第42話 武器を持つ悲しみ
昼食を終え、一同は地下工房へ移動する。しかし、今回はバイクであるブラッククリムゾンを収容するので、明嗣は改装の際に新たに作った地下への直通の出入り口を利用し、澪とアルバートは店の中から地下工房へ入る事にした。さて、アルバートに案内されて地下工房へ足を踏み入れた澪は……。
「わぁ……!」
明嗣が初めて入ってきた時のように澪は感嘆の声を漏らした。そして、ぐるりと周囲を見回すと興奮の声を上げる。
「すごい! アニメとかマンガの中に入ったみたい!」
「お、いい反応するな」
適当に返事をしつつ、アルバートは散らばった工具を片付け、新たに使用する道具を作業テーブルの上に並べた。一方、物珍しそうに辺りを歩く澪は、ある場所で足を止めた。
「……」
それは鉄格子の扉で閉ざされた棚だった。中にはハンドガンやアサルトライフル、ショットガンやスナイパーライフルなどがそれぞれ種類別に保管されている。南京錠で施錠された棚を前に、先程まで興奮していた澪は、少し複雑な心境を滲ませた表情を浮かべる。準備を終えたアルバートは、銃が保管された棚の前で固まってしまった澪の背中へ心配するように呼びかけた。
「どうした?」
「いえ……やっぱりあるんだなぁ……って思って……。銃……」
「あぁ……。まぁな。コレクションも混じっているが俺の得物だよ。やっぱり銃はダメか?」
「銃だけじゃなくて武器にはやっぱり抵抗はあります。でも、これがないと明嗣くんも鈴音ちゃんも死んじゃうんだって思うと必要なんだろうなって」
答える澪の声には少し悲しみに似た感情が乗っていた。澪が答えてから数秒ほど沈黙が流れる。やがて、澪はポツリと口を開いた。
「あたしのお父さんは、世界中を飛び回って写真を撮って回っている写真家なんです。綺麗な風景から街の日常まで、良いと思った物はなんでも撮影して、ある程度集まったら個展を開いてを繰り返して、自分が良いと感じた物を伝えているんです。あたし、その時の思い出をお父さんから聞くのが大好きで、帰ってきたらいつも聞かせてもらっているんです」
「そりゃ良いな」
アルバートが相槌を打つと、澪は頷いて続きを語り始めた。
「でも、その中には戦争をしている国で撮った物をあるんです。子供達は楽しそうに笑っているんだけど、どの写真を見ても銃をいつも抱えているんです。ちょうどこんな感じの」
そう言い、澪が指差した先には恐らく世界でもっとも有名なアサルトライフル、AK-47があった。
「この子達は大人の都合でこんな物を持って戦わされてるんだって話すお父さんは本当に悲しそうで。だから、アルバートさんが明嗣くんを育てた、って言ったときは信じられなかったですよ。全然そんな事するように育てる人に見えないから」
「人は見かけに寄らないってことさ。でも、俺はそう見えるか?」
「はい! 優しそうな近所のおじさんって感じです!」
「そうか……。それはそれで少し傷つくが、まぁいいか……」
自分はおっさんに見える事実を突きつけられたアルバートは、気分と共に少し肩を落とした。憎まれ口が基本の明嗣ならともかく、年頃の乙女から言われると少し来る物がある。しかし、男という生き物はこの残酷な現実を受け止めて、この世界を強く生きてゆかねばならないのだ。
「ずいぶん盛り上がってんな。いったい何を話してんだ?」
大型の荷物を搬入する際に使う出入り口から、明嗣の声がした。声のした方へ視線を向けると、そこにはブラッククリムゾンのハンドルを握りながら肩で息をする明嗣の姿があった。
「走るならともかく、押して運ぶってのはちとキツイな、これ……。よくもまぁ、一人で毎回運んでるよな、マスター」
「そりゃ、運搬用の台車があるからな」
「そんな便利なモンがあるなら貸してくれよ……」
「オメェ、俺にそれの運送料払わせた事を忘れたとは言わせねぇからな。ちょっとは自分の身を切れってんだ、ったく……」
「それ、これからえげつないくれぇの体力を消耗する俺に言うセリフですかね……」
