第74話 通すべき筋
話し合った通りにホールで気絶している男達を運び出した明嗣達。一列に並べて見た事ある顔が全部揃っているか確認していると、明嗣はポツリと呟いた。
「こうして並べてると大量殺人事件の捜査現場みてぇだな……」
「まだ生きてるから。不謹慎な事言わないでよ」
鈴音からのツッコミが入った所で、ヴァスコが懐から本を取り出し、呼びかける。
「これで全員だな? 何も問題がないなら始めるが」
「あれー? ゆかおねーちゃんは?」
一人の少女が声を上げた事により、子供たちがざわつき始めた。
「あ、ほんとうだ! ゆかおねーちゃんがいない!」
「どこに行ったんだろう?」
「ねぇ、ゆかおねーちゃんがいないよ!」
子供たちから出てきた名前に、明嗣を除いた全員が困惑の表情を浮かべた。
「ユカ? 誰だそいつ」
「ジル・ド・レの世話してた奴だ。この中を俺に案内していたのもソイツなんだけど……たしかにいねぇな……」
何者か尋ねるアルバートに対して、明嗣が説明しながらこの場にいるメンバーを確認した。たしかに、自分を案内してくれたメイド服を着た青髪の少女が見当たらなかった。この場にいないという事はまだ中にいる可能性がもっとも高い事になるが……。
「どうする? 探しに戻るのか?」
「しかねぇだろ。けど、俺だけにしといた方が良いと思う。アイツの面を見た事あるのは俺しかいねぇし、やっと連れ出した奴らをまた戻す訳にもいかねぇからな」
アルバートの問いに明嗣は面倒そうに頭を掻きながら答えた。その後、ホルスターから愛銃を二梃とも抜き、撃鉄を起こす。
「戻ってきた時にいつでも始められるよう準備だけはしとけ。くれぐれも俺ごと吹き飛ばすんじゃねぇぞ」
不信感を示すような視線をヴァスコの方に向ける明嗣。対して、ヴァスコはむしろそうなる事を期待するような表情を浮かべて答えた。
「さぁな。あまりに遅ければそれもやぶさかでは無いが」
「この生臭神父を見張っとけ。ひき肉されちゃたまったもんじゃねぇ」
舌打ちをして明嗣がアルバートと鈴音へ呼びかけた後、再び廃ショッピングモールへ足を踏み入れた。
コツ……コツ……と靴音が響く。あいも変わらず薄暗い廃ショッピングモールの中を、明嗣は銃口を向ける事で安全確認しながら歩いていた。
いねぇな……。あの中にいなかった事から推理すると可能性は一つしかねぇけど、理由はなんだ?
明嗣はその一つしかない可能性、結華はジル・ド・レと行動を共にしている理由を考えながら歩いていく。明嗣が見た限りでは、結華はただの少女にしか見えない。もしもの人質に使うとしても、彼女でなくとも良いはずだ。
なにかそうしなきゃなんねぇ理由があるって事だよな……。
だとしたら、それはなんだ。人質か。それとも特別な何かがあるのか。警戒と思考に脳を総動員しながら、明嗣は暗い屋内を進む。やがて、明嗣の耳へ「キィ」と何かが鳴く声が飛び込んできた。
――ッ!?
