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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE2-2 The Utopia of Human and Vampire
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第51話 引かれた境界線、芽生える疑念

 放課後になった。ここからはもう、遊び盛りの学生を縛る物は何もないフリータイム。カラオケに行くか、ゲームセンターに行くか、はたまたアルバイトか。皆、それぞれ予定があるはずなのだが、この日だけは何故か膠着状態の時に漂う緊張感が教室を支配しており、女子生徒達による誰が先に動くかのタイミングの探り合いが繰り広げられていた。男子生徒はその重苦しい空気の中で動く事ができず、固唾を飲んで事の行く末を見守っていた。


 帰りづれぇ〜……。


 つまらなそうにスマートフォンの画面に指を滑らせる明嗣も、この時だけは大人しく自分の席に座って均衡が崩れるのを待つ。なぜなら開戦のきっかけになるのはごめんだから、この一点のみである。

 そもそも、なぜこんな空気になっているのかというと、今日やって来たヴァチカンからの転校生ヴァスコのせい他ならない。生物の悲しき定めなのか、人気の異性と仲が良いという優位性は確保しておきたいらしい。だが、どういう風に誘っていいのか分からないので、今必死にその口実を考えている最中なのでこの空気という訳なのだ。しかも、それは女子だけの話であり、男子からしてみれば勘弁してくれの一言に尽きる。まるで、アースガルドの番人が終末戦争(ラグナロク)開始の合図である終末を告げる角笛(ギャラルホルン)を吹き鳴らす直前、と言った所だろうか。

 なお、当のヴァスコはと言うと、困惑の表情で周囲に顔を巡らせていた。当然だろう。なぜなら、本国の祓魔師顔負けの殺気が教室内を満たしているのだから。助けを求めているようにも見えるが、明嗣は気にせずスマートフォンの画面に集中する。


 チッ……ロクなトピックがねぇな……。


 暇を潰せそうなネットニュースを探してネットの海へ潜ってみるも、退屈しのぎになりそうな物が見つからない。さて、どうした物かと明嗣は今度はSNSアプリを覗く。そうして空虚な時間を過ごすこと5分。待ちに待った瞬間がやってきた。


「こんにちは〜。新聞部で〜す。今日A組に転入してきたって人は……」


 昼休みと同じようにデジタルカメラを手にした澪がA組の教室に入ってきた。だが、殺気立った教室内を空気を感じ取ると少し怯えるような表情を浮かべた。一方、原因であるヴァスコは気にせずに立ち上がって返事をした。


「私ですが」

「あ、良かった。今度の学校新聞に載せるインタビューをしたいんだけど、一緒に来てもらっても良いかな?」

「良いですよ。喜んで」


 快諾したヴァスコが席から立ち上がり教室を出た瞬間、緊張が解けた男子生徒達の安堵の息が吐き出された。女子生徒による仁義なき終末戦争(ラグナロク)の開戦はひとまず先送りとなったので、これを好機とばかりに男子生徒は早急に荷物を纏めて戦場予定地(きょうしつ)から避難する。

 明嗣もこの流れに乗って避難しようとスクールバッグを手に立ち上がった。そして、教室から出て昇降口に到着した所で背後から「明嗣」と声をかけられた。あともうちょっとで避難完了だったのに、明嗣は恨めしげな目つきで背後へ目を向ける。一方、声の主である鈴音は困惑の表情を浮かべる。


「え、何その目……。声かけちゃいけなかった?」

「ああ。もうちょいでキリングフィールドからエスケープできたってのによ」

「あ、わかった。今日の英語の時間から女子が殺気立っているんでしょ? ウチもそうだったからねぇ……。昨日のあの人が先生として来るなんて思わなかったもん」

「それだけじゃねぇ。ウチのクラスにやって来た転校生の正体は人形使い(ブラッティナイオ)ヴァスコと来やがった」

「……嘘でしょ?」

「嘘ついてどうすんだよ。野郎、どっからどうみても人畜無害な一般市民ですよってツラでクラスに取り入っていたよ」

「え、怖っ! 何しに来たの……」

「監視なんだと。俺を見張ってりゃジル・ド・レが釣れるかもしれねぇからこうして教師と生徒としてやってきたらしいぜ。ったく、面倒な事になっちまったな、ちくしょう……」


