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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE1-4 Ignition My heart
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第30話 優しさの理由

 ファミレスで昼食を食べてからの明嗣と澪は、澪の要望通りにただ二人で街を散歩していた。その途中、澪は明嗣から近寄ると後悔する場所や、よく屋台が出ている場所などを教えてもらった。明嗣は吸血鬼ハンターとして夜の街を駆け回っていることもあり、澪が見つける事ができなかった危険スポットをたくさん把握しており、澪はひたすら頷いて頭に叩き込んでいく。

 その最中、やはりどこからか見られているような視線を感じるのか、明嗣はたまに立ち止まって周囲を探っていた。だが、やはり誰もこちらを観察しているような素振りを見せる者は一人として認められない。こうなってくると澪も気になってくるので、明嗣へ不安げに呼びかける。


「やっぱり誰か見ている人がいるの?」

「どうだろうな……。見つける事はできねぇけど、なんか見られているって感じる。嫌な感じだ」

「でも吸血鬼じゃないでしょ? 吸血鬼って太陽が空にある間は出歩く事ができないっていうのは知ってるよ」

「ところがどっこい、太陽が空にあっても外を出歩く方法はある」

「え!? そうなの!?」


 本当に素直なリアクションをする奴だ、と思いながら、明嗣は人差し指で地面の方、澪の足元を指さした。


「吸血鬼ってのは影の中に潜んで移動する事もできるんだよ。他にも、古典的に日傘と日焼け止めで完全武装したりとかするパターンもある。まっ、あいつらが本気出せるのは夜の間だけで、昼に出歩く意味が薄いから眠ってるのがほとんどだけどな」

「へぇ〜、じゃあ安心だね」

「いや、そうでもない。昼の間に目を付けた標的の影に潜り込んで、夜になったら襲うって奴もいる。昼に動く旨味があるなら、遠慮なく行動する奴らだから、日が出ているから安心ってわけでもねぇんだ。実際、ロンドンにいた頃にそのタイプの大物に手を焼いているって噂を聞いたこともあった」

「明嗣くん、外国に行った事あるんだ! 良いなぁ……」

「外国に行った事あるっつったら大抵そういう反応が帰ってくるけど、やっぱ羨ましいモンなのか?」


 澪から羨望の眼差しを受ける明嗣は、本当に不思議だと言いたげな表情を浮かべた。すると、澪は衝撃を受けたように驚きの声を上げた。


「それはそうだよ! 飛行機なんて国内線だけでも学生のお小遣いで気軽に乗れる物じゃないのに! あたしも色んな国に行って名所で写真撮ったりしたいなぁ……」

「お、おぉ……そうか……」


 まだ見ぬ場所へ思いを馳せるように空を見上げる澪へ、明嗣は思わずたじろいでしまった。しかし、そんな事はお構いなしに澪は興奮気味に明嗣へ迫って行く。

 

「ね、ロンドンのどこに行ってきたの!? やっぱりイギリス王室がいるバッキンガム宮殿!? それともハリー・ポッターに出てくるキングズクロス駅とか!?」

「び、ビッグ・ベン時計塔の近く……」

「ビッグ・ベン時計塔! あそこも良いよね〜! 時計塔をバックに記念写真を撮ったりしてさ!」

「写真、そんなに好きなのか?」


 一人で盛り上がっている所悪いが、と言いたげな声色で明嗣は澪へ呼びかけた。すると、澪は笑顔で質問に答えた。


「正確には写真に写る笑顔が好きかな。だって、その写真があれば、楽しかった思い出を振り返る事ができるでしょ?」

「そうか……彩城にとって、写真はそういう物なのか……」


 明嗣は羨ましがるように少し複雑な心境を滲ませた表情を浮かべた。すると、澪は不思議がるように明嗣を見つめた。


「どうしたの? あたし、なにかおかしな事言ったかな……」

「いや、少し羨ましいと思っただけさ。俺にはそういう写真がないからな」


 あるのは、撮った時の事すら思い出せない家族写真と 小学校と中学校からもらった卒業記念アルバムの写真のみで、これといって思い入れのある写真がある訳ではない。さらに気を抜けば、自分の所だけ不自然にボケた写真になるので、写真を一つ撮るのにも気をつけねばならないのだ。だから、楽しそうに写真について語る澪が素直に羨ましいと感じる。


