第83話 過去との再会
再び、Hunter's rustplaats食事フロア。
地下工房から出て、客が食事を楽しむフロアへ移動した明嗣は、ミカエラと一緒にカウンター席に座っていたヴァスコを見つけて口を開いた。
「どっからその名前を引っ張ってきた」
当然の事ながら、開口一番に敵意剥き出しの表情の明嗣に対して、ミカエラは困惑の表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ、いきなり」
「やはり知り合いだったな」
一方、この反応を予期していたのか、ヴァスコはさして驚いた様子も見せずに淡々と返す。
「昨年に起きたとある一家の惨殺事件の被害者リストの中にあったんだ。その中で唯一の行方不明者、そしてアーカード。お前が通っていた中学校の同窓生であり、取り逃した吸血鬼の名前がな……」
「なんだって?」
ヴァスコが明かした思ってもみなかった情報に、アルバートが驚いた表情を浮かべて明嗣を見た。すると、明嗣は何かに耐えるように歯を食いしばっていた。
「だったらなんだよ。それがテメェとなんの関係があるってんだ」
「惨殺事件の現場には悪魔召喚の魔法陣が残されていた。分かるか? お前が取り逃したその女は、悪魔に魂を捧げて吸血鬼となった。正真正銘の真祖になったんだぞ」
ヴァスコの糾弾するような声音に、明嗣は再び歯を食いしばる。何も言えないでいる明嗣に対する、ヴァスコの静かな糾弾はさらに続く。
「真祖になった直後ならば、まだ力の使い方すら分からず楽に殺す事もできたはずだ。なのに、貴様は燐藤 茉莉花をみすみす取り逃した。それでどれほど人の命が奪われるのか考えた事があるのか?」
「うるせぇ……!」
絞り出した明嗣の声は震えていた。極力平静を保とうと努力したが、感情を抑える事は無理だった。
「俺だって分かってんだよ……!!」
明嗣はくるりと踵を返し、地下工房へ戻ろうとした。すると、アルバートが引き留めようと声をかける。
「お、おい! どこ行くつもりだ」
慌てた様子のアルバートに対し、明嗣は背を向けたまま静かに返事した。
「もう話す事はねぇ。帰って一眠りするから仕事が来たら電話をくれ」
「なんだ。逃げるのか? 情けない奴だ」
あからさまな挑発に対して、明嗣は今すぐヴァスコを八つ裂きにしてやりたい衝動に襲われた。だが、そんな事をしても何も得がないので睨むだけに留める。そして、荷物をまとめて再び上がってくると、店を出て行ってしまった。やがて、明嗣の後を追うように澪と鈴音が地下から上がってきた。
「何があったの? 明嗣、すごい剣幕だったけど」
「どうしたの、って聞いても何も答えてくれなくて……」
事情が掴めない2人の表情は戸惑いと心配の2つだった。いったい何があったのか分からない澪と鈴音を前に、アルバートは考え込むように顎に手を当てた。
そういや明嗣の奴、前に「澪ちゃんと鈴音ちゃんの本性を見るのが怖い」とか言ってたな……。もしかして、その事と関係があるのか?
その言葉の真意を読み解く鍵を握っているのなら、その燐藤 茉莉花なる女について探りを入れてみるべきか。考えがある程度はまとまってきたので、アルバートはこの場にいる全員へ呼びかけた。
「知らない内にとんでもない地雷を踏んでた、なんてのはごめんだ。この場にいるメンバーで燐藤 茉莉花とかいう女について調べてみるか」
この呼びかけに対して、異を唱える者は一人もおらず、満場一致で燐藤 茉莉花についての情報を集める方向に話がまとまった。
その夜、珍しく早めの時間に就寝に入った明嗣は珍しく夢を見た。
内容は去年の初夏の時、ちょうど一年前に起きた出来事だった。
「なんでだよ、燐藤……!! なんで……なんでアイツを殺した!!」
「やっとわたしの事を見てくれた。そういう表情も好きだよ」
握っている銃が震えてしまう。怒り、悲しみ、そして絶望。それら全部がない混ぜになった感情が震えとなって身体に現れる。震える身体で銃口を向けるので精一杯の明嗣に対して、夜を思わせるような深青の少女が微笑みを浮かべた。
「わたしは諦めないよ。わたししか見えなくなるまで、明嗣くんの大切な物を全部ぜ〜んぶ破壊して殺して壊し尽くしてあげるから。どれだけ時間がかかろうとわたし以外見えなくなるまで何度でも……」
そこで目の前が暗くなり、夢は終わった。やがて、意識が浮上して目を開けた明嗣は身体を起こした。額に浮かんだ汗を拭い、明嗣は疲れたように脱力する。
「久しぶりに見たな……。この夢……。燐藤の名前を聞いたからか?」
ここ最近はめっきり見なかった中学三年生だった頃の忌まわしい記憶。時間がいつか解決してくれると思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。
「向き合え、って事か……」
内心、分かってはいる。このまま目を背けていても前には進めないのも、過去に決着をつけなければならない事も分かってはいる。だが……。
「いったいどうしろってんだよ……」
あんな事になる前の分岐点に差し掛かった時、自分はどういう選択をするのが正解だったのか、いくら考えても明嗣には分からない。
ちょっと外出るか……。
後味の悪い夢を見たせいでもう一度眠る気になれなかったので、明嗣は風に当たるためのツーリングに出かけるべく着替え始めた。
適当に街道を走ること二時間。少し走り疲れた明嗣は、吸血鬼である父のアーカードから譲り受けたバイク、ブラッククリムゾンのシートに座って缶コーヒーを飲んでいた。
コイツに乗るようになってから、二ヶ月ちょいか。少し慣れてきたな。
龍のペイントがされた燃料タンクを撫でながら、明嗣はふとこのバイクを手に入れてからの事を思い返す。それなりに乗りこなせるようになってきたとは思うが、それでも全開走行となると、いまだに目が追いつかない時がある。
普段の移動手段としても使えはするが、これを譲ってくれたアーカードはそのために与えてくれた訳ではないだろう。なぜなら、このバイクの正体は時代が流れて適応するように身体を変化させた戦車馬なのだから。戦う時こそ、その真価を発揮するはずなのだ。
いざって時、俺はコイツを扱いきれんのかな……。
その時の事を想像して、やや不安な気持ちになってしまう明嗣。そんな明嗣の前に一人の少女が声をかける。
「かっこいいバイクだね。いつ手に入れたの?」
自分の世界から現実へ戻ってきた明嗣は、顔を上げると驚きで言葉を失い、目を見開いて固まった。夜空を思わせる深青の長い髪にふわりとスカートの部分が膨らんだ紫のワンピース、そして血を思わせる程に赤い瞳と誘惑するように蠱惑的なその眼差し。忘れるはずがない。眼の前にいるこの少女は……。
「り、燐藤……」
明嗣はなんとか絞り出して名前を口にした。すると、眼の前の少女は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「久しぶり。会いに来たよ、明嗣くん」
今ここで、明嗣はしまい込んでいた忌まわしき過去との再会を果たした。




