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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE3-2 Regret past

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第90話 悲しげな旋律

 茉莉花の告白を断った後、荷物を取りに教室へ戻ると燈矢が待っていた。


「おっ、戻ってきた」


 ヒラヒラと手を振って出迎える燈矢に対して、明嗣は呆れたような表情を浮かべた。


「わざわざ待ってたのかよ。暇だね、お前も」

「そりゃ、気になるだろ。で、相手は誰だったんだよ? 俺が知ってる奴だったか?」

「あー……それが……その……。どっから話すかな……」


 興味津々と言った表情を浮かべる燈矢に反して、明嗣は困ったように視線を外す。まさか、直接的に「お前の元カノが今度は俺に目をつけた」と言う訳にもいかないだろう。かと言って、変にお茶を濁すような答え方をしても、燈矢は納得してくれるだろうか。なんと話した物か、と思案していると燈矢は何かあった事を察したのか、姿勢を正して声をかける。


「どうした?」

「そうだな……。やっぱお前には正直に話しておくべきだよな」

「だからどうしたんだよ。何かあったのか?」

「相手は燐藤だった」

「えっ……」


 明嗣の口から出てきた名前に、燈矢は言葉を失ってしまった。当然の反応を見せた燈矢に、明嗣はすかさずフォローを入れる。


「でも、安心しろ。きっちりフッといた」

「はぁ!? なんで!?」


 言葉を失ったかと思えば、今度は驚きの声を上げる。まったく忙しい奴だ。心の中で苦笑しながら明嗣は手にしたスクールバッグを肩に担いで、その理由を話し始めた。


「別に大した理由はねぇよ。その気になれなかっただけさ」

「お前、まさか――」


 自分に気を使ったのか。その言葉を口にして責任を感じ始める前に、明嗣は燈矢の言葉を遮った。

 

「勘違いすんなよ。別に気を使ったとかそんなんじゃねぇぞ。単に気に入らなかっただけだからな。そこんとこ、間違えんなよ」


 なるべく冷めきった眼で、眼中にありませんでしたよ、という態度を取ろうとする明嗣。だが、誤魔化そうとしている事がバレているのか、燈矢はこらえるように身体を震わせ始めた。