「それにあんま、写真撮る事もねぇしな。ただ単に、そうやって楽しそうに語れる彩城が凄ぇって……どした?」


 暗い雰囲気になるのを避けようと、明嗣は急いで場を取り繕おうと試みた。しかし、澪は少し悲しむような表情になってしまっていた。


「明嗣くん、家族は?」

「小さい頃に両方死んだ。だからマスターが親代わりだな」


 あっさりと明嗣が答えてみせると、澪はやっぱりそうかといった表情で謝った。

 

「そう……なんだ……。ごめん」

「気にしてねぇけど。なんだっていきなり家族の事聞いた?」

「もしかして明嗣くん、寂しいのかなって」

「はぁ? なんでそうなんだよ」

「その、なんて言うか、なんとなくそんな風に見えたから……」


 明嗣は思わず自分の顔に手を当てた。まさか俺が寂しさを抱えている……? 思ってもみない事を澪から指摘されるとは夢にも思わなかった。そんな明嗣を見て、澪は言葉をさらに続ける。


「あたし、今日一日明嗣くんを見て思ったの。なんか明嗣くん、本当はとっても素直で優しい人なんじゃないの、って。でも、学校であんまり人と話している所は見たことないから、なんか寂しそうだなって」

「はっ。何を根拠に……」

「じゃあなんで、今日の誘いを受けてくれたの?」

「……それは……」


 明嗣は何も言えずに言葉を詰まらせてしまった。これに関しては本当に自分でも不思議だったのだ。どうして澪の誘いを受けてしまったんだろう。いくら考えても、その答えを明嗣は出すことができないでいた。そんな明嗣と向き合った澪は、真っ直ぐに明嗣を見据える。


「他にも、最初に会った時にスクラップブック拾ってくれたし、今日だって飲み物持ってきてくれたりとかしてたし」

「それはただ、そういう風に教えられたからってだけだ。別に彩城にだけ特別って訳じゃねぇ」

「そうやって壁を作る態度を取ろうとするのだって、あたしを吸血鬼からなるべく遠ざけようとしてるからじゃないの?」

「……」


 澪の指摘に明嗣は何も言えなくなってしまった。吸血鬼からなるべく遠ざけようとしている、という澪の言葉は正しいからだ。なぜなら、澪は元々吸血鬼とは無縁の世界に生きる人で偶然巻き込まれただけなのだから。本当なら、今日の誘いだって無視してすっぱりと縁を切るべきはずなのに、こうして二人で街を歩いているのは何故なんだ……?


「あたしね、ずっと助けてくれたお礼しなきゃって思ってた。でも、何をしたら良いのか全然分かんなくて、ずっと考えたんだけど……」


 考え込む明嗣をよそに、まっすぐ目を合わせたまま、澪はゆっくりと近づいてくる。やがて、互いの手が届く距離まで来ると、澪は明嗣の手を握って笑いかけた。


「友達になろ!」

「はぁ?」


 予想外の言葉に明嗣は思わず呆けた声を出した。困惑した表情で固まる明嗣に構う事になく、澪は話を続けた。


「明嗣くんが寂しい時は一緒にいて、大変な時は支えるのがあたしにできる精一杯のお礼かなって。それにあたし……」

「お前、まだそんな事__」

「明嗣くんだから友達になりたいの」

「えっ……」


 明嗣くんだから友達になりたい。その言葉に衝撃を受けた明嗣は言葉を失ってしまった。何も言えずにフリーズした明嗣の手に、思いを込めるように握る力を強めた澪は、訴えるように明嗣の目を見つめて言葉を紡ぐ。


「ちょっと嫌な言い方するけど、それでも人の事を思いやる事ができる明嗣くんが、あたしは好き。そんな明嗣くんが悩んでいるなら力になりたい。だからそのために、今までみたいなのは最後にして、まずは友達になろ?」

「あ、いや、俺は……」


 澪にまっすぐ見つめられ、明嗣は居心地が悪いように身をよじった。まさか自分がここまで女に免疫が無い事を突きつけられるとは思いもしなかった。こんなにもまっすぐ目を見て訴えられると、思わず頷きたくなってしまう。しかし、冷水を浴びせるように頭に響く声が明嗣を現実に引き戻す。


 ほほう……。これはこれは、なかなか面白いことになっているな。

 お前……!


