第66話 命の重さ
「ここだ」
明嗣の案内で連れて来られた廃ショッピングモールは、不気味なほどに静まりかえっていた。
「なーんか嫌な雰囲気……」
ぽつりと鈴音が感想をこぼしたのを皮切りに、ワゴン車から降りたメンバー各々が第一印象を述べていく。
「おばけが出そう……」
「こんな所に潜伏していたのか……。こんなに大きい施設ならすぐに見つけられそうなんだが……」
澪の後にヴァスコが続く。そして、次に降りたミカエラが納得したように頷き、見つけられなかった理由を口にした。
「なるほどね。いくら注意深く追跡しても見つけられなかった理由が分かったわ。だって、ここには認識阻害の結界が張られているもの」
ミカエラは駐車場入口にある柱の一つを指さした。その先には、何やら札のような物が貼り付けられている。
「おそらく、結界をここら一帯に張って追跡の目から逃れていたのよ。それで、仲間にも近付けば近付くほど効果が強くなるように認識阻害の術を施していたから、見失っていたんだわ」
「あの〜……」
ミカエラが状況から組み立てた推理を語り終えた瞬間だった。話について行けない澪が申し訳なさげに手を上げた。
「もしかして、ここにいる吸血鬼もこの間の“切り裂きジャック”みたいに何か魔法とか超能力みたいな物を使えるんですか?」
・・・・・・。
何も知らずに付いてきたのかコイツは。言外に呆れるような空気の中、明嗣が澪の質問に答えた。
「今回の相手はフランス革命時代の亡霊だ。黒魔術の研究に没頭していたら、吸血鬼になっちまったんだと」
「そうなの!?」
「鈴音から聞いてねぇのかよ……」
「今回は大仕事になるって聞いてて、大変そうだから手伝いたいな〜、としか思ってなくて……」
誤魔化すように笑う澪に対して、明嗣は頬をヒクつかせた。この妙な思い切りの良さはどこから来るだろう、と考えていると、ワゴン車から荷物を下ろすアルバートが呼びかける。
「おーい。お話中の所申し訳ねぇが、さっさと荷物下ろして準備するぞ。ここは敵地のまん前だぞ」
呼びかけに応じた一同は急いで即座に持ってきた火炎放射器などの吸血鬼狩りに使う武器などの荷物を下ろしに取りかかる。ガシャ、とフォアエンドを操作してショットガン ベネリ M3 スーパー90に初弾を送り込んだアルバートが再び呼びかける。
「よーし、皆準備は良いな。それではいざ出撃、と行きたい所だが……」
アルバートがヴァスコとミカエラの方へ目を向ける。
「お前さん方、武器はそれだけなのか?」
「ええ。そうよ? 何か問題ある?」
ミカエラが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げて見せた。ヴァスコは相変わらずの仏頂面で何も答えない。
アルバートが疑問を浮かべるのも無理はなかった。なぜなら、ミカエラはホルスターにハンドガンのベレッタ 92Fが一挺とナイフが一本、ヴァスコに至っては手ぶらだ。これから戦いに行く者の装いとしては少し頼りなく見える。
そんなアルバートの考えを見透かしてか、ミカエラはナイフを抜いた。
「このナイフはデュランダルなの。大天使ガブリエルがローランに渡したっていう本物よ?」
「ほー、そいつは驚きだな。ヴァチカンにあるとは聞いていたが、まさか持ち主に会えるとは」
「ねぇ、ゲームとかでたまに強い武器として名前が出てくるけど、デュランダルって何?」
やり取りを聞いていた澪がコソリと明嗣と鈴音に向かって尋ねた。鈴音も知識がないのか、さっぱり分からないと首を振った。そして、澪と鈴音の視線が明嗣へ向く。仕方ないので、明嗣がデュランダルについて説明を始めた。
「かいつまんで説明すると、斬れない物は無いといわれてる伝説の剣だ。敵国に渡るくらいなら、と持ち主が岩に打ち付けてぶっ壊そうとするくらいにはよく斬れる剣らしい」
「じゃあ、あれはその残骸をナイフに研ぎ直して……」
剣士として折れた刀剣には一定の情が湧いてしまうのか、鈴音の哀れむような表情がミカエラの持つデュランダルへ向けられた。折れてもなお戦うために短剣として作り直された剣は果たして幸せなのか、そのように問うような眼差しにも見える。だが、デュランダルの逸話はここで終わりではなかった。
「だが、その切れ味の良さゆえにぶっ壊すために打ち付けた岩を逆に真っ二つしたっつーマヌケなオチも付いてくる」
「そのオチ要る!?」
「明嗣くんって物知りだよね」
「別にこのくらいはちょっと調べたら出てくるだろ」
褒められる事に慣れてないのか、澪の感心するような視線から逃れるように、明嗣は顔を逸らす。そんな明嗣達のやり取りをよそに、アルバートとミカエラの話は続く。
「じゃあ、吸血鬼を探知する手段は?」
