第43話 スパーリング
昼食を終えて始まった明嗣と澪が操るマリオネットとの模擬戦。アルバートが始める合図を出すのと同時に、明嗣は人形を中心にバトルフィールドと定められた射撃場を回り始めた。その光景はまるで攻めるタイミングを探るボクサーを彷彿とさせる物だった。一方、人形を操る澪は動かすためのアーケードコントローラーに手を置いたまま、深紅の大剣を手に歩き回る明嗣の様子を射撃場の外からじっと観察している。
澪の様子だけを切り取ると格闘ゲームを遊んでいるように見えるが、対戦を盛り上げるBGMはない。代わりに明嗣が担ぐ大剣、クリムゾンタスクからドッドッドッ……とアイドリング状態の車が出すような音がするだけだ。
う〜ん……。明嗣くん、攻めてくる気配がないなぁ……。
移動のコマンドを出すスティックをワイングラスを持つように握る澪は、ずっと観察するように歩く明嗣を観察する。澪に与えられたマリオネットが握るのはごく普通のロングソードで、大剣を扱う明嗣の方が間合いが広い。さらに明嗣が扱う大剣、クリムゾンタスクには剣を振る速度を急加速させる仕掛けがある事を澪は以前に見ている。よって、迂闊に飛び込むと即座に狩られてしまうであろう事は想像に難くない。勝負はどちらが先に動くかの睨み合いとなる。
一分が経過した。動きが無いことに痺れを切らしたアルバートは、工房に備え付けの冷蔵庫からグレープソーダを取り出すと、ヤジを飛ばし始めた。
「おーい。お前らお見合いやってんじゃねぇんだ。さっさと仕掛けてみろ」
たしかに……。それなら、先手必勝!
先に動いたのは澪だった。澪はスティックを二回素早く動かした後に攻撃ボタンを叩き、人形に突進の指示を出す。すると、明嗣と対峙する人形が左肩を前に出すショルダータックルで明嗣に突撃していく。対して、明嗣はクリムゾンタスクを地面に突き刺すと棒高跳びの要領で飛び上がった。澪が仕掛けた先制攻撃は、あっけなく避けられて不発に終わる。
澪はすぐさまマリオネットを反転させ、次の行動に備えた。着地した明嗣が反撃してくるなら防御、距離を取って様子見を続けるようなら追撃を仕掛けて剣で斬りかかる。
一方、明嗣はふわりと地に足が着いた瞬間、腰を落として脚に力を込めた。
さてと、ぼちぼち俺も行ってみっかな!
地を蹴り、マリオネットに肉薄した明嗣は右下から斬り上げる。
来た!
澪は防御ボタンを叩く。すると、マリオネットは即座に明嗣の攻撃を剣で受け止めた。重量のある大剣による一撃は受けたマリオネットを浮かせて後方へ吹っ飛ばす。
わわっ! えっと……。
澪は急いで再び防御ボタンを叩いた。マリオネットは受け身を取り、再び剣を構え直す。澪がなんとか体勢を立て直す事に成功したのを確認すると、明嗣はにやりと口の端を上げた。
「とりあえず最低限の動きはできるみてぇだな」
「これでも中学の頃、家でネット対戦してたからね! そう簡単にはやられないよ!」
「へぇ、そりゃ楽しめそうだな」
明嗣はクリムゾンタスクを地面に突き立て、グリップを捻った。エキゾーストノートが響くと同時に、心臓が力強く脈打ち、力が漲る高揚感が身体を満たしていく。一方でマリオネットを操る澪は、背中にピリっと電撃が走るような感触を味わった。
明嗣くんの雰囲気が変わった……? もしかして……!
明嗣の纏う空気に威圧感が混じった事を感じ取った澪は、無意識に全身に力を入れる。
たぶん、明嗣くん本気になったんだ……。なら!
反撃の機会を与えずに一気に制圧する。澪は明嗣が動く前にマリオネットへ攻撃の指示を出した。
最初は足払い。そこからロングソードで横に一閃。さらに追撃の切り上げ。踊るようにマリオネットは猛攻撃を仕掛けていく。だが、明嗣は澪の攻撃の一つひとつを的確に捌いていく。驚くべきは、武器の重量差から来る攻撃速度の差を明嗣はものともしていない点だろう。明嗣が使う大剣は攻撃の間合いが広く一撃は重いが、振る速度が遅くて外した場合の隙が大きい。対して澪が操るマリオネットが使うロングソードは大剣より間合いが狭く重量が軽いが、その分振る速度が速くブレーキが効きやすいので攻撃を外した際の隙が小さい。つまり、現在の状況は連続攻撃を受ける明嗣が不利のはずなのだが、明嗣は焦る事なく的確に攻撃を受け止めていた。いつ間に合わなくなって服が破けてしまってもおかしくないのにも関わらず、明嗣は余裕の表情で襲い来る剣を弾く。まるで次にどういう攻撃が来るのか分かっているようだ。
全然当たんない! なんで!?
武器を振る速度が遅いという事はその分、武器で防御するのにも時間がかかるはずなのに。なのに、どうして。どうして一回も掠る事なく剣で受け止める事ができるのか。
こうなったら……!
澪はボタンを叩く手を一旦止める。これにより、マリオネットは猛攻撃を止めて一瞬だけ動きを止めた。古今東西、ありとあらゆるスポーツや対戦ゲームにおいて上級者が使うタイミング外し、フェイントである。一瞬だけ固まったマリオネットに攻撃を待ち受けていた明嗣は驚きの表情を浮かべた。
よし! 引っかかった!