 面白くなさそうに鼻を鳴らす明嗣は履き物を外を歩く用のスニーカーに履き替える。その後、疲れたようにため息を吐いて歩き出すと、鈴音がその隣を歩き始めた。


「なんだよ」

「たまにだからこうやって話でもしながら帰るのも良いかなと思って」

「別に話す事なんてねぇだろ」

「まぁまぁそう言わずにさ! あ、コンビニあるよ! 一緒に何か買ってこうよ!」

「はーなーせー! バッグひっぱんなー!」


 肩にかけたスクールバッグを鈴音に引っ張られるまま、明嗣はコンビニの中に吸い込まれていった。





 半ば強引に明嗣が引っ張りこまれる形でコンビニで買い物した二人は現在、購入したホットスナックや中華まんを食べながら帰り道を歩いていた。さっそくホカホカの湯気が立つ肉まんを頬張った鈴音は満足げな声を上げた。

 

美味しい(んぉぃーひー)!」

「物口に入れたまま喋んな、行儀わりい」


 と、言いつつ明嗣もチキンをかじっていた。ゴクリと口の中の物を飲み込んだ鈴音はジトッとした視線で口を返す。


「そもそもこうやって食べ歩きをしてるのが行儀悪いからお互い様ですぅ〜。あ、チキンも美味しそう。一口ちょうだい」

「お前のその手に持ってるモンは何なんだよ」


 呆れたように明嗣は自分のチキンをもう一度かじった。クリスピーの衣によるサクサクとした食感を楽しむ明嗣は、少し表情をほころばせた。


 美味いな、これ……。依頼片付けた帰りに残ってたらリピートするか。


 強引に付き合わされたのは癪に触るが思わぬ収穫があった。たまにはこういうのも良いかもしれない。本当にちょっとだけ機嫌が良くなってる明嗣の表情を鈴音は見逃さなかった。


「ほら、たまには良い物でしょ? こうやって買い食いするのもさ」


 ニヤニヤとからかうように笑みを浮かべながら鈴音が明嗣の顔を覗き込む。すると、明嗣はすぐにそっぽを向いた。


「うるせぇ。つか、なんだって急に一緒に帰るなんて言い出したんだよ。なんか用があるんじゃねぇのか」

「用なくちゃ声かけちゃいけないの?」

「ああ、だめだね。そういう馴れ合いは好きじゃねぇ」


 答える明嗣の声のトーンが少し冷たい物に変わった事を鈴音は聞き逃さなかった。立ち止まって少し考え込んだ後、鈴音は構わず先を歩く明嗣の背中へ少し遠慮がちに呼びかけた。


「……ねぇ、明嗣」

「なんだよ」

「前に……何かあった?」


 ほんの一瞬だけ、明嗣の身体がピクリと反応したのが見えた。明嗣は鈴音が口にした質問に対し、振り返る事なく返事する。


「……別に何もねぇよ。変な事聞いてんじゃねぇ」


 直感的に嘘だと感じる事ができる返答。だが、鈴音はこれ以上踏み込む事ができなかった。返事をするまでの間で、これ以上踏み込んではならないと感じさせるような境界線が明確に引かれているのが分かったから。同時にそこで明嗣と鈴音の会話も切れてしまう。そして、次に口を開いたのが「また後で」と鈴音が挨拶する時だった。

