第64話 カチコミ前夜
日が落ちて、空が黒く染まった。臨時休業の看板を店先に出したHunter's rustplaatsの店内は、現在慌ただしい空気となっていた。
「ああ……。放課後までに済みそうか? わーってるよ。何か差し入れ持ってくって。ああ。用意して欲しいモンはそれだけだ。それじゃ明日な」
通話を終了した明嗣は、ワゴン車へ積み込む荷物をまとめているアルバートへ声を掛けた。
「マスター、話つけた。事情話したらじっちゃん達が急ピッチでやってくれるってよ」
「よし。じゃあ次は……」
明嗣とアルバートが慌ただしく店内を駆け回っていると、ドアが開いて誰か入店してきた。
「マスター、なんか外に臨時休業ってあったけどどうしたの……って……」
事情を知らない鈴音が慌ただしく店内を駆け回る明嗣とアルバートを前に言葉を失った。一方、入店に気付いたアルバートは鈴音の呼びかけに手を上げて応える。
「おう、鈴音ちゃん。悪いが今は見ての通りでな。ちょっと手伝ってくれ」
「ちょ、ちょっと待って。二人共、慌ててどうしたの?」
「カチコミに行くんだよ、ジル・ド・レの根城に」
ハンドガン用複列弾倉へ純銀製9mm パラベラム弾を詰め込みながら、明嗣が静かに答えた。当然の事ながら、鈴音は驚きの声を上げた。
「えっ!? 本当に言ってるの!?」
「至って大真面目さ。マスター、満タンなった」
鈴音の質問に答えつつ、明嗣は15発詰めて一杯になった弾倉をアルバートの方へ放り投げた。キャッチしたのを確認すると、次にショットガンであるベネリ M3 スーパー90を手にして、ショットガン用弾薬である純銀製スラッグ弾のショットシェルを装填し始める。
「急にやる気なってどういう心境の変化? だって、この前は勝手にやってろって言ってのに……」
「別に。気に入らねぇから潰しに行く。それにあの青髭オヤジ、大量の銃火器仕入れてハリウッドばりの戦場を作り出そうとしているらしいから、放っておく訳にはいかねぇだろ」
「そういう事聞いてるんじゃなくて! 明嗣、どうしてあの2人に手を貸す事にしたのって言ってるの!」
鈴音の言葉で明嗣はピタリと手を止めた。たしかに、これはヴァチカンからはるばるやって来たヴァスコとミカエラに手を貸すのと同義だと言っても良いだろう。しかも、ミカエラはともかくヴァスコは一度こちらへ銃口を向けてきた。そんな奴を助けてやる理由はどこにもない。だが、それでも。
「俺がなんとかするって啖呵切っちまったからな。責任もって、俺が決着つけなきゃなんねぇ。それに……」
一旦、言葉を切って明嗣は、窓の外へ目をやった。そして、しょうがないと言いたげな笑みを浮かべて続ける。
「交魔市にはお袋が眠ってるからな。らんちき騒ぎでうるさくしようとしてる奴がいるんなら、ヤキ入れて黙らせねぇと」
再び、明嗣は弾を込め始めた。鈴音はまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、黙々と作業を進める様子を前にして、何も言えなくなってしまった。やがて、鈴音は空の弾倉と銀弾が入った箱を手にして、明嗣の隣へ腰を下ろす。
「どうやって詰めるの? そのまま入れてく感じ?」
「なんだよ。今回は依頼でも懸賞金がかかっている訳でもねぇタダ働きだぜ。無理して付き合う事ねぇだろ」
「良いから。このまま何もせずにいたら、アタシがカッコ悪いじゃん」
「へぇ、良いとこあるな」
「その代わり! 終わったら今度の週末に何か美味しいスイーツ奢ってもらうからね。新しいスイーツ屋さんが開いたらしくてね、行きたかったの」
「やだよ。めんどくせぇ」
「もしシカトするつもりなら、マスターから場所を聞いて明嗣の家に迎えに行くから」
「やめろバカ」
俺の安息地がなくなっちまうだろうが……!
