第69話 禁忌の人造人間
人造人間と対峙した明嗣は、白黒の双銃を向けた標的に一つの疑問を頭の中に浮かべた。
“線”が見えねぇな……。
普段なら見えるはずの人間が持つ“赤い線”と吸血鬼が持つ“黒い線”、その両方が人造人間の身体にないのだ。生き物ならば身体中に張り巡らされた血管をなぞるように伸びているのに、目の前の相手にはそれがない。
見た感じ、人肉っぽい質感なのになんでだ?
もしかして死体を素材に作り出したのだろうか? じっくりと観察しながら、明嗣は飛び出すタイミングを探る。まぁ、良い。“線”がないのなら、それは物だ。だから、躊躇せずに引き金を引けば良い。
一度人差し指を伸ばしてから、再度引き金に指をかけ直した明嗣は、腰を落として脚に力を溜める。
「どうした? 来ねぇのか?」
どちらから片付けるかを決めつつ、明嗣が呼びかける。だが、反応はない。
「来ねぇんなら――こっちから行かせてもらうぜ!」
明嗣は脚に溜めた力を爆発させ、床を蹴って飛び出す。そのまま、即座に引き金を引いて人造人間を牽制した。まずは右にいる奴から手早く片付ける。1対2の戦いなら、先制攻撃で片方を素早く仕留めてしまった方が面倒が少ないからだ。
銃口から飛び出す弾丸は10mm 水銀式炸裂弾。これは弾頭中央に超小型の炸薬が仕込まれており、着弾すると爆発して水銀が拡散するように設計された弾薬。着弾すると、頭部が吹き飛ぶ程の威力を誇る。吸血鬼に限らず、対生物用としてはトップクラスの攻撃力を持つ強力な弾丸だ。だが、明嗣が放った弾丸が標的へ着弾する事はなかった。
マジか……!?
明嗣は目の前で起こった事に対して、驚愕の表情を顕にした。なんと、2体とも正確なタイミングで秒速350km/hで飛翔する弾丸を指で摘み、動きを止めた。炸薬が爆発した熱で火傷する程に熱いはずの弾丸を素手で摘んで見せたのだ。弾頭中央にある超小型信管は正面からぶつかった衝撃で作動するので、摘んでしまわれると役割を果たす事が出来ないのだ。
どんな反応速度だよ!? 音と同じ速度で飛んでんだぞ!?
たまらず、明嗣は方向転換して壁の方へ突っ込んだ。そして、その勢いを利用し、壁を蹴る事で宙へ飛び上がる。
なら、コイツでどうだ!?
空中で明嗣が双銃で2体同時に狙いを定めて引き金を連続で引く。パッと見ただけでは先程の流れをリプレイしただけ、むしろ“下手な鉄砲かずうちゃ当たる”に則ったヤケを起こした攻撃にしか見えない。
対して、2体の人造人間は先程と同じように飛翔する弾丸を摘んで攻撃を防いだ。だが、今度の銃撃では水銀式炸裂弾が爆ぜて、摘んだ指を中心に手のひらを吹き飛ばした。
「っしゃ! 狙い通り!」
着地した明嗣が計画通り、と口の端を吊り上げた。先程の攻撃は最初に囮の弾薬を先行させて、全く同じ軌道をなぞるように第二射を放つブラインドショットである。掴まれて爆発しないなら話は簡単で、それを前提に撃ち込む、ただそれだけである。そういう訳で、明嗣は最初の一発は止められる事を承知で引き金を引き、その後ろに続くようにもう一発、弾を撃ち出したのだ。結果、最初の一発は防がれるが、後からやってきたもう一発が衝突し、その衝撃で二発とも爆発するという訳なのだ。
爆発により人造人間の手が飛ぶのを確認した明嗣は計画通りと笑みを浮かべた。だが、その笑みもすぐに消え失せてしまう。吹き飛ばした人造人間の手の部分が蠢き、再生を始めたのだ。
おい……嘘だろ……!?
目の前で起こる現象に明嗣は思わず顔を引き攣らせた。通常なら失った部位が再生するなんてありえない事だ。だが、現実に起きている。否定しようがない事実として目の前に在る。
どうするよ、おい……。再生するなんてアリかよ……!
明嗣は一度深呼吸して心を落ち着かせる。パニクっていても仕方ない。再生するのなら、それすらも織り込んで戦うまで。再生しなくなるまで引き金を引くだけだ。
一応、切り札はある。けど、今はまだ切る訳にはいかねぇな。
以前、アルバートに改修させた半吸血鬼である明嗣の吸血鬼としての剣、炎刃クリムゾンタスク。燃料である明嗣の血液の消費を抑える他に、もう一つ改修を施したのだ。それは携帯性を高めるため、さらに刀身を分割し、片手剣としても使えるようにしたのだ。だが、それでも血液を消費する事は変わらない。できれば、ジル・ド・レと戦う時に全部回したい所だ。となれば……。
「どっちが先に力尽きるかのチキンレースだよなァ!!」
己を鼓舞するように叫び、明嗣は引き金を引いた。弾倉の中にある弾が尽きるまで引きまくる。尽きたら新しい弾倉に交換して再び撃ちまくる。再生する間は与えない。再生が始まればそこへ撃ち込む。やがて、一体目の人造人間の再生が止まった。そして、二体目の方へ銃口を向ける。だが、銃口を向けた先に二体目の姿がない。残りの人造人間の姿がなかったのだ。
どこ行った!?