アルバートの質問に対し、ミカエラは手首に着けたロザリオを見せる事でその答えを提示して見せた。
「私達は吸血鬼が近付くとロザリオが教えてくれるわ。逆に聞きたいんだけど、あなた達はどうやって吸血鬼を探し出しているのよ? まさかあの半吸血鬼の坊や頼りって訳じゃないでしょうね?」
「そうだな……。ここなら――」
アルバートは何かを探すように周囲へぐるりと首を巡らせた。だが、目的の物が見当たらないのか、考え込むように顎を撫でた。
「やっぱり、あの手が良いかな……。鈴音ちゃん!」
アルバートの呼びかけで鈴音が確認するように自分の事を指差した。すると、アルバートが鈴音に一つ指示を出した。
「ちょっと貯水槽を探すのを手伝ってくれ。アイツらに水浴びさせてやるぞ」
諸々の準備を終えて明嗣達は施設内へ足を踏み入れた。中はなぜか照明器具が明かりを灯しておらず、真っ暗な闇のように暗い。なので、明嗣を除くメンバーはライトを片手に慎重に足を進める。やがて、ある程度進んだ瞬間、暗闇の中でも視界が利くため先頭を歩く明嗣が手で停止を指示する。何事かと思い、アルバート達が足を止めると、どこからかすすり泣く声が聞こえてくる。
「何……?」
警戒するように鈴音が刀に手をかける。その横で澪が顔を蒼く怯え出す。
「もしかして本当におばけ……!?」
状況が状況だけに、明嗣を除いたメンバーに緊張が走る。まさか本物の霊障が起きたのか、と警戒心を強める中、暗闇でもしっかりと見えている明嗣が呆れたように答える。
「そんな訳あるか。ったく……」
唯一、すすり泣く声の出処が見えている明嗣は迷いなくその場所へ進んで行く。そして、その原因に声をかけた。
「よっ。また泣いてんのか」
声の正体を確かめるためにアルバートが明嗣の少し前の地点を照らした。すると、そこには6、7歳くらいの少年が膝を抱えて座り込んでいた。
「子供……!?」
「こんな小さい子までいたのね」
「でも、どうしてこんなところに……」
安心した鈴音から始まり、女性陣が感想をこぼしていく中、明嗣が膝をついて再び少年へ声をかける。
「ここに居ちゃ、蹴飛ばされても文句言えねぇぞ。なんでこんな所で泣いてんだよ」
「だって……! おとうさんはいなくなって、おかあさんはいつもないて……ばがり゙で……!」
途中からまた込み上げてきた悲しみで少年の声に嗚咽が混じる。
「だから゙、ぼくがな゙い゙たら゙い゙けな゙い゙気がして……! だから゙、ここで……!」
話している内に我慢が限界を迎えて、何も話す事ができなくなってしまった少年。そんな少年に対し、明嗣は手を置く。
「頑張ってんな」
ハッとした表情と共に少年が顔を上げた。その時、背中を向けていたので、澪には明嗣の表情を見る事は叶わなかった。それでも、聞こえてきた明嗣の声は今まで聞いた中でもっとも優しい物だった。
やがて、立ち上がった明嗣は「行くぞ」と声をかけて再び歩き出す。先を歩く明嗣へ近寄った鈴音が楽しげに声をかけた。
「へぇ〜? 優しいとこあるじゃん?」
「るっせ」
そっけなく返して、明嗣は足を早める。
「おい、俺達を置いて先に行くな」
ペースを上げる明嗣の後をアルバート達が追いかけていく。そして、一行はヒーローショーなどの催し物が行われていた事が伺える広場のようなスペースに出た。
広場の中央にはステージが設置されていた。周りは二階と三階から見下ろせるよう、バルコニーのような造りとなっている。どこかで指を鳴らす音が響くと、ステージにスポットライトが当たり、中央に真っ赤な外套を着た男が姿を現す。
「ようこそ、お戻りになりました。私と一緒に歩いていく決心がついたのですか」
お辞儀をして顔を上げる赤い外套の青髭、ジル・ド・レへ武器を向けようとするアルバート達を制して明嗣は睨んだ。その後、明嗣が口を開く。
「一つ、聞きてぇことがある」
「はい、なんなりと」
「ここに来る前に父親がいなくなって泣いている子供がいた」
「ああ。おそらく、山本さんの子ですね。先日、彼は礎になってしまいましたので、奥様と子供は私が保護しています」
「そうかい。なら、聞かせてもらおうか。自分のルールで泣く奴がいる場合、テメェは何を思う」
鋭利な眼差しで明嗣はジル・ド・レを見据える。そして、自らの愛銃の内の一挺、ブラックゴスペルを抜いて静かに語り始めた。
「初めて銃を手にした時、指にかかったこの重さが命の重みだと教えられた。銃だけじゃねぇ。この手にある武器の重みが命の重さだと俺は理解した。なら、テメェはその重みに何を思う。それによって流される涙に何を感じる」