所定の位置へブラッククリムゾンを移動させながら、明嗣はがっくりと肩を落とした。スタンドを立てて車体を支えた明嗣はブラッククリムゾンのキーを捻った。すると、ガシャっという音と共に側面が開き、中からクリムゾンタスクの刀身が飛び出してくる。
次に、明嗣はアクセルグリップを取り外し、刀身へ繋ぐと完成したクリムゾンタスクを抜いた。現在は停止中なので、クリムゾンタスクはただの大剣であり、電源の切れたチェーンソーと同じ状態である。
「で、コイツをどうイジるんだ?」
自分の背丈と同じくらいの大剣を肩に担ぎ、明嗣は次にどうすれば良いかをアルバートに尋ねた。すると、アルバートはレンズが幾重にも重なった片眼鏡を装着した。
「これからお前にはソイツを使って軽い模擬戦闘をやってもらう。で、俺はその様子を今かけてる『オーディンの眼』で観察する。まずはどこが問題なのかを見極めないとな」
オーディンの眼。以前、使用したエリザベート・バートリーの鉄の処女を加工した魔具、真実を推し量る乙女と同じヘルシングアートの105作目である。その能力は解析。体内を循環する血液の流れや、それに伴う体温の変化、傷めている身体の部位その他諸々を一瞬にして見抜く力があるのだ。
「模擬戦闘って誰と」
この場にいるのは、明嗣とアルバート、澪の三人。明嗣はもちろん、アルバートは計測係で相手をするのは無理だ。と、なると……。
「まさか……」
明嗣は澪の方へ目を向ける。すると、澪は勢いよく何度も首を横に振る。
「無理無理無理! あたしなんてすぐやられちゃうよ!? 秒だよ!? 秒!」
「だよな」
聞いた俺がバカだった、と明嗣は安心したように胸を撫で下ろした。考えてみれば当然の話である。例えるなら生まれたての子鹿が百獣の王の異名を持つライオンに挑むような物だ。勝負になるはずがない。だが、アルバートは意味ありげな笑みを浮かべ、まさかの答えを口にする。
「そのまさかだ。今回、お前と戦う相手は澪ちゃんだ」
「はいっ!?」
さっきの話を聞いていなかったの、と澪は困惑の表情をアルバートへ向けた。だが、アルバートは至って大真面目のようで、澪へ一つ質問をした。
「ところで澪ちゃん、ゲームは好きか?」
その言葉を口にした後、アルバートは他の魔具が保管してある戸棚から一体の等身大人形と家庭用ゲーム機で格闘ゲームのソフトを遊ぶ際に使用するアーケードコントローラーを取り出した。
30分後……。
「よーし。そんじゃ、二人とも用意は良いな?」
「ああ。俺はいつでも」
「あたしも大丈夫です……!」
アルバートの確認に対して明嗣のリラックスした声と澪のやや緊張した声が返ってきた。
現在、明嗣が立っている場所は250㎡の射撃場の中心であり、目の前には一体のロングソードも持った人形が立っている。この人形はアルバートがお遊びで作った操り人形であり、アーケードコントローラーの入力によって様々な動きを見せる代物である。現在、その人形は澪が操作するコントローラーに合わせて、素振りや蹴りなどを行っていた。
二人の返事を聞いたアルバートは、今回の模擬戦についてのルール説明を始めた。
「戦う場所はこの射撃場、得物はお互いに剣のみ。勝利条件は相手を戦闘不能に追い込むか、降参させるか。言うまでもない事だと思うが、射撃場の外に出るとその瞬間に反則負けだ。良いな?」
「OK。とっとと始めようぜ」
「よーし、負けないよ!」
明嗣は肩に剣を担いだ状態でトントン、とその場で跳ねて身体をほぐしながら答えた。対して、澪はコントローラーのスティックを握る手に力を込めて表情を引き締める。二人の顔を交互に見た後、アルバートは手を上げた。
「行くぞー。Ready……」
明嗣はアルバートのコールと同時に、クリムゾンタスクを地面に突き立ててグリップを目一杯捻った。瞬間、大きなエキゾーストノートと共に刃が回りだし、クリムゾンタスクの刀身にある吸排気口から黒い火花が吹き出す。同時に、明嗣は心臓がドクリと力強く脈打ち、一気に五感が鋭くなる感覚を味わった。
そして、「Fight!」の掛け声と共に手が振り下ろされ、明嗣と澪の模擬戦の火蓋が落とされた。




