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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE2-4 Destroy all them

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第72話 背負う十字架

 明嗣がミカエラと澪の二人と合流して5分経過した。一番詳しいという理由で先頭を歩く明嗣の案内により、3人はジル・ド・レの私室となった事務所までやってきた。


「まず、ここで囲ってる人間の隠し場所を探す。全員と顔を合わせた訳じゃねぇから断言できねえけど、まだ囲っているはずだ。ここなら監視カメラの映像でどこに何があるか確認できるはず」

「そうね。ついでにジル・ド・レの隠れ場所も見つけられたら良いけど……」


 キーボードを叩きながらミカエラがポツリと呟くが、明嗣が首を横に振る。

 

「無理だな。このタイミングで見つかるくれぇなら、そもそも隠れたりなんてしねえだろ」

「どうして?」


 話について行けず、澪が首を傾げて見せた。明嗣は映し出された映像を一つ一つ確認しながら、ミカエラの言葉に首を振った理由を説明し始めた。


「隠れたっつー事はそうしなきゃなんねぇ理由があるって事だ。おそらく、何か大掛かりな仕掛けの準備だろうな。しかも、俺らに勘づかれちゃ困るモンだ。ネクロノミコンにある魔術か何かで姿を隠して動いているはずだと思う」


 淡々と話してはいるが、明嗣の目には明らかに焦りがあった。時折、息をするのを忘れてしまう程に集中する明嗣に代わって、ミカエラがその説明を引き継ぐ。


「で、たぶんその仕掛けにも人間の血が必要なはずよ。吸血鬼は何をするにもまず血が必要だから、せめて燃料にされる人間を少しでも減らして仕掛けが起動できないようにしようって訳」