 “切り裂きジャック”に深手を負った後、息を潜めていた内なる吸血鬼(もう一人の自分)の楽しむような声に明嗣は忌々しげな声を返した。声の調子から考えて、向こうも十分回復したようだった。


 

 ひでぇじゃねぇかよ。俺抜きで事を進めるなんて。おかげで一番いい所を見逃す所だったぜ。

 なんの事だ。

 とぼけんなよ。あとはその手をグイッと引っ張れば、噛みつくだけだろ?


 明嗣は内なる吸血鬼が言わんとする事を理解した。今、明嗣の手は澪が握っている。言う通りに澪の手を引っ張れば、いともたやすく彼女を抱き寄せる事ができるだろう。つまり、内なる吸血鬼はこう言っているのだ。「絶好の機会だからこの場で澪の血を吸ってしまえよ。自分が吸血鬼なんだって自覚しろ」、と……。


 ほら、あとはガブリと行っちまうだけだ。どうせコイツだって、お前が半吸血鬼だって事を知っちまえば即刻手のひら返すぞ?

 ……っ!



 当然、頭の中での会話なので、澪には聞こえていない。何も知らないまま、明嗣の答えを待って手を握っている。それを良いことに内なる吸血鬼は迷っている友人の背中を押すように言葉を続ける。


 ほら、怖いのは最初だけさ。一回やっちまえばなんて事なくなる。初めて銃を握ったときだってそうだろ?


 悪魔が囁くように内なる吸血鬼は、明嗣に澪の首筋へ噛みつけと迫る。


「どうしたの? どこか具合が悪いの?」


 声がしたので明嗣が視線を上げると、澪が心配するような表情で覗き込んでいた。本当に何も疑うことなく、自分を襲うことなんてない、信じ切っている目だった。それが明嗣の心を苛立たせる。


 どいつもコイツも……!!


 苛ついている心境の現れか、はたまた嫌われるようにして距離を取ろうとするためか、明嗣は彼女の手を乱暴に振り払った。


「明嗣くん……?」

「うるせぇよ……。何も知らねぇくせに俺のことを見透かしたような事言いやがって……!」


 なぜこんな事をするのか分からない、と困惑した表情で澪は明嗣の事を見つめていた。困惑した表情で固まってしまった澪に対し、明嗣は睨みつけるように目つきを鋭くさせる。


「何が素直で優しいだよ。何が友達になろうだ。これ聞いても同じ事言っていられるか。良いか、俺はな__」

「お父さんが吸血鬼なんでしょ? 知ってるよ」

「なっ……!?」


 あっさりと言おうとした事を先回りしてみせた澪に、明嗣は素直に驚いた表情を浮かべた。そんな明嗣へ、澪は改めて歩み寄る。


「明嗣くんがよく行っているお店の人から教えてもらったの。その上であたしは友達になろ、って言っているんだよ?」

「良いのか? いつかお前を襲って血を吸うかもしれないぜ。それも分かって言ってんのかよ?」

「ううん。明嗣くんは襲わないよ。だって明嗣くん、自分で思っているずっと良い人だもん。そのつもりなら今までチャンスはいくらでもあったのに、あたしは今こうして無事に明嗣くんと話しているでしょ? だから、明嗣くんは大丈夫」


 なんてむちゃくちゃな……。今までそうだったからこれからそうとはか限らないだろうに。呆れて何も言えないでいる明嗣へ澪はさらに畳み掛けるように話を続ける。


「あとは明嗣くんが答えるだけ。もしかして、明嗣くんはあたしが友達じゃ嫌……かな?」

「お、俺は……」


 明嗣は思わず頷いてしまいそうになった。しかし、良いのか?という思いがブレーキをかける。当然、ここで首を縦に振れば、「こうして明嗣くんに友達ができました。めでたしめでたし」、で終わりだろう。しかし、明嗣と関わることは吸血鬼に関する危険が増える事を指すのだ。その事実を踏まえると、おいそれと頷く事ができない。


 ど、どう答えりゃ良いんだ……。


 このまま、雰囲気に流されて答えていいのか。明嗣は内心頭を抱えていた。事実、懸念材料の一つが今も自分の中で底しれぬ沼まで引きずり込もうと手招きしている。


 楽しみだなぁ……。この純真な目が恐怖と絶望に染まる所を早く見たいぜ……。な、OKしちまえよ。そして、信頼を裏切る快感を一緒に味わおうぜ?