 そして、鈴音と別れて自宅へ向かう明嗣を陰から追う者が一人。


「ヴァスコから連絡を受けて追いかけてみれば……。なーんか抱え込んでそうな雰囲気ね、あの子」


 スマートフォンの画面に表示されたイタリア語の文面を眺めながら、明嗣を追う赤毛の新任教師、ミカエラはどうしたものかと思案するようにスマートフォンを口元に当てた。




 一方、澪の案内で新聞部の部室へ連れてこられたヴァスコは……。


「はい、お疲れ様。とりあえずインタビューはこれで終了ね。協力ありがとうね」


 メモ帳をパラパラとめくり、記事の執筆担当の新聞部部長が告げるとヴァスコは椅子から立ち上がり、ペコリとお辞儀した。


「それじゃあ私はこれで……」

「あ、ちょっと待って。先生に確認してもらって答えてもらった物に抜けがないか確認してもらわないといけないんだよね。だから、ここにあるお菓子を食べながらくつろいでいて。話し相手で新人の澪も置いてくから」

「え!? ちょっと部長!?」

「じゃあ、よろしく〜」


 抗議する間もなく新聞部部長が部室を出ていってしまい、澪はヴァスコと二人っきりになってしまった。いきなり見知らぬ男子と二人っきり、という少女漫画のようなシチュエーションに澪はどうしたら良いのか分からず、思わず右往左往し始めた。


 え、えっと……どうしよう……。話し相手って言っても何を話せばいいの?


 なんせ、今日会ったばかりの外国人だ。文化の違いから、些細な事で激怒させてしまったエピソードを世界を飛び回っている父から聞いた事だってある。下手にあれこれ尋ねたりするのは危険だろう。熟考した結果、澪はとりあえず部長が言った通りにお菓子やジュースで様子を見る事にした。


「えっと、とりあえず何か食べる? といってもこういうのしかないんだけど……」


 澪は戸棚から何種類かのチョコレートやビスケットなどを取り出して机の上に広げる。すると、ヴァスコはたけのこがプリントされた緑の箱に入ったチョコレート菓子を手に取った。


「それではこれをもらいます。世界的にも有名なのに日本でしか売っていないので食べられなかったんですよね。やっと本物を目にする事ができました」

「そうなんだね。そういえば、ヴァスコくん……で良いかな?」

「ええ。どうぞ」

「ヴァスコくん、日本語上手だね」

「あ、はい。翻訳版と比べながら日本のアニメを見たり、コミックを読みながらかなり練習しました。そのおかげだと思います。ところで、私からも聞いて良いですか?」

「あ、うん。良いよ。何かな?」

「昼休み、私と同じクラスの男子生徒と一緒にいる所を目にしました。彼とはいったいどういった……?」

「かなり直球なんだね……」


 あまりに豪速球な質問を口にしたヴァスコに澪は苦笑いを浮かべた。しかし、すぐに気を取り直すと澪はヴァスコの質問によどみ無く答える。


「友達だよ。明嗣くんは最近仲良くなったの」

「そうなんですか……。私はてっきり彼があなたを狙っているのかとばかり……」

「どういう事?」


 瞬間、澪の表情に困惑の色が浮かんだ。ヴァスコはその反応を受け、意味ありげな笑みを浮かべて続けた。


「いえ、別に深い意味はないんですが……。日本にもギャングのような人たちがいると聞きました。そういう人達の被害者が地元で泣いているのもたくさん見ています。だから、彼もその手の人かもしれない、と思って」

「違うよ。そういう事言うの、良くないと思うよヴァスコくん」

「どうですかね……。人は見かけに寄らない、とよく聞きますし、人の形をした化け物が出歩いているという噂も世界中で耳にします」

「あのね、ヴァスコくん。初対面でこんな事を言いたくないけど、いい加減にしないと怒るよ?」

「いえ、失礼。でも、この交魔市にはよく出ると聞きました。その人の形をした化け物、吸血鬼がね……」


 澪の表情が一気に凍りつく。その反応でヴァスコは何かを確信したように微笑みを浮かべた。


「あなた、吸血鬼の事をご存知のようですね?」

「名前を聞いた時からもしかしてと思ってたけど、ヴァスコくんって明嗣くんと戦ったことがあるヴァスコ・フィーロくんなんだね」

「その口ぶり、どうやら彼の正体についてもご存知のようだ。なら、私から一つ警告しておきましょう。彼には気をつけた方がいい。化け物の子だから、いつその牙をあなたに向けるかわからない」

