になるに決まっているじゃないですか。それを考えたら、明嗣くんがあんな事言っちゃうのも仕方ないのかなって……」
「なるほどな……」
澪の言い分を最後まで聞き終え、アルバートは感心したように頷いて見せた。どうやら、お節介焼きで諭した甲斐はあったようだ。自分の価値観だけで物を言っていた澪が、今は明嗣の視点に理解を示そうとしているのだから。
「だから、明嗣くんに伝えないと。あたし達はそんな酷い人じゃないよ、って。怖がらなくて良いって分かるまで何度でも」
「そっか……。そうだよね……。うん」
澪の言葉に鈴音が頷き、表情に笑顔が戻った。どうやら、ネガティブなイメージからは立ち直れたようだ。
まったく……どこほっつき歩いてんだか……。意地張ってねぇでさっさと戻って来りゃ良いのに。
前向きに物事を考える2人の様子を前に、アルバートは顔を出せないでいる明嗣へ心の中で呼びかける。
口では放っておけと言いつつも、明嗣がいなくて物足りないのは、アルバートも同じなのだ。