読書したりなど落ち着いた時間を過ごしたい時に突撃されたらたまった物ではない。もしもの時を想像した明嗣はブルリと身体を震わせながら、ショットガンであるレミントン M870タクティカルを手にする。この銃は弾種を選ばず安価で頑丈、言ってしまえばコストパフォーマンスに優れているのが特徴のポンプアップ式ショットガンである。
「あれ? さっきショットガンに弾詰めてなかった? 一つあれば十分でしょ?」
当然の疑問を口にした鈴音。対して、明嗣はその理由について語り始める。
「今回は人間も相手にしなきゃなんねぇからな。さっき詰めてたスラッグ弾じゃ殺しちまうから、こっちにはNY市警とかが暴動鎮圧の時に使う非殺傷のゴム弾を詰めとく。チューブマガジンのショットガンはリロードがちと手間だからな。ったく、だからアサルトライフルみてぇに弾倉交換できるサイガ買えつってんのに」
「馬鹿野郎。ショットガンはチューブマガジンに限るんだよ」
話が聞こえていたらしいアルバートからそんなセリフが飛んできた。明嗣は呆れたようにため息を吐いて、肩を落とす。
「らしいから、こうやってそれぞれに詰めとくのさ。ちなみに今回はもう一種違う弾を使うから、もう一挺弾を込める」
「へぇ〜。弾にも色々あるんだ」
理由を聞いて納得した鈴音は手にした弾薬を一発手にして、興味深げに観察し始めた。よく考えてみると、こんなに小さな物でも命を奪えるのだから人間とは脆い生き物である。いや、そこまでの領域まで殺す技術を発展させてしまった所を恐怖するべきだろうか。
「なんか、人間って怖いね」
「何言ってんだ。今更だろ」
ゴム弾を詰め終えた明嗣がなんて事ない調子で答えた。そして、先ほど言った通りにもう一挺のショットガンへ三種目の弾薬を詰め始める。
「だから、強くなくちゃなんねぇんだよ」
でないと、間違えてしまうから。
三種目のショットガン用弾薬、ドラゴンブレス弾を詰め終えた明嗣はショットガン三挺をアルバートのもとへ運んでいった。そして、黒鉄銃砲店へ持って行く差し入れを買いに行くべく、ブラッククリムゾンのエンジンに火を入れた。
えーと……エナドリと栄養ドリンクはこんなモンか。あとは頭回すための糖分として……。
コンビニエンスストアにて、明嗣は買い物かごに入れた商品を確認し、会計へ向かった。購入商品の登録が済むのを待っていると、ふとレジ横でホットフーズの什器が目に入る。
お、この間食ったチキンあるな。
いつぞやの鈴音に強引に連れ込まれた際に見つけたクリスピーチキン、その最後の一つが余っているのが見つけた。生地のザクザクとした食感と噛めば溢れる肉汁を気に入った明嗣は、迷わず買う事を決めた。
「あのチキンも一つ」
「クリスピーチキン、一つ。かしこまりました。クリスピー出まーす」
「あ、すぐ食うんで袋には入れなくていいです」
「かしこまりましたー」
セルフレジにお金を投入し、会計を済ませた明嗣はチキンを受け取り、店内を後にした。そして、冷めない内に包み紙を開封して、チキンにかぶりつき始める。
うっま。……ん?
熱々のチキンに舌鼓を打っていると、明嗣はふと背中に刺すような殺気を感じた。
「呑気に買い食いとは良いご身分だな。貴様、状況を分かっているのか?」
声のした方へ目を向けると祓魔師が狩りの時に着る修道服姿のヴァスコが立っていた。明嗣へ向ける表情は敵意に満ちた険しい表情を浮かべている。
「答えろ、アーカード。貴様の言う納得とはなんだ」
「まったく、お前らもしつけぇな……。そろそろ自分で見つけているんじゃねぇのか?」
「もしそうなら、私だって何度も貴様と接触しない。だが、どうやっても途中で撒かれて見失うからこうして貴様の元を訪ねているんだ」
「あっそ。じゃあ、親指しゃぶって美味しいとこ持ってかれる所を見ていな。神がどうこう宣って、戦う理由が自分の中にねぇ奴なんか、俺は絶対手を貸さねぇよ」
チキンを全て食べ終えた明嗣はヘルメットを手にして、ブラッククリムゾンのエンジンを始動させた。だが、ヴァスコは「待て」と呼び止める。
「私にだって自分の意思ぐらいある。全てを失って彷徨っていた私に道を示した神に報いるのが私の戦う理由だ。そのためならなんだってして見せる。神の声を伝える司祭様が家を焼けと仰られるなら、その通りにしよう。半吸血鬼の貴様の下につけと指示するならその通りにする」