作戦成功と笑みを浮かべた澪は、再び猛攻撃を仕掛けるべくボタンを叩き、スティックを動かし始める。再開最初の攻撃はロングソードで下からかち上げる切り上げ。澪から受けた命令をマリオネットは忠実に実行した。
一方、明嗣は軽く身を引く事でマリオネットによる一閃を難なく避けてみせた。その後、今までのお返しとばかりにマリオネットへハイキックを繰り出す。反撃の蹴りを食らったマリオネットが宙へ飛ぶ。そして、明嗣は蹴りの勢いで身体を回転させた後、クリムゾンタスクのグリップを両手で握り、「その攻撃はこうするんだ」と言いたげに切り上げの構えを取る。
やばっ……!?
身動きが取れない空中へ飛ばされた事で澪の表情に焦りの色が浮かぶ。急いで防御ボタンを連打するも、空中に浮かんだマリオネットはただバタバタと手足を動かすだけ。やがて、澪は次に明嗣がやってくる攻撃と、それを受けるマリオネットの未来を頭の中に思い描いてしまった。
澪の想像通りにエキゾーストノートが響き渡る。そして、明嗣はマリオネットに向けてクリムゾンタスクを振る。何かが爆発したような速さで振り抜かれた深紅の大剣は容赦なくマリオネットを一刀両断し、地面に一文字の軌跡を残して沈黙した。
澪が操るマリオネットと明嗣による模擬戦は、マリオネットが一刀両断により真っ二つとなったため戦闘不能。よって、明嗣の勝ちで終了した。
模擬戦を終えて緊張で張り詰めていた気持ちを吐き出すように息をつくに澪へ、アルバートは冷蔵庫から持ってきたグレープソーダを差し出した。
「ほい、お疲れさん。ナイスファイト」
「あ、ありがとうございます。負けちゃいましたけどね」
飲み物を受け取った澪は、すぐにペットボトルの蓋を捻った。ブシュっとガスが抜ける音と共に中で泡が踊りだす。炭酸が弾ける感触を口の中でで楽しみ、澪は一息ついた。一方、勝負に勝った明嗣はというと……。
「うぶっ……さっき食ったの全部出しちまいそうだ……」
クリムゾンタスクを使用した反動か、胃の中からせり上がってくる嘔吐感に口を押さえながらうずくまっていた。これではどちらが勝ったのか分からない光景だ。
「こんだけやったんだ……。ちゃんと役立ててもらわねぇと困るぜ……」
「明嗣もお疲れさん。心配すんな。ちゃあんと原因は特定できたから、あとはそこをイジりゃ良いだけだ。安心して休んでな」
「だと良いけどな……」
嘔吐感が収まったのか、明嗣はアルバートに返事をしてその場に仰向けで寝転がった。フゥ、と明嗣が大きく息を吐いて呼吸を整える明嗣に近付いたアルバートは、近くに転がっているクリムゾンタスクを拾い上げた。
「見た目の割には軽いなこれ」
そうは言いつつ、振る事はできないのか持ち上げた後に剣先を地面に突き立てるだけに終わった。そして、オーディンの眼を外したアルバートは疲れたのか、ほぐすように眉間を人差し指と親指で揉んだ。
大なり小なり疲労の色が浮かぶ男二人に対し、澪は心配するように声をかける。
「二人共、大丈夫……? 特に明嗣くんは倒れたままだし……」
「ああ……なんとか……。けど、仕事の電話が鳴ったら今夜はシンドいからパスさせてもらいてぇ……」
返事をしてはいるものの、問題ないとアピールするために振る明嗣の手に力はない。動かすのがやっと、という風に感じるものだった。そんな明嗣へ、澪はなおも心配するように歩いていく。
「本当に大丈夫? 水とか欲しくない?」
「いらねぇ……。ってか、このまま眠っちまいてぇ……」
「風邪引くからちゃんとベッドで寝ろよ」
アルバートはそのまま寝入ってしまいそうな明嗣へ声をかけつつ、クリムゾンタスクを引きずりながら作業台へ運んでいく。
そして、やっとの思いで作業台に乗せたアルバートは深く息を吐いた。
軽く100kg近くはあるな……。こんなクソ重いモン振り回してんのかコイツ……。
技を仕込んだのは自分ではあるが、今更ながらに自分とは物が違う事を思い知らされる。黙っていれば普通の男子高校生と何も変わらないように見えるが、朱渡 明嗣という少年はどうやっても、どこまで行っても半吸血鬼なのだ。
その夜、依頼の電話が鳴る事はなかったが、クリムゾンタスクの調整作業は難航した。
『オーディンの眼』で分析した結果、明嗣の心臓とリンクしているクリムゾンタスクは明嗣の血液を動力源にしている事が分かった。さらに驚異的な回復力はクリムゾンタスク自身にも作用し、刃こぼれした瞬間に血液を用いて修復する機能すらも搭載していた。使った後に目眩を起こし、へたり込むのも納得である。簡単に言うと、クリムゾンタスクのエンジンが機能している間は血を流しながら全力疾走しているような状態なのだから。さらに下手に弄ると、別の場所が機能を果たさなくなる事態に陥ってしまうのだ。
結果、心臓のように繊細な深紅の大剣は未だにアルバートの手を焼いており、欠点克服にはまだまだ時間がかかりそうだった。