「何笑ってんだよ」

「いや……! だってお前……ククッ」

「だから違ぇつってんだろ」

「お前、嘘下手すぎんだよ! この状況で言っても説得力ないって! ははは」


 ついに我慢が限界を迎えたのか、燈矢は腹を抱えて笑いだしてしまった。それを受け、明嗣はもう付き合ってられないと燈矢に背を向けて歩き出す。


「そうかい。ならそこで一生笑ってろ。俺は帰る」

「おい、怒んなよ。なら、コンビニ寄ってなんか買おうぜ。小腹空いてさ」

「一人で行ってろ。俺は知らん」

「なぁ、怒んなってば。おい、明嗣!」


 小走りに近い速さで歩く明嗣の背を追って、燈矢も慌てて席から立って走り出した。

 校舎から出る時、2人の耳にたどたどしいピアノの旋律が飛び込んできた。それを受け、燈矢が明嗣へ声をかける。


「なぁ、今のって……」

「……行くぞ」


 なるべく考えないよう、明嗣は足早に校門へ向かって歩き、燈矢がその後を追う。まるで「行かないで」と訴えるようなその音色は、日が落ちるまで鳴り響いていた。




 翌日から、茉莉花は学校を休むようになった。その知らせを担任が告げると、ヒソヒソと生徒たちが噂話を始めた。


「あー……燐藤さんがフラれたって話、本当だったんだ」

「え、嘘!? 誰に?」

「ほら、あの席にいる朱渡くん。前はいつも一緒にいる夜野くんと付き合ってたんだけど、あれ嘘コクだったから……」

「あー……それが原因でフラれちゃったのか……。仲良いもんねー」

「はい、静かに。雑談はホームルームが終わってからにしろー」


 担任教諭の注意により、教室内が静まり返る。やがて、生徒達が落ち着いたのを見計らって、朝の連絡事項を伝え終えるとホームルームはお開きとなった。

 そして、一限目の授業が始まるまでの5分間の間、教室は本日のゴシップで盛り上がる時間となる。その中で、当事者2名も例に漏れず流れに乗る事となった。


「すっげぇ。昨日の事がもう広がってる」

「まったくどっから聞きつけるんだか……。まさか誰かに漏らしたりしてねぇだろうな?」


 ジトッと、明嗣は燈矢を睨めつける。すると、燈矢は何回も首を横に振って見せた。


「いやいやいや! そんな事しねぇよさすがに!」

「だろうな。やってたら絶交だぜ」

「冗談キツイって……。それにしても、実際にこうやって話が広がって行くのを見てると、なんだか可哀想になってくるな、燐藤さん」

「言うなよそれを。俺だってちょっとヘコんでんだから」


 机に頬杖をついた明嗣がガックリと項垂れた。やった事がやった事だ。毅然とした態度で自分の気持ちを伝えるのが誠実な対応だったと思う。だが、あんな風にショックを受けた表情をされたり、物悲しいピアノの音を聞かされたとあっては、やはり少し良心が痛む。


 もし、OKしてればどうなってたかな……。


 ふと、明嗣は窓の外へ目をやりながら、考えないようにしていた“もしも”を空想してみる。今、こうして話している相手が、茉莉花に変わっていたのだろうか。だとしたら、どんな話をしていただろうか。


「おーい? もしもーし? 話聞いてるかー?」

「ん? あぁ、悪りぃ。ちょっと考え事してたわ」


 燈矢の呼びかけで現実に帰ってきた明嗣は、すぐにありえない“もしも”を頭の中から追い出した。どうした所でもう選んだ事だ。変えようのない過去の事を考えても仕方ない。どうしようもない過去の事より、目の前の現在(いま)に集中しよう。切り替えた明嗣は燈矢との雑談に戻った。


「で、なんだって?」

「もうすぐ夏休みだろ? お前、どうすんだ?」

「どうするもこうするも、知り合いの店を手伝って小金稼ぎだよ。他にやる事ねぇし」

「そっかー……。ならさ、遊びに誘っても良いって事だよな?実は手伝って欲しい事あってさ」

「暇ならな」


 仕方ないな、と苦笑を浮かべながら明嗣は燈矢に返す。そのタイミングで一限目の授業開始のチャイムが鳴ったので話は終わった。

 しょうもない会話、変わり映えしない日常。それでも明嗣は満足していた。いずれはそれぞれの道に進むとしても、なんだかんだでたまに会っては、こんな風にダラダラとだべっているのだろう。


 まっ、それも良いかもな。


 ただでさえ、命のやり取りが常態化しているのだ。少しでも穏やかに過ごせる時間があれば、もう何も望まない。だが、明嗣の未来予想図はあっさりと崩れ去る。

 茉莉花が学校に来なくなってから一週間が経過した。いつものように吸血鬼狩りの仕事を片付け、夜の街を歩いていた時の事だった。突如、明嗣の背筋を寒気が駆け抜ける。


 なんだ……!?


 生存本能がこの近くに()()いる、と警鐘を鳴らす。だが、なんだ? 明嗣は警戒すると同時に疑問符を浮かべる。まさか、この近くに吸血鬼が隠れているのだろうか。いや、それはおかしい。明嗣は思い浮かべた考えに対して首を横に振る。今まで吸血鬼と対峙してこんな感覚を味わった事は一度もない。


 じゃあ何だ? この寒気はいったい何だってんだ?


 とりあえず、明嗣は歩きながら自然におびき出せるよう、人気(ひとけ)のない場所へ移動する。もし、銃を使わなければならなくなった場合、周囲に人がいない方が良い。相手もその考えを承知してか、明嗣の誘いに引っかかった相手はあっさりと姿を現す。そして、明嗣は姿を現した相手を目にして、驚愕に目を見開いた。何故なら、明嗣の前に姿を現した相手の正体は……。


「一週間ぶり、かな。なんだか久しぶりな気がするね、明嗣くん」

「なっ……!?」


 制服ではなく紫のワンピースを着ているおかげで、誰なのか一瞬分からなかった。だが、一目見たら目を奪われてしまう程に艶やかな深青の髪を見て、明嗣は相手の正体を認識した。


「り、燐藤……なのか……?」


 燐藤 茉莉花という目の前の少女の今を見て、明嗣は血の気が引くのを感じた。何故なら、明嗣の視界に映る血管をなぞるように張り巡らされた“線”は、人間である証の“赤”ではなく、吸血鬼である証の“黒”に変わっていたのだから。

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