「明嗣くんはそんな事しないよ。そのつもりなら、あたしはもう……」

「それはどうですかね。確かに血を吸わないかもしれない。でも、彼は吸血鬼に追われて吸血鬼を狩って生きている」

「何が言いたいの?」

「吸血鬼がもっとも喜ぶのは女の血なんですよ。つまり、あなたは餌としてピッタリだ。いつでも使えるようにあなたと仲を深めておこうとしているのでは?」

「明嗣くんはそんな事しないよ! 本当に怒るよ!?」

「どうですかね? 彼は吸血鬼の力を使えるんだ。あの眼の力で信じ込まされているのでは?」

「それは……」


 ついにヴァスコへ反論ができなくなってしまった澪。ヴァスコは澪の中に疑念の芽が芽生えた事を確信した。


「まぁ、信じる信じないはあなた次第だ。でも、よく考える事をおすすめしますよ。死にたくなければね」

「ふぃ〜……たっだいま〜。ゴーサイン出たからヴァスコくんはもう帰って良いって……どうしたの?」


 戻ってきた部長は即座に何かあった事を察知したが、ヴァスコはニコリと微笑んだだけで、何も答えずにお辞儀をして部室を出ていく。澪は澪で少し混乱しているような表情で話をしようにも少し難しいように思える。ただ一つだけ言えるのは……。


 ん〜、もしかしてやらかしちゃった……?


 気まずそうに見つめる視線を構うことなく、澪は「お先に失礼します」と静かに言い残して部室を後にした。だが、その瞳には不安の影が宿っていた。




 その夜……。


「た、頼む……! 見逃してくれ……!!」


 真っ白な部屋の中心にて命乞いをするスーツ姿の男が一人。その命乞いに対し、血のように真紅に染まったローブの姿の壮年の男が残念だと言いたげな表情で答える。


「だめですね。山本さん、あなたはこうなる危険も承知でこのジル・ド・レに付いてきた、違いますか?」

「でも、私はこのコミュニティを拡大するのに尽力してきた! そして、それはこれからも変わらない! その上、妻と息子もいるんだ! だから……」

「あなたの働きには感謝しています。だが、命は平等に扱わねばならない」


 真紅のローブの男、ジル・ド・レはひざまずく山本に視線を合わせるように膝を着いた。そして、優しく手を添えてうつむいた顔をあげさせた。


「ご心配なく。あなたの家族は私達が責任を持って面倒を見ていきます。あなたがたは私の理想に共鳴した同士なのですから」

「おねがいだ……。やめて……」


 山本の願いをあざ笑うようにジル・ド・レの血のように(あか)い瞳が無慈悲に輝く。そして、吸血鬼の能力の一つ、服従の魔眼により人形となった山本に対し、冷たく命令をくだす。


「山本さん、我ら同胞の糧となってください」


 瞬間、山本は恍惚の笑みを浮かべて受け入れるように両手を広げた。そして、まるで花の蜜に集まる蜂のように無数の吸血鬼達が山本へ殺到し、その牙を突き立てて血を吸う。

 その光景を前に、ジル・ド・レは悲しげな吐息を漏らした。


「ああ……また人間の同士の命が散ってしまった……。ジャンヌ……私はあとどのくらいの骸を積み上げればよろしいのでしょうか……」


 ジル・ド・レの呟きに答える声はない。その代わり、一匹のコウモリがジル・ド・レの肩に留まる。


「そうですか……。見つかりましたか……。それでは迎えにあがりましょうか、半吸血鬼(ダンピール)……。運命の子よ……」




 再び、交魔市の夜に紛れてとてつもない闇が蠢き始めた。だが、その魔の手が自分に及ぼうとしている事実を明嗣はまだ知らない。

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