「立派なこった。それでも俺には響かねぇ。“人形使い”が司祭の操り人形か。お笑い草だぜ」
冷笑するように明嗣は鼻で嘲笑う。それを受け、ヴァスコは屈辱的な心境を滲ませるように奥歯を噛む。
「良いだろう……!」
「何か言ったか?」
わざとらしく明嗣は聞こえない振りでヴァスコへ返す。対して、ヴァスコは苦々しげに繰り返す。
「私に対して望んでいる事があるなら言ってみろ……! 私にだって、今まで狙った獲物は逃さず必ず仕留めてきた誇りがある……! 私が頭を下げてその誇りを守れるならいいだろう。貴様の要求を叶えるために手を尽くしてやる……!」
「尽くしてやる、か……。どうやら立場が分かってねぇようだな。あばよ」
「分かった! 手を尽くす! なるべく希望に添えるように努力しよう……! だから情報を渡してくれ……!!」
うし……。かかったな……。
己の優位を示すように口を歪めた明嗣は、ヘルメットをハンドルにかけてヴァスコと向き合った。そして、ヴァスコへ確認の問いを投げかける。
「なんだってするって言葉に嘘はねぇな」
「ああ。神に誓おう」
「俺は神なんざ信じちゃいねぇ。誓うなら自分に誓え」
「良いだろう。私の誇りに誓って貴様の要求に応えてみせようじゃないか」
「うーっし。なら、交渉成立だ。俺からの要求は――」
明嗣は自分の要求をヴァスコへ伝えた。全部聞き終えたヴァスコはその内容に難しい表情を浮かべた。
「私だけではどうにもならないぞ、それは」
「それでもやるんだよ。誓った以上、きっちりと現実にしてもらうぞ」
「やらないとは言ってないだろう。ただ、私だけではどうにもならないだけだ」
「へぇ、ならどうすんだよ」
「できる人に協力してもらうんだ。少し待っていろ」
答えたヴァスコはスマートフォンを取り出して、どこかへ連絡を始めた。やがて、1分ほど話した所でヴァスコが明嗣へスマートフォンを差し出した。
「代わって欲しいそうだ」
「相手は誰だ」
「出れば分かる」
ヴァスコの言葉に不審に思いながら、明嗣はヴァスコからスマートフォンを受け取って耳に当てた。
「Hello?」
おそらく電話相手はヴァチカン、イタリア語圏の人間だと思われるが、明嗣はイタリア語は習得していないので、とりあえず世界一伝わるであろう英語で呼びかけてみた。すると、電話の向こうの彼女は日本語で返してきた。
『ハーイ、Mr.Alcard。学校ぶりね』
なんと、電話の相手は啖呵を切って別れたミカエラだった。明嗣は口笛を吹き、電話を続けた。
「おっと、まさかの人物が出てきたな」
『ヴァスコから電話が来た時は何事かと思ったけど、理由を聞いて納得したわ。たしかにヴァスコじゃどうにもできないわね』
「お前なら俺の要求を叶えられると?」
『ええ。こう見えて私、聖人の血を引いてるらしくてそれなりに偉い立場なの。だから、多少の無理を聞いてもらえるのよね。あなたの要求くらいなら、たぶん通してもらえると思うわ』
「そりゃ良いな。期待して待っている事にするさ」
『子供のあなたにあれだけ言われて、何とも思わない訳じゃないのよ。大人としてあなたの要求を聞いてあげようじゃないの。その代わり――』
何を要求するつもりだ、と明嗣は眉をひそめる。この後に及んでまだ駆け引きする事があるのか、と身構えていると、ミカエラは続きを口にした。
『歳上に向かって“お前”は止めなさい。おねだりするのなら、礼儀を弁えるべきよ。特に口のきき方はね』
「頭の片隅にでも置いとくさ。そんじゃ、良い知らせを待ってるぞ」
『ええ。じゃあ、案内してもらうなら、明日のこの時間にお店に迎えば良いのかしら?』
「ああ。サービスで案内人もしてやるよ。じゃあ、明日の夜に集合っつー事で」
一方的に通話を切った明嗣は、スマートフォンを放り投げてヴァスコへ返却した。
「聞いての通り、話はまとまった。明日、店に来たら案内してやる」
「分かった。そうしよう」
「じゃあ、今度こそおさらばだ。付いてきたら話はナシだぜ」
「良いだろう。今夜はもう尾行するのはやめておこう」
ヴァスコの返事を聞いた明嗣はヘルメットを被り、走り出した。そして、黒鉄銃砲店へ顔を出して差し入れを渡し、銃職人二人からお小言をもらって帰宅すると、明日の決戦に備えて床に就いた。




