第47話 鋼鉄糸の結界
月明かりの下、二人の少年がにらみ合う。
一人は白銀と黒鉄で一対の双銃を手にする半吸血鬼の明嗣。もう一人ははるか海の向こう、イタリアの中にある世界一小さな国からやってきた吸血鬼を滅する事が使命の祓魔師、ヴァスコ。相容れない二人による避けられない戦いが今、始まろうとしていた。じりじりとすり足で突っ込むタイミングを探る明嗣に対し、ヴァスコは睨むだけで体勢を崩さずに立っている。
徐々に高まる緊張感の中、状況が掴めず逆さ吊りの鈴音が声を上げる。
「え、ちょっ、どういう事!? っていうか、まず下ろして!」
「悪いな。今両手が塞がってる」
「それはアタシだって同じなんだけど!?」
「よりによってミニスカ履いてきてんじゃねぇよ、バカ」
中が見えないようスカートを押さえる鈴音に対し、明嗣は毒づきながらどう攻めるかを考える。鈴音があっさり捉えられたのを見るに、おそらく既に周囲は鋼鉄糸が張り巡らされた蜘蛛の巣である事が予想される。下手に動けば鈴音のようにあっさりと捕らえられて、煮るなり焼くなり好きに料理される事は想像に難くない。だが、そんな事は相手だって承知しているはず。と、なればヴァスコが次に打ってくる手は……。
「どうした? 攻撃して来ないのか? どうやら新しいおもちゃをもらったようだが……キチンと動くのかは疑問だな」
思考を遮るかのようにヴァスコが挑発の言葉を明嗣へ投げかける。それを受け、明嗣も皮肉げな冷笑を浮かべて答えた。
「そっちこそ、いつまでも悠長に構えていて良いのか? こっちはお祈りを捧げる時間をくれてやってるつもりなんだけどな。それとも信じる神なんていやしねぇと悟ったか?」
「必要ない。お前を屠る準備は既に済んでいる。さっさと煉獄の炎に焼かれる準備をしろ。人の振りをした化け物め」
侮蔑と敵意を混ぜた視線を明嗣へ投げかけるヴァスコは汚らわしいと振り払うように腕を振った。すると、ヴァスコの背後より、大量の白木の杭が明嗣へ襲いかかる。
まずはそれからか!
吸血鬼を殺すための七つの方法の一つ、心臓へ杭を打ち込む。だが、明嗣は人間と吸血鬼のハーフである半吸血鬼のため、ちょっと頑丈な人間程度の耐久力しかない。よって、どこに打ち込まれても大ダメージを負う事となる。
明嗣は即座にホワイトディスペルとブラックゴスペルの引き金を引いて撃墜を試みる。炸薬に火が点き、弾丸が射出される瞬間、明嗣はカスタム前とカスタム後の感触の違いを認識をした。
反動が思ったよりない……?
コンペセイター搭載により銃身が跳ねるマズルジャンプが軽減されるとは聞いていたが、それでもまだ強い衝撃が来る事を想定していただけに、これは嬉しい誤算だ。これなら今までより思い切って引き金を引く事ができる。
グッジョブ、じっちゃん! 次顔出す時はなんか土産を持ってくぜ!
口の端を吊り上げた明嗣は引き金を引くペースを上げた。使用弾薬、10mm 水銀式炸裂弾が白黒の双銃から撃ち出される光景はまるで人力機関銃のよう。獰猛に笑みを浮かべる明嗣は飛来する白木の杭を難なく撃ち落とす事に成功した。弾頭には水銀拡散用の炸薬が搭載されているため、目標へ着弾した弾丸は即座に爆発し、周囲に即席の煙幕を作り出す。
うーっし……これで月の光だけよりよく見えるな……。
もうもうと立ち込める煙の中で、明嗣はさらに鮮明に反射するピアノ線のような物を捉えた。そして、それは先程から逆さに宙吊りにされた鈴音も同じであった。
これ、もしかして鋼鉄糸?
なるほど。訳も分からない内に逆さ吊りで拘束されたのも納得だ。だが、この細さなら手持ちのクナイでも切ることできる。自分の足首に巻き付いている物を視認した鈴音は袖の中に隠しておいた緊急用に隠し持っておいたクナイを使おうと片腕を垂らそうとした。しかし、冷静に自分の状況を顧みた鈴音は、クナイを取り出そうとする手にストップをかける。
待って……今手を離したら……見えちゃうんじゃないの……!?
