第61話 納得を求めて
Hunter's rustplaatsで明嗣とアルバートが話していた頃。先に店を出た鈴音と澪は学校へ向かいつつ、他愛ない雑談を楽しんでいた。だいたいの話題を話し合った所で、鈴音は先程の出来事について触れる。
「でも、さっきはびっくりしたなぁ……」
「何が?」
「澪があんなに明嗣を心配していたなんて思わなかったよ」
「あれは……その……なんか気になるっていうか……」
「へぇ〜? 気になるんだ〜?」
ニヤニヤと鈴音が愉しむような笑みを浮かべた。一拍置いて、鈴音の笑みの真意に気付いた澪は慌てて補足する。
「そういうのじゃなくて! えっと……ほら! 明嗣くんってよくクラスで話題に上がってるの聞くし、目立つから自然と目が追っちゃうんだよね!」
「あー、それはあるかも。でも、皆は明嗣の本性を見たらなんて言うんだろ」
吸血鬼というのは血のように赤い瞳で人々を魅了し、人を誘い込んで血を吸う生き物。紅色という形で左眼に吸血鬼の魔眼を持つ半吸血鬼の明嗣にもその特性が引き継がれているのか、クラスメイトや隣のクラスからのお客さん達が話している声が澪と鈴音の耳に入ってくる事がよくある。
ある時は「他の男子と比べて紳士的で良いよね」とか、またある時は「常に眠そうなのがかわいい」だとか、はたまた「集中した時の目つきにキュンとする」だとか。様々な明嗣に対する評価が聞こえてくるが、澪と鈴音はその度に思うのだ。「はたして、それはどうだろうか?」、と……。
紳士的に見えているのは、外行きの仮面を被っていていて、アルバートや自分と話している時は割とガサツに感じるし、常に眠そうなのは吸血鬼を追いかけて夜の街を駆け回っているからだ。集中した時の目つきは……見た事ないのでなんとも言えない。
とにかく、自分の中にある明嗣のイメージとかけ離れていて、澪と鈴音は話についていけない事態が多々あるのだ。
「まぁ、明嗣くんも大変だよね」
「そうだねぇ……」
などと話している内に、学校へ到着してしまった。澪と鈴音は上履きに履き替えると、今日も勉学に励むべく気合いを入れた。
時計の針が8時45分を指した。始業のベルが鳴る15分前だ。大多数の生徒が急いで教室へ向かって行く中、明嗣はマイペースに一年A組の教室を目指して階段を登っていく。ゆっくりとした足取りで踊り場まで到達した瞬間だった。突如、刺すような殺気が明嗣の背中を走り抜けた。周囲を見回すと、いつの間にか周りには誰もいない無菌室と化している。
「なんだよ。ずいぶん遅いお出ましだったんじゃねぇのか、神父さま?」
呼びかけると同時に首元に何か細い物が軽く食い込むような感触があった。人差し指で触れると、首にはピアノ線ほどに細い鋼鉄糸が巻きついているのが確認できる。明嗣の呼びかけから一秒経過。神父さまことヴァスコが階段の頂点に姿を表す。手元では窓から差し込む太陽の光により、キラリと鋼鉄糸が光る。
「用件は言わずとも分かっているな?」
「どうせジル・ド・レの居場所だろ? わざわざご苦労なこった」
「それが目的でわざわざ辺鄙な島国にまでやってきたんだ。さっさと教えてもらおうか」
「……嫌だと言ったら?」
キュッと音を立てて鋼鉄糸が明嗣の首を締め上げる。ここまで食い込んでいては無駄だと分かってはいる物の、反射的に明嗣は首から鋼鉄糸を外そうと手を伸ばしてもがく。10秒ほど締め上げられた所で首を締めあげる鋼鉄糸が緩くなった。気道が確保された事で酸素を求めて喘ぐ明嗣に対し、ヴァスコは朗らかに微笑みながら謝罪した。
「あー、すまないな。うっかり締めてしまった。で、もう一度聞くがジル・ド・レの居場所はどこだ?」
「本人に聞け」
再び、明嗣の首が締まった。先程よりも長い時間、気道が狭まっているため、だんだんと意識が朦朧してくる。
クソっ……! 酸欠で意識が……!?
復学早々朝から保健室送りになってしまうのか。いや、そもそも保健室で済ませてくれるのか。最悪のケースを避けるため、薄れゆく意識の中で明嗣はヴァスコを制圧するために動く。明嗣は首から少し離れた位置の掴める鋼鉄糸を力いっぱい握りしめた。そして、重さ10kgの大型自動拳銃を片手で思うがまま振り回すほどの膂力に任せて、鋼鉄糸を一本釣りの要領で引っ張る。
「チッ!」
忌々しげにヴァスコが舌打ちした瞬間、彼の体勢が崩れる。現在、明嗣の首を締める鋼鉄糸は全てヴァスコの指へ繋がっている。ならば、それを引っ張ればヴァスコも引き寄せられるのは当然の話であり、明嗣ほど怪力の持ち主にいきなり全力で引っ張られれば大型犬のリードを握る幼児がごとく引きずられるのは火を見るよりも明らかだ。
ヴァスコを引き寄せた事でピンと張っていた鋼鉄糸にも弛みが生じ、首を締め上げる力が弱まった。その一瞬を突き、即座に首にかかった鋼鉄糸の戒めを解いた明嗣は、ヴァスコの腕をひねり上げる。
「形勢逆転、だな?」
なんとか意識を失う事と騒ぎになる事を回避できた明嗣が安堵の息を吐く。一方、明嗣に拘束されたヴァスコは静かに怒りを滲ませた。
「貴様……! ジル・ド・レの味方に着いたか!」
「違ぇよ、単細胞。最初に言った通り、俺はどっちの味方にもつかねぇよ。勝手にやってろって考えも変わらねぇ」
「ならば私達にジル・ド・レの場所を教えろ! むしろその方が互いのためになるのではないのか! 貴様、納得の行く理由があってこんな事しているんだろうな!?」
「ああ、それだよ。俺は“納得”してぇんだ」
腕をひねりあげたまま、明嗣は静かに答える。
そうだよ。俺は納得の行く結果が欲しい。こいつがジル・ド・レの根城にカチコミかけようが、ジル・ド・レがカソリックの権威を失墜させようが、俺にはどうだっていい。ただ、あれを見た俺はどうするべきなのか、その正解が知りてぇんだ。
だが、今はそれが一番難しい問題だった。いったいどういう選択したら、自分の納得がいく結果が出るのか、その問題が明嗣には分からないのだ。
「お前に情報を渡すだけじゃ、俺はきっと“納得”できねぇ。だから、情報は渡さない。どうしても情報が欲しけりゃ、俺を納得させる理由を提示しろ」
明嗣は突き飛ばすようにヴァスコを解放した。そして、小走りで教室へ向かった。一方、その背中を見送るヴァスコの目には吸血鬼に対する憎しみが滲むと同時に、悔しさの炎が燃え盛っていた。