「なるほど……」


 説明を聞いて納得した澪はコクリと頷いた。その後、澪も一緒に画面を凝視して一緒に目的の物を探しはじめる。やがて、澪がある異変を見つけて一つの映像を指さす。


「ねぇ、これってゲームセンターにあるゲームだよね? どうして動いているの?」

「ん? ああ。そういや、自家発電機で動かして遊べるようにしてるって言ってたっけな……」

「ちょっと待って。今、ここは変な化け物がうろついてて危険地帯よ? 呑気にゲームして遊んでいる場合じゃないのにゲーム機が稼働しているってどういう訳?」


 ミカエラによるもっともな指摘によって、一瞬だけ沈黙が訪れる。そして、その意味を理解した3人は即座にアミューズメントコーナーへ向かって走り出した。

 やがて、問題のアミューズメントコーナーに到着した明嗣達はやはりと言うべき光景に遭遇した。


「つぎはぼくが遊ぶ!」

「おまえこのゲームヘタクソじゃん。やだよー」

「あー、おまえっていっちゃいけないんだー」

「こーらっ。仲良く順番を守って遊ぶの」


 幼く舌っ足らずな声や、行儀の悪い子供達を叱る声が溢れ返る。とりあえず、目的は果たした事に対して澪が安堵の息を吐いた。


「良かった……。やっぱりここに避難していたんだ」

「いや、安心してもいらんねぇぞ。アイツらにここを襲わねぇ理性が残っているかどうか分からねぇんだ」

「そうね。ここにあの化け物達が乗り込んで来る前に安全な場所へ移動させないと――」

「あれー? おねぇちゃん達だれー?」


 ふと、足元から少女の声が聞こえてきた。いったい何事かと声が聞こえた足元へ目を向けると、そこには5、6歳程だと思われる少女が澪を見上げていた。


「えっ!? あ、あたし達は……その……」


 まだ“疑う”という概念がない純粋無垢な瞳に見上げられる澪は、どう答えたものかと目を泳がせる。すると、1人の少年が明嗣の事を指差して声を上げた。


「あ! あのおにいちゃんは前に見た事ある! この間、大きいてっぽーもってジルさまとお話していた!」

「えー! 見たい! 見せてみせて!」


 一人の少年のおかげで明嗣は即座に目を輝かせる少年達に囲まれてしまった。


「おにいちゃん、この間のてっぽー見せてよ! 白いのと黒いの!」

「いや、あれは見せ物じゃねぇっつーか……参ったな」


 どうすれば良いのか分からず、困った明嗣が無言で助けを求めるように澪へ視線を向ける。だが、澪の方も少年少女両方に囲まれて同じような状況になってしまっていた。


「おねえちゃんは誰なの? ここに新しくきた人?」

「ねぇ、あそぼう! あっちにボールがいっぱいあるよ!」

「そっちのおねえちゃんもいっしょにあそぼう!」

「あら、私もご一緒しても良いの?」


 思わぬ誘いにミカエラが驚いた表情を浮かべて聞き返すと、ミカエラを誘った少女が元気いっぱいに頷き答えた。


「うん! だってあそぶひとは多いほど楽しいから!」

「そうなの。じゃあ私も一緒に遊ぼうかしら」

「おい。そんな事してる時間は――」


 明嗣がさっさと本来の目的に戻ろうと呼びかけようとした瞬間だった。突如、「子供達から離れて!」と叫ぶ声が明嗣達の耳に飛び込んできた。いきなりの叫び声に明嗣と澪、そしてミカエラが声のした方へ目を向ける。すると、そこには一人の女が立っていた。よく見ると体を震わせながら、黒い拳銃を手にしていた。


「あなた達、このコミュニティの人ではないでしょ……! まさか、最近買い出しに出ている私達を尾行していた人達の仲間……?」


 威嚇するように女が明嗣達へ向けて銃を向ける。だが、震える手では構えが安定せず、照準が定まらない。明らかに怯えが前面に出てしまっている、初めて銃を持った素人だ。一方、幼い頃から()()を踏み、銃という存在が日常に組み込まれてしまった明嗣は呆れたように脱力する。


「おいおい……。いったい何挺調達したんだ?」

「あなた、まだ1回も撃った事ないでしょ? 悪い事言わないから今すぐそれを下ろして話し合いましょう?」


 同じく、日常に銃が組み込まれているミカエラが呼びかける。だが、女は逆に銃を握る力を強めてしまった。


「いや……! そうやって安心させて私達を騙すつもりなんでしょ!? 今までそうやって酷い目にあってきたんだから! 騙されないわよ!」

「ハァ……仕方ねぇ。撃鉄は倒れてるから今の内に力ずくで……」

「待って」


 このままでは埒が明かない、と一歩踏み出した明嗣に澪が待ったをかけた。すると、明嗣が不満げに返す。


「なんだよ。このまま続くとパニクって弾いちまうぞ」

「でも、子供達が怖がってる。それに万が一暴発したら子供たちに当たるかもしれないよ?」

「ならどうするの?」

「あたしは……」


 代案を求めるミカエラに対して、澪は一度心を落ち着けるように深呼吸した。そして、まっすぐにミカエラの目を見据えた。


「あたしに任せてください」

「そう。じゃ、やってみなさい」

「はい!」


 背中を押すミカエラに澪が元気よく返事すると、今度は明嗣が澪へ待ったをかけた。

 

「おい待て。相手は武器持って――」

「まぁ、見てなさいよ。任せてって言ってるんだから」

「んな事言ってる場合か!」

「いいから。あなたの案は最終手段よ。まずはミオに任せてみましょう」


 その危険性を知っているが故に焦りの声を出す明嗣に対して、ミカエラは有無を言わさぬ声音で突っぱねる。これ以上は何も言えないと感じた明嗣は、もしもの時に備えてすぐに動けるように準備する事にした。一方、澪は銃を向ける女に向かってゆっくりと歩き出す。


「来ないで! う、撃つわよ!」


 女が引き金に指を掛けた瞬間、澪はピタリと足を止めた。そして、その場から優しく呼びかけた。


「それ、重いですか?」

「え?」

「だって、凄く震えているから」

「いきなり何……! 重いかどうかなんて関係ないでしょ!?」

「そんな事ないです。だって、それが()()()()なんだから」

「え……?」


 おい、それは……。


 澪の言葉に明嗣が驚きの表情を浮かべた。澪が口にしたその言葉は、先ほど明嗣がジル・ド・レに言い放った物なのだから。


「あたしの友達が言ってたんです。武器の重さが命の重さなんだ、って。どうですか? 今、あなたが持ってるそれ、どれだけ重いんですか?」

「それ……は……」


 問いかける澪に対して、女は言葉を詰まらせた。通常、ハンドガンの重さはせいぜい1kgかそこら。一番軽いダンベルでさえ2kgほどだ。だが……。


「あたしのお父さんは世界を飛び回っているカメラマンなんですけど、撮ってる写真の中に銃を持って笑っている子供たちの物もあるんです。お父さんは悲しい表情で言うんです。『この子達は生きていくために人を殺してしまったから、これからずっと重い十字架を背負って生きていかなきゃいけないんだよ』って。最近、その話についてよく考えるんです。その十字架ってどれだけ重いんだろうな、それを背負って生きていくのはいったいどれだけ苦しいんだろうな、って」