闇に紛れて姿を隠したとしても、半吸血鬼である明嗣なら暗闇の中でも視界は利くので見えるはずだ。にも関わらず、見つからないとはどういう事なのか。警戒するように明嗣はぐるりとその場で銃口を向けながら辺りを見回し、安全確認を行った。異常はない。ないのだが、本能が気を付けろと警鐘を鳴らしている。やがて、明嗣の頭にパラパラと粉末状の物が落ちた。
……? 上かっ!
気付いた時には時すでに遅し。上へ目を向けると同時に、明嗣は上から降ってきた何者かに組み伏せられてしまう。その正体は姿を消した二体目の人造人間だった。
しまった……ッ!
肩を押さえつけられ、腕に上手く力を入れる事ができない。それどころか、脚すらも動かす事ができなくなっていた。まるで、脚も腕で押さえつけられているようにしっかりと固定されている。
つーか、本当に掴まれているみてぇ――なッ!?
自分の足の方へ目を向けた明嗣は己の目を疑った。なんと、目を向けた先にあったのだ。三本目と四本目の腕が。人造人間の腕が四本、たしかに明嗣の足を掴んでいたのだ。
嘘だろ……!? アリかよ、それ!?
ここで明嗣はジル・ド・レについて一つの情報を思い出した。人間だった頃、彼は黒魔術や錬金術についての研究にかなりの財を注ぎ込んでいた、という話がある。そう、錬金術だ。元々は別の物質から金を生み出す事を目的に研究されていた物だが、その中にはもちろん禁忌がある。それは人間を錬金術で生み出す事だ。理由はもちろん、悪しき者が使用した場合、世界に混乱を招くからだ。例えばの話、過去に処刑されたテロリストに心酔している者がいたとしよう。そんな奴が人間を生み出すとしたらどんな奴か、と問われれば答えは決まっている。もちろん、そのテロリストの複製、つまりクローンを生み出すのは聞くまでもない事だ。
だが、本題はそこではない。錬金術は素材を合成して物を生み出す技術。つまり、その気になれば人間に他の生物を合成して合成獣を生み出すこともできる所だ。
あの青髭野郎……超えちゃいけねぇライン超えてたのか!
なら、腕が多い理由も納得だ。きっと、元の素材となった人間に何か複数の腕を持つ生物を合成し、腕を増やしたのだろう。そのおかげでこうして押さえつけられている訳だが。
こうなったら……!
明嗣は手首をできるだけ曲げて狙いを定める。狙う先は、自分へ覆いかぶさるその身体だ。
くらえッ!
明嗣はホワイトディスペルの銃口を脇腹に押し付けて引き金を引いた。身体全体で衝撃を受け止める構え方ではないので、発射の反動は全て手首に向かっていく。目論見通り、人造人間が脇へ転がり、明嗣は自由となった。一体目と同じように吹き飛ばした脇腹は不気味に蠢いて再生を始めている。立ち上がった明嗣は右手に握ったホワイトディスペルをホルスターへ納めると、痺れを逃がすようにプラプラと右手を振り始めた。
「ってぇな、クソっ……! 弾詰まりったらどうしてくれんだよ、おい」
毒づきながら、明嗣は左手に握ったブラックゴスペルを転がっている人造人間へ向けた。
「こいつだけでも間に合ってくれよ」
ズドン! ズドンズドンズドン……。狂ったように明嗣は引き金を引く。遊底が後退したまま固定されると、その場に弾倉を落としつつ、痺れて震える右手を使って新しい弾倉をすぐに挿し込む。以上の流れを繰り返し、撃ち込んだ10mm 水銀式炸裂弾の数は40発。一体につき、1本につき15発入っている複列弾倉2本と3分の2を使い切ってやっと生命活動を停止するようだ。
これじゃ、火力足んねぇよ。早くなんとかしねぇと……。
こんなのが徘徊しているとなると、打ち止めの心配がない自分はともかく、いつの間にか別行動を取って姿を消したミカエラと澪、フロアで戦っているアルバート達が保たない。
さて、と……。そうとなればさっさと本丸を探してぶっ潰……ん?
弾薬は自動生成されるからまだ使えるため、足元に落とした複製式弾倉を回収した明嗣。全部ホルダーに納め終えた時にふと、明嗣は自分へ視線を向けられている感覚に陥った。誰が見ているのか主を探ると、答えはすぐに見つかった。
「嘘だろ……!?」
なんと、先程屠った人造人間が今度は5体、全員が明嗣を見ている。特別製弾薬を40発お見舞いしてやっと死ぬ怪物がさらに5体……? 血の気がサッと引いていく感覚がし、顔が蒼く染まるのが自分でも分かった。
まともに相手してらんねぇだろこれ!
たまらず、明嗣は背を向けて全力で駆け出した。




