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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE3-2 Regret past

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第93話 壊れる関係

 遡る事数分前。

 放課後になり、新聞部へ顔を出してから下校した澪は、動きやすいTシャツとジーンズに着替えてHunter's rustplaatsへ向かった。そして、Hunter's rustplaatsに到着すると、店の前でウロウロ歩き回る鈴音の姿を見つけた。


「鈴音ちゃん?」


 さっさと店に入ってしまえば良いのに、なぜ店の前を行ったり来たりしているのか。不思議に思いながら澪が声をかけると、鈴音が待ってましたとばかりに表情を輝かせる。


「澪〜! 良いところに来てくれたよ〜!」

「そろそろバイトの時間だし……。そんな事よりどうしたの?」


 もう一度、店の前で右往左往していた理由を尋ねる澪。すると、鈴音は窓の方を指さした。


「その……中でマスターと明嗣が真剣に話しているからさ……。なんか、入りづらいな〜って思って」

「あ、そっか……。いつもだったら、明嗣くんが後から来るもんね……」


 理由を聞くと、澪は納得したように頷いた。実際に現場を見た訳ではないが、派手に喧嘩した事は鈴音本人から聞いていたので、澪も把握していた。その際に怒鳴ってしまった事を鈴音は気にしているようだ。ここ1週間、明嗣は吸血鬼狩りの依頼が来るまで地下に潜って射撃練習に勤しんでいるため、あまり話しかける機会も少ないのだ。


「ねぇ、澪。どうしよう」


 顔を合わせるのが気まずいのか、鈴音は澪に助けを求める。すると、澪は少し考えてから、一つの提案をした。

 

「じゃあ……ドアベルが鳴らないように静かに開けて、こっそり入るのはどうかな? お話の邪魔にもならないし」

「うん。それで行こっか」


 澪の提案を受け入れた鈴音は、さっそくドアノブに手を伸ばした。そして、ドアベルの音が鳴らないよう、ゆっくりと静かにドアを開ける。その後、同じようにゆっくり静かにドアを閉めた2人は、足音を立てないように移動を始めた。どうやら、明嗣とアルバートは話に夢中で2人の存在に気付いていないようだ。

 このまま気付かれない内に普段利用している個室に移動してしまおう。澪と鈴音はなるべく音を立てないように急いで移動する。だが……。


「先週の夜、俺の前に燐藤が現れたよ……。あの時とちっとも変わっちゃいなかった……。“可愛いお姫様”のままだったさ……」


 明嗣の口から出てきた名前で、澪と鈴音は足を止める。先週、燐藤が現れた? その日は、ヴァスコがやってきて、燐藤 茉莉花の話を持ってきた日ではないか?

 鈴音は明嗣が怒り出した時の事を思い返し始めた。もし、そうなのだとしたら、あんなに怒り出すのも無理はない話だ。だが同時に、いったい何があった、という疑問の念もいっそう深まる。明嗣とその茉莉花とかいう女との間に何があったのだろう。気になった澪と鈴音は自然と明嗣の話に耳を傾けていた。


「実を言うとさ……。俺、澪と鈴音が怖いんだよ……」


 え……?


 ポツリと明嗣からこぼれ出た一言に、澪と鈴音が己の耳を疑った。怖い? 自分が? 絶対に明嗣から出てこないと思っていた一言だった。


「あの夜から、俺はまだ手を汚していないだけの“燐藤 茉莉花”がこの社会にはたくさんいる事を知ったよ。自分が気に入らない奴ならどんだけぞんざいに扱っても良いと信じ切っている、そういう残酷な一面を持った女がな……」


 憔悴している様子で明嗣は手を額に当てた。


「頭では分かってんだ……。そんな事ないって。でもな、俺の今までが……あの夜の記憶が大丈夫なのかって囁くんだよ。そうなっちまうと、もうダメだ……。どうしても澪と鈴音を疑る目で見ちまう。“コイツも俺から大切な物を奪っていくんじゃないか”、“自分の中のオンナを使って俺の事を利用するんじゃないか”ってな……」


 この瞬間、話を聞いていた澪と鈴音の2人は身体の動かし方を忘れたかのように立ち尽くしていた。ずっと、明嗣は自分の事をそういう目で見ていたのか。ずっと、そんな酷い奴かもしれないと思われていたのか。


「なにそれ……」


 気付いた時にはもう鈴音がポツリと呟いていた。その声で、やっと明嗣とアルバートが2人の存在に気が付いて、席から立ち上がる。


「鈴音ちゃんと澪ちゃん!?」

「聞かれちまってたのか……」


 驚くアルバートと、しまったという表情の明嗣。正反対の反応をする2人だったが、今の鈴音にとってはどうでもよかった。それよりも、先程の明嗣の言葉の方が重要だった。


「ずっと……アタシ達の事をそんな風に思ってたの……?」


 声を震わせ、鈴音が明嗣へ呼びかける。だが、明嗣は答えずに目を背けてしまった。これだけで、答えとしては十分だ。今まで抑えていた怒りが鈴音の中で爆発した。


「信じらんない! 今までアタシらの何を見てたの!? 最っ低!!」

「……ああ。そうだな」

「あ……」


 瞬間、鈴音は言葉を失ってしまった。その時の明嗣の表情は、酷く疲れている力のない笑みだった。眼には深い悲しみがうずまき、寂しげな影を落としている。

 もう、関係の修復が無理だと諦めたのか、明嗣はスクールバッグを手にすると、アルバートへ呼びかける。


「マスター、もう帰るわ。なんかあったら電話くれ」

「あ、おい!」


 呼び止めるアルバートに返事をする事もなく、明嗣は店を出て行ってしまった。心なしか、ドアが閉じた際のドアベルの音も寂しげな物に聞こえる。


「あ、アタシ……その……」


 鈴音は誰かに言い訳するように言葉を探す。だが、どんな言い訳をしたとしても、感情のままに「最低」と罵った時の明嗣の表情が全てだった。

 もちろん、ここまで言うつもりはなかった。それを知ってか、アルバートは落ち込む鈴音、そして何も言えなくなってしまった澪へ諭すように言葉をかけた。


「まぁ、許せって言うつもりはねぇさ。ただ、アイツも好きであんな風になっちまった訳じゃないんだ。分かってやってくれ」

「でも……」


 黙っていた澪が静かに口を開いた。


「ちょっと……ショックですね……。明嗣くんがそんな事思ってたなんて、考えた事なかったから……」


 必死に取り繕おうとしているが、隠しきれない程に澪は悲しい表情を浮かべていた。


「本当にもう……! 最低……!」


 誰に向けてでもない鈴音の声が店内に響いた。

 そして、明嗣はHunter's rustplaatsに姿を現さなくなった。

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