一気に意識が切り替わり、緊張の糸がピンと張り詰める。心臓が跳ねると同時に、素早く声が聞こえた方へ銃口を向けた。
「ハァ……ビクッた……」
銃口を向けた先にいたのは、2匹の蝙蝠だった。2匹仲良く戯れている様子を目にした明嗣は、一気に脱力して肩を落とす。その後、再び結華捜索へ明嗣が歩き始めると再び「キィ」と鳴き声が聞こえた。
「なんだよ。付いてこいってか?」
不信感を顕にした視線を向けつつ、明嗣は蝙蝠へ呼びかけた。だが、当然の事ながら返事は返ってこない。
二度ある事は……って言うし、付いて行ってみるか……。
仕方なく蝙蝠の方へ足を向けて近付くと、蝙蝠はその分だけ明嗣から距離を取る。どうやら付いてこいと言いたいのではないか、という推理は正解だったようだ。
大人しく蝙蝠の後を追いかける事5分。明嗣はある部屋の前に辿りついた。
「さてと、吸血鬼が出るか邪が出る……かッ!!」
ありったけの力を脚に込めて、明嗣は扉を蹴破り、中へ突入した。吹き飛んだ扉の先で待っていたのは祭壇だった。
上部には男が磔となった十字架、供物などを設置する長テーブルには蝋燭に火が灯った燭台が両端に設置されており、その中央には誰かが横たわっていた。結華かと思った明嗣は、不意打ちに警戒しながら慎重に祭壇へ近付いて行った。そして、顔が見える距離まで歩みを進めたその時だった。明嗣は横たわる人物に対して、驚きの表情を浮かべた。
「結華じゃねぇのか。誰だコイツ……」
そう。祭壇に横たわっていたのは探していた結華ではなく、全く別の人物だったのだ。髪は一本一本が糸のように細い金髪、顔は玉子型で年齢は10代後半から20代前半といった所だろうか。身体にかけられた布が主張する曲線から推察するに、おそらく女であろうことが分かる。だが、“線”が走っていない所を見るに、どうやら既に亡くなっているか人形であるかどちらかのようだ。
「美しいでしょう?」
突如、背後から聞いた声が耳へ飛び込んできた。明嗣は即座に振り向くと同時に、銃口を声の聞こえた背後へ向ける。やはりというべきか、銃口を向けた先にいたのは、姿を隠していたジル・ド・レだった。
「今、あなたの目の前で眠っておられるそのお方こそ、我らを率いて戦ったジャンヌ・ダルクその人なのです」
「ソイツはおかしな話だな。俺が聞いた話によると、ジャンヌ・ダルクは魔女として焼き殺されたと聞いたぜ? 全身くまなく炎に炙られて消し炭にされた、ってな」
明嗣は挑発するように微笑みを浮かべ、仕掛けるタイミングを探るように引き金にかけた指を曲げ伸ばしする。
明嗣の言う通り、ジャンヌ・ダルクは焼き殺される事によってその幕を閉じた。それも、10代の幼い少女がこれこそ我が使命と立ち上がり、祖国のために革命の旗を振った彼女を焼いたのは、事もあろうにその祖国であるフランスだったのだ。
しかし、今目の前に横たわる物は、どこからどう見ても穢れを知らない少女そのものに見える。
当然の指摘に対して、ジル・ド・レはククッ、と含みのある笑いを漏らした。
「ええ。そうですとも。ジャンヌはあの時、炎に包まれて身体を焼かれました。ですが、それは仕方のなかったことだと、今は思っておりますよ」
「アァ?」
明嗣はジル・ド・レの返事に対して怪訝な表情を浮かべた。ジル・ド・レの凶行が始まったのは、ジャンヌ・ダルクが火炙りで処刑された事がきっかけだったはず。なら、彼女の死に触れる事はジル・ド・レの心に何らかの激情を誘発する、そう思っていた。だが、今のジル・ド・レはどうだ。激情に駆られて怒るどころか、むしろ穏やかに微笑みの表情を浮かべているではないか。
いったい何言ってんだコイツ……。
読みが外れた事で表情を引き締める明嗣。一方、穏やかに微笑むジル・ド・レはゆっくりと祭壇へ歩きだす。
「あの日、ジャンヌは炎によって魂を浄化されたのですよ。処刑が決まったあの日、彼女は穢されてしまった。なぜなら、ジャンヌ・ダルクは穢れなき聖女だったから。だから、彼女を徹底的に辱める事でただの女に堕としたのですよ……。なぜなら彼女は聖女なのだから! 自らの悪徳を押し付けるために彼女を快楽の海に沈めて溺れさせたのですよ! なぜなら! 彼女は聖女なのだから!!」