初めて銃を与えられた時、鋼汰に言われた事だ。だからこそ、明嗣は問う。奪った命の重みを、それによって流れる涙を受け止める覚悟がお前にあるのか。答えがどうであれ、それを尋ねなければ明嗣は“納得”して引き金を引く事ができない。
投げかけられた問いに対して、ジル・ド・レは一拍置いて淡々と答えを口にした。
「理想を達するためには尊い犠牲は付き物です。吸血鬼が人間から血を吸うのは仕方のない事だと思います。子供を作るつもりもないのにセックスするのと同じように、私達にもそういう娯楽が必要なのですよ」
「そうかい……。よーく分かった。やっぱテメェ、クソだわ」
答えを聞いた明嗣は深く息を吸った。そして、今まで静観していたアルバート、鈴音、ヴァスコ、ミカエラ、戦闘要員四名へ向けて呼びかけた。
「悪ぃ、待たせたな。確かめたい事はもう終わった。遠慮なくぶっ潰せ」
明嗣の号令により、それぞれが武器を手にする。対して、ジル・ド・レも手を上げた。
「そうですか。まぁ、いずれは半吸血鬼も産まれます。今、このコミュニティを体現する象徴はあなたがなってくれれば、それを待つ必要がなかったのですが仕方ない。その時に備えて、あなた方には予行演習の相手になってもらいましょう」
次の瞬間、一気に照明が明るくなり、視界が白に染まった。そして、目が慣れてきて状況を認識できるようになってくると、明嗣たちは自分が置かれている状況を理解した。どうやら、すでに囲まれていたようで全方位360°、全ての方向から銃口を向けられている。
「クソッ! 断れば最初からこうするつもりだったんだな!」
「よくある話だろ、マスター。むしろテンプレ通りに動いてくれて安心するぜ」
忌々しげに舌打ちするアルバートに対して、明嗣がつまらなそうに答える。一方、ヴァスコは懐から一冊の本を取り出した。
「“来たれ、全能者よりの使い。救済の光を以て迷える魂を道を示せ”」
ヴァスコの呼びかけに応えるように本はひとりでに開き、見えざる手がページをめくっていく。やがて、あるページで動きが止まると、中から黒い棒や装甲のような金属板ががいくつも飛び出して意思を持つかのように人の骨格のような形に合体していった。そして、全て組み合わさり、完成した所で鈴音が声を上げる。
「あーっ! それ、この間の!」
「どこに隠してやがると思っていたら、そうやってたのかよ!」
鈴音に続き、明嗣も驚きの声を上げる。ヴァスコが呼んだものは何を隠そう、自分達を殺しかけたあの操り人形なのだから。
「エクシア。それがお前たちに救済をもたらす物の名だ」
ヴァスコは鋼鉄糸で繋いだ指先を動かす事で喚びだした操り人形、エクシアを操作する。指先から伝わる指示に従い、エクシアが自らの兵装を展開し、獲物へ狙いを定めた。
「早くしろ。こっちはもう準備はできたぞ」
急かすようにヴァスコがアルバートへ呼びかける。すると、アルバートが苛立たしげに応えた。
「うるせぇぞクソガキ。いい加減敬意を払えってんだこの野郎」
「あなたはこっち」
「えっ!? ちょ、ミカエラ先生!?」
エクシアの高火力兵装を知っているミカエラが澪を避難させるべく、彼女を無理やり引きずっていく。そして、ミカエラと澪が完全に去っていったのを確認したアルバートが何を思ったのか天井へ向けて引き金を引いた。天井へ向けて撃ち放たれた弾はスラッグ弾。本来は壁壊しなどに用いられるこの弾薬が撃ち貫くは、火災が起きた時に作動するスプリンクラーである。
スプリンクラーが破壊された事により、貯水槽に貯めている水が天井から一気に降り注いだ。連動するようにフロア全体のスプリンクラーが作動し、消化用水を散布し始めた。すると、水を被った一部の者たちから苦悶の悲鳴が上がる。
「ぎゃああああ!? どうして聖水が!?」
水を被って悲鳴を上げるは、聖なる物に弱い吸血鬼。殺すとまではいかずとも、聖水をもろに被った吸血鬼はまるで硫酸をかけられたかのような痛みに悶える事となる。
「よっしゃ!」
作戦成功とばかりにアルバートが拳を握る。実はここに足を踏み入れる前に、貯水槽に細工をしていた。それは塩を混ぜて清める、というごく単純な物。だが、神父であるヴァスコがそれを行えば簡易的な浄化の儀となり、中の水は全て聖水へと早変わりしてしまうのだ。
「本来はもっと手順を踏む神聖な儀式なんだぞ……!」
ヴァスコの不満に気分を良くしたアルバートが、今度は明嗣へ呼びかける。
「ショータイムだ明嗣! 銃撃手の名は伊達じゃねぇって所を見せてやんな!」
呼びかけに対してホワイトディスペルとブラックゴスペル、二挺の愛銃を抜き放った明嗣。その後、何も憂いはないとばかりに獰猛な笑みを浮かべた銃撃手が呼びかけに応える。
「ALL RIGHT! |LET'S ROCK,BABY!!」




