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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE1-3 Nightraid “Jack the ripper”

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第25話 放課後女子トーク

 久しぶりに登校した学校は何一つ問題が起こる事なく放課後を迎える事ができた。休んでいた間の遅れは後で取り戻すとして、明嗣はひとまず授業から解放された自由に浸った。


 あー……やっと終わったー……。


 こんなに疲労が溜まる物だっただろうか、と明嗣は考えつつ、机に突っ伏して脱力した。しばらくはこの状態から動きたくないな、と固まっていると、次第に眠気がこっちにおいでと誘惑してくる。ちょうど腕を枕にしているので抗う術もなく、明嗣は睡眠という名の海の底へどんどん沈んでいった。すぅすぅと穏やかに寝息を立てるようになるまでにかかった時間はわずか五秒だった。

 そんな明嗣の様子をひっそりと観察をする視線があった。その正体は、目の前で明嗣が吸血鬼の頭を吹き飛ばす現場に居合わせてしまった澪である。


 ど、どうしよう……。


 澪は声をかけるかどうか、迷うように視線を巡らせる。

 理由はもちろん、あの首無しの死体と銃声が頭に焼き付いて離れないから。そして、原因の主である躊躇いなく引き金を引いた明嗣が怖いからだ。

 警察に相談しようにもその後の報復が怖いし、そもそもの話、死体がなぜか灰に変わって証拠はもう残っていないから取り合ってくれる訳がない。だから、澪は誰にも相談する事ができず、一人で抱え込む事しかできないのだ。


 でも、明嗣くんは説明するって言ってたよね……。


 パニックを起こして逃げ出したけれど、あの夜を振り返ると明嗣はそんな事を言ってた気がする。澪の頭の中に、勇気を出して聞きに行ってみようか、という考えが浮かんだ。だが逃げ出した手前、どう声をかけて良いのか分からず、澪はすぐさま首を振ってその考えを却下した。


 無理……! 怖いし、どんな顔して明嗣くんと話せば良いの!?


 だが同時に、このままで良いはずもない、という思いも澪の中にあった。


 もうどうしたら良いの!?


 色々な感情がごちゃ混ぜになって気持ち悪い。教室の前で立ち尽くして頭を悩ませる澪。すると、そんな彼女に声をかける者が現れた。


「何してるの?」

「わひゃあ!?」


 予想外の声かけに驚いた澪は、思わず叫びを上げて飛び上がってしまった。いったい何者か、と澪は背後を振り返り確認すると、そこにいたのは……。


「わひゃあって。そんなにびっくりしたの?」

「も、持月さん……?」


 くすくすと笑う鈴音を前に、澪は思わず気が抜けた声を出した。スクールバッグを肩に掛けている所を見るに、彼女はこれから帰る所のようだ。一方、鈴音は澪の反応に少し不満を感じるように口を尖らせる。


「鈴音で良いよ。苗字で呼ばれるの嫌なんだよね。同じクラスなんだしさ、お互い名前で呼んじゃおっ、澪!」

「え、う、うん……」


 あまりににこやかに笑う物だから澪は戸惑いつつ、鈴音の言葉に頷いた。澪の同意が得られた所で、鈴音は話を元に戻した。


「それで、澪は何してるの? ここ、明嗣がいる教室だよね?」

「そ、それは……」


 澪は口ごもりつつ、鈴音から視線を逸らした。すると、鈴音は教室で眠る明嗣と目の前で迷うように視線を泳がせる澪を交互に見て、何かを察したように手を叩いた。ちなみに、鈴音は二人の間で起きた一件を把握しているが、あえて知らない(てい)で澪と話している。鈴音の口から説明しても良いが、これは明嗣が蒔いた種。事の決着は明嗣が着けなければならないのだ。


「はは〜ん。さては明嗣とケンカしちゃったんでしょ? アイツ、意地悪な事言うし、怒リたくなる気持ち分かるな〜」

「え!? そんな事ないよ!? ただ、その……」


 全力で鈴音の言葉を否定する澪だが、その後は言いづらそうな表情と共に視線が下がっていく。そのまま表情が沈んでいく澪に鈴音は優しく声をかける。


「ちょっと場所を変えよっか。ここじゃ、ちょっと言いづらい事みたいだし。アタシ、良い場所知ってるからそこ行こう?」

「え、ちょっと鈴音ちゃん!?」


 有無を言わせぬ勢いで鈴音は澪の手を取り、引っ張り始めた。




 鈴音に引きずられて澪がやってきたのは、明嗣がいつも昼食を摂る時に来ている空き教室だった。ここはあまり人が通らないので、内緒話をするにはもってこいの場所だった。だが、連れてきた張本人の鈴音は特に何か言うでもなく、ロリポップキャンディーを舐め始める。