語っていく内に、ジル・ド・レの声に怒りが混じっていく。
「ジャンヌが焼かれた時、己の不甲斐なさに絶望しましたよ……。その時の悲鳴、苦痛に悶える声は今でも夢に見る事があります。だから、彼女に謝りたかった。あなたを酷い目に遭わせて申し訳なかった、とただ一言で良いからジャンヌに謝りたかった。だから、冥府からジャンヌの魂を呼び戻し、綺麗な身体と新たな人生を生きて行く用意をする事で彼女に償おうと思って魔術や錬金術も学び始めましたとも……始めは」
語る声はたしかに悲しみや絶望が乗っている苦悩を抱えた者のそれだ。しかし、その感情の根底には憎しみが渦巻いている事が感じ取れるおぞましい声音だ。ジル・ド・レは懐から一冊の本を取り出した。
「手元にある財を全て注ぎ込んで研究を続けていた時、私は壁に当たってしまいました。どうしても、真っ当な方法ではジャンヌをこの世に呼び戻す事は叶わない、と。取り寄せる事できる範囲以上の書物は全て禁書に指定されている。どうしたら良いか、それはもう悩みました。そんな時、この本をある方から譲り受けました。なんでも、その方も錬金術について学び、この世の真理を探求していたそうです。そして、聞かせてくれたのですよ、ジャンヌ処刑の真相をね……」
「真相? そんなモンがあったのか」
答えつつ、何がいつ来ても良いように明嗣は警戒レベルを最大に引き上げた。一目見ただけで分かる。あの本の装丁には人の皮が使われている。やがて、ジル・ド・レの背後から探していた少女が姿を現した。
「ジル・ド・レ様、用意ができました」
「ご苦労さまです」
「結華!」
やっと捜し物を見つけた明嗣が呼びかける。だが、当の結華は氷のように冷たい視線を明嗣へ返した。
「何をしに来たのですか?」
「何を、だ? 連れ出しに来たに決まってんだろ。ここにいる人間は全て連れ出した。あとはお前だけだ」
「なぜ、そのような事を?」
「なんだと?」
「あなたは一度、見捨てるような事を私に仰ったでしょう。なのに、今更戻ってきて今度は連れ出しに来た? なんですか、それ。ふざけているんですか」
視線と同じくらい冷たい結華の声に、明嗣は苦しげな表情を浮かべた。たしかに、ジル・ド・レの庇護を受けるしかないと訴える結華に対して、そのように取られるような事を口にした自覚はある。それは認めなくてはならない。明嗣は結華の言葉に頷き、銃口を下げた。
「そうだな。確かに言った。それは認める」
一度口にした事は取り消せない。どんな些細な事でもとんでもない傷を心に与えてしまう場合がある。戦う意思がないならいつまでも泣いていろと言った自分の言葉には責任を持たねばならない。だから――。
「俺はそこの青髭野郎が作った“理想郷”の在り方が気に入らねぇからぶっ潰す事にしたのさ。けどな、何にだって通さなきゃなんねぇ筋がある。よって俺は、俺の都合で動く事で迷惑かける奴にアフターケアを押し付けるだけだ。そして、押し付けるべき相手は残り一人。結華、お前だ」
でなければ、ただ好き勝手に居場所を壊しただけの略奪者でしかない。明嗣は確固たる意思を以て、結華へ呼びかけた。
「立ち上がる力がねぇなら手を貸してやる。だから、下を向いて死んでいるんだか生きているんだか分からねぇような時間を過ごすのは、もう終わりにしろよ」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに明嗣は、この手を掴めと結華へ手を伸ばした。あとは彼女が手を掴めば、何も憂いなく暴れる事ができる。だが、結華はただひたすらに悲しげに、全てを諦めたような微笑みを浮かべた。
「ごめんなさい……」
「なっ……!?」
「もう……遅いんです」
言うな否や、結華は隠し持っていたナイフで手首を切りつけた。そして、突き出した腕から滴る血液が床に落ちると、波紋と共に広がって魔法陣を描いていく。
一滴落ちるたび、空間が朱に染まっていく。やがて、周囲は“朱”に堕ちた。