 内なる吸血鬼が答えを急かしてくる。話している内に空はオレンジと群青の色の二色になっている。もう日が落ちるのも時間の問題だ。


「俺は……!」


 何か言わないとならない気がして、明嗣は先程と同じことを口にする。しかし、そこから先が出てこない。一方、言葉を詰まらせて何も言えないでいる明嗣を待っていた澪だったが、いきなり叫び声を上げた。 


「……明嗣くん! 後ろ!」

「っ!?」


 思わず振り返ると目の前にはすでに白刃が迫ってきていた。明嗣はとっさに身を引き、攻撃をやり過ごして何が起きたのかを認識した。


「お前……!!」


 目の前に立っている攻撃してきた者の正体に、明嗣は思わず歯噛みした。ボロボロの黒いオーバーコートに、フードの下から覗く血のように赤い吸血鬼の瞳。そして、半吸血鬼だからこそ見える血管をなぞるように伸びる“黒い線”。一度見たら忘れるはずもない奴だった。


「やぁ、久しぶり。街で見かけて面白そうな事しているからちょっと観察させてもらってたよ」


 クソっ! よりにもよって今、お前かよ!


 朗らかに挨拶する青年、“切り裂きジャック”を前に明嗣は舌打ちした。ただでさえ、手に負えないのに澪がいるタイミングで現れた。最悪以外の何物でもない。


「な、なんですかあなた……。け、警察呼びますよ……!」


 身体を震わせ、スマートフォンを握りしめた澪が精一杯の警告を口にした。すると、"切り裂きジャック"は舌打ちした。


「やってみなよ。できるならね」


 その言葉を口にした直後、“切り裂きジャック”は忽然と姿を消した。


「消えた!?」


 どうなってんだ!? こっちは目を離していねぇぞ!?


 ありえない状況を前に、明嗣は身が強ばるような感覚を覚えた。だが、今は“切り裂きジャック”を探す事が優先。辺りに視線を巡らせて、明嗣は黒いオーバーコートを探す。しかし、ぐるりと周囲を見回す前に背後から「明嗣くん!」と呼ぶ声がした。

 振り返るとそこには、澪の手首を掴んで締め上げる“切り裂きジャック”の姿があった。


「ねぇ、君。さっき、半吸血鬼のこの人と友達になりたいと言ってたよね? じゃあさ、吸血鬼になってしまった僕とも友達になっておくれよ。それとも僕みたいな()()()()じゃ嫌かい?」


 皮肉げに微笑み、“切り裂きジャック”は澪にナイフを当てる。その意味は、動いたら殺す。単純明快な無言のメッセージにより、澪も明嗣も身動きが取れなくなってしまった。

 気を良くした“切り裂きジャック”は明嗣へ和やかに口を開いた。


「この前に君と戦った時さ、自分の事は自分で調べろって言われたから色々やってみたんだ。そうしたら影の中を移動できるようになってた事を発見したんだよ。君のおかげだ。だからお礼を言いに来たのさ」

「どうでもいい……。そいつを離せ」


 明嗣は澪を解放しろと要求した。しかし、当然の事ながら“切り裂きジャック”は要求に応じる訳もなく……。


「嫌だよ。せっかく捕まえたのに離す訳ないじゃないか。さて、じゃあ君は一緒に来てもらおうか」

「来てもらうってどこに……!?」

「すぐに分かるよ」


  答えると同時に“切り裂きジャック”は澪と共に一瞬で姿を消した。どうやら影に潜む能力は他者を同伴させる事も可能のようだった。


「彩城! クソッ!」


 明嗣はスマートフォンを取り出すと着信履歴を遡り、ある人物へ連絡した。五回ほどコール音が鳴った後にその人物は明嗣の電話に応じる。


『はいはーい。明嗣から電話なんて珍しいじゃん。どうしたの?』

「鈴音! 今すぐ朱雀飛ばせ! 彩城が攫われた!」

『うぇ!? どうしてそうなったの!?』

「詳しい事は後で説明する! とりあえずエモノ持って店集合だ! 良いな!」


 鈴音の返答を待つことなく、明嗣は通話を切った。そして、自宅に置いてあるホワイトディスペルとブラックゴスペルを取りに全速力で駆け出した。

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