もう一度言う。鈴音は現在逆さ吊りなのである。しかもミニスカートで。そして、彼女の両手はスカートを押さえるために塞がっている。片手だけとはいえ、スカートから手を離すという事は……。
やっば! どうしよう! 仕事の時にミニスカなんてもう絶対履かない!
心に固く決めたは良いものの、羞恥心と命の二択問題が突きつけられている状況は依然として変わらない。たしか、人が逆さ吊りで居られる制限時間は一時間だったか。それ以上は鼻や口から頭に溜まった血液が漏れて死に至るらしいので、決断するタイミングは早いに越したことはない。
鈴音が必死に何か手がないかと考える一方で、煙の中にいる明嗣は神経を研ぎ澄ませてヴァスコの気配を探る。煙の中なので視界は利かない。だが、それは向こうだって同じのはず。つまり、現在はお互いに目隠しをされている状態だ。ならば、先に相手を捕捉する事が勝負の鍵を握る事となる。
さて、野郎どこ行った……?
煙のおかげで明らかとなった鋼鉄糸の結界を触らないようにくぐりながら、明嗣はヴァスコの影を探す。視界が利かない場合、人間が次に頼るのは聴覚、すなわち周囲の物音だ。なので、明嗣はなるべく足音を立てないようにすり足で移動する。
チッ……邪魔くせえなこの鋼鉄糸……。
おそらく、周囲に張り巡らされた鋼鉄糸はヴァスコがつけている手袋に全て繋がっている。つまり、触れただけで居場所を知らせるような物。そうなれば次は杭ではなく、確殺の攻撃が飛んでくるだろう。とりあえず、ピンと張っている鋼鉄糸に触れなければ良い、と考える明嗣は慎重に足を進めていく。だが、次の瞬間。ふと、明嗣の足元で何かを踏んだのか、カチリという何かのスイッチが入る音がした。
カチリ……?
音の正体を確かめようとするまでもなく、明嗣は仕掛けられていた物の正体を悟った。なぜなら、明嗣も鈴音と同じように何か強烈な力に引っ張られるまま逆さに吊り上げられてしまったのだから。
しまった……!!
足元の警戒を怠った自分の迂闊さに舌打ちをした明嗣は、とりあえず適当に発砲してヴァスコの居場所を探る。その際、同じく逆さ吊りの鈴音から悲鳴が上がった。
「危なっ!? ちょっと明嗣! どこ狙ってんの!? アタシに当たるとこだったじゃん!?」
「居場所探してんだよ! 人形使いを見失った!」
「適当に撃つんならせめてアタシのワイヤー撃ってよ!」
「この煙の中で無茶言うな!」
まったく視界が利かないのになんて無茶振りだ。状況を理解していないような物言いをする鈴音に対し、明嗣は怒鳴り返すとふと今のやり取りに違和感を覚えた。たしか、先行したのは明嗣なので鈴音は明嗣の後ろの位置で宙吊りになっているはず。声が聞こえて来た方向も背後からだったのでそれは確実だ。そして、今の発砲による索敵は前方と左右、180°の範囲にしか行っていない。にも関わらず、自分より後方にいる鈴音が自分の方に弾が飛んでくると訴えるのはいったいどういう事なのか。
その答えは煙が晴れた事で明快に提示された。人形使いヴァスコは最初から移動せずに明嗣の目の前で構えていた。だが、対敵した時とは違ってその隣には目測にして身長3mほどのずんぐりとした大男が立っている。しかも、なぜか指先から発砲直後のような煙が上がっている。
「ようこそ、我が操り人形の演奏会へ」
まるで楽団を代表して挨拶をする指揮者のようにヴァスコはうやうやしくお辞儀をしてみせた。そして、顔を上げると同時に指を動かすと隣で直立していた大男が腕を前に突き出して腰を落とす。
「本日の演目は銃声による鎮魂歌、入場料はあなたの命となっております……」
キリキリ、キュルキュルと中で何かが蠢く音で、明嗣と鈴音はヴァスコの隣に立つそれが操り人形であることを理解した。そして、次に起こる出来事を想像して死神が背後に立った時特有の寒気が走るのを感じた。
「それでは、ごゆるりとお楽しみください」
演奏が始まる時の合図のようにヴァスコが手を振る。すると、操り人形の指先、計10門の純銀製12.7mm弾機関銃による一斉掃射が始まった。