 澪……お前……。


 何となく自分にも投げかけられているような気がして、明嗣は驚きの表情のまま澪の話に耳を傾ける。


「人によって重さは違うと思います。でも、命を奪った十字架を背負う事はどんな人も変わらないはずです。あなたはその重さをずっと背負って生きていく事ができますか? 今、目の前にいる子供達の前で重さに耐えながら笑う事ができるんですか?」


 まっすぐに目を見据えて問いかける澪に対して、女は何も答えられず固まってしまった。やがて、女は構えていた銃をゆっくりと下ろし、膝から崩れ落ちる。


「そうですよね。できない……ですよね……」


 ペタリと座り込んで呆然としている女に対して、澪が安堵の息を吐いた。そして、ゆっくりと歩み寄った澪が、女に向けて手を差し出す。


「銃、渡してくれますか?」


 優しく呼びかけると、女は素直に銃を差し出して澪に手渡す。その様子を見守っている明嗣に対して、ミカエラが声をかけた。


「ねっ。ミオに任せて正解だったでしょ?」

「結果論だろ。ぶっ放す可能性だって十分にあった」

「まったく、本当に反抗的ねあなた」


 ひとまず場は収まったが、運が良かっただけだと良い表情(かお)をしない明嗣に対して、ミカエラは呆れたように息を吐く。そして、銃を受け取って戻ってきた澪がミカエラに差し出した。


「これ、持ってて貰えませんか。あたし、持っていると不安だから」

「ええ。良いわよ」


 澪の頼みを快諾したミカエラが受け取った銃、グロック 17を懐へしまう。この銃は引き金は軽めな設計のため、女子供でも引き金が引きやすいのが特徴だ。だが、それでも。今の澪にはなおさら重く感じられる事だろう。なぜなら……。


「ねぇ、明嗣くん」

「なんだよ」


 ひとまず場が収まって安心した澪の呼びかけに対して、明嗣がぶっきらぼうに返事した。すると、澪はポツリと今の心境をこぼす。


「銃って重いね」

「そうか」

「これが明嗣くんが言ってた命の重さなの?」

「たぶんそうなんじゃねぇか。自分で言ってたろ。“人によって違う”って」


 言葉少なに返す明嗣。澪は最後に一つだけ問いを投げかけた。


「明嗣くんはずっと背負って行けるの?」


 この問いに対して、明嗣は一瞬だけ言葉が詰まったかのように答えを口にするまでに間ができる。それでも確固たる意思を持って、明嗣はその答えを口にする。


「背負って行くさ。それしかねぇからな」

「……うん」

「さて、と……。こりゃ、いったんマスター達と合流した方が良いかな……。この人数を二人で守りながらはキツい」


 明嗣が周囲に首を巡らせた。ざっと見たところ、ここにいる人数は十人は超えている上に、半数が子供だ。澪は戦えないので、実質ミカエラと二人で戦わないとならない。と、なればこの人数を抱えながら、耐久性の高い人造人間や不意打ちしてくる吸血鬼達と戦うのは、さすがに厳しい物がある。同じ考えなのか、ミカエラも明嗣の言う事に頷いた。

 

「そうね。その後、逃がす班とジル・ド・レ捜索班に分かれて再び行動しましょうか。ミオ、向こうにいる中で連絡先を知っている人はいる?」

「えっと、鈴音ちゃんなら知ってますけど、良いんですか? もしかしたら着信音で見つかっちゃうかも……」


 当然の懸念を口にする澪。だが、ミカエラは関係ないとばかりに返す。


「あっちも三人いるから大丈夫よ。一人連絡で手が離せなくても残りの二人が守ってくれるから。だからヴァチカン(ウチ)じゃいつもは最低二人一組(ツーマンセル)なんだけど」

「な、なるほど……」


 言われてみればそうだ、と納得した澪が鈴音のスマートフォンへ発信し、こちらの状況を伝えて無事合流する事に成功した。そして、これからの事を話し合う事となった。

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