「あの……鈴音ちゃん?」

「ん、何? あ、澪も飴欲しい?」

「あ、大丈夫……じゃなくて、どうしてここに来たの?」

「え? だって、あそこじゃ話づらい事があるんじゃ、と思ったんだけど……違うの?」


 と、言うより人に言いづらい事なんだけどなぁ……。


 鈴音の正体なんてつゆ知らず、澪はどうしようと言いたげな表情を浮かべた。当然だ。知り合いが、それも互いの共通の知人が人を殺す現場を目撃したなんて、言えるわけがなかった。鈴音は、ブレザーのポケットからロリポップキャンディーを三本取り出して、言葉を詰まらせて困っている澪に差し出す。


「まぁ、とりあえずさ! お近づきの印に飴でも舐めて一旦落ち着いて、それからゆっくりお話しようよ。どうしても嫌ならそれでおしまいにして、別の話題にするから。と言うわけではい、好きなの一つどうぞ!」


 どうやら拒否権は無いようだ。澪は差し出されたイチゴ、メロン、ミルク、以上3つのロリポップの中から、メロン味の物を選んだ。包みを開いて、舐めると炭酸の抜けたメロンソーダのような風味が澪の口の中に広がる。飴自体はどこにでもあるなんてことない物だけれど、誰かと一緒に舐めればなんとなくいつもより美味しく感じられた。無言で飴を舐める時間が一分ほど経過した所で、鈴音は思いついたように口を開いた。


「澪ってさ、新聞部なんだよね?」

「え? う、うん……。そうだけど……」

「どんな事するの?」

「あたしは写真担当だから学校新聞の記事に使う写真を撮ってるよ。写真撮るの好きだし」

「そうなんだ。どんな感じの写真を撮るの?」

「今は新入生紹介の記事を作ってて、その記事に使う写真を撮ってるよ。でも、一面に使う写真が決まらなくて……」

「え、そうなの? なんで?」

「それがどうにもインパクトに欠けてしまって……。ほら、明嗣くんがいるから……」

「あー……そっか……」


 澪が話した理由に鈴音は納得した様子で頷いた。真っ白な髪、黒と紅の瞳、こんなにも印象に残る特徴を持つ者は、なかなかお目にかかる事がないだろう。雑誌で言う所の表紙に当たる新聞の一面を飾るのに、明嗣はピッタリの人材だろう。だが、明嗣は目立つのが嫌という理由で澪の頼みを断っている。だから、他の人を立てようとしているのだが、どうしても明嗣のインパクトが強く、代役を決められないでいるのだ。


「明嗣くんが受けてくれたら、なんの問題もなく進んだんだけど……」

「アハハ、まぁ……明嗣はあんなだからねぇ……」

「という訳で、今は一面の表紙にする人を探していてね。誰か良い人がいないか探しているんだ。あ、鈴音ちゃんどうかな? ヘアアレンジとかできる範囲でオシャレに気を使ってるし」


 澪は鈴音のサイドテールに纏めた栗色の髪を指さした。本日の鈴音のヘアスタイルはヘアアイロンで髪を巻いているのか、毛先が丸まっている。さらに束ねた髪を留めるヘアゴムに重ねる形でシュシュを着けていた。対して、鈴音は澪の言葉に苦笑いを浮かべた。

 

「今の話の後だと複雑だなぁ……」

「あ、ごめんね! 別に明嗣くんに見劣りするけどとかそういうつもりはなくて……」

「気にしてないから大丈夫だよ。アタシが新聞のトップかぁ……。ちょっと面白そうかも」

「それじゃあ……」


 一瞬で表情が明るくなった澪に対し、鈴音は頷いて見せた。


「うん。良いよ。その話、アタシが引き受けるよ」

「良かったぁ……。正直、困ってたんだよね」

「じゃあ日程は後で決めるとして、そろそろ本題に入って良い?」

「本題って……」

「どうして困ってたのって事。そのためにここに連れてきたのに」

「うっ……」


 ストレートに切り込んでくる鈴音に、澪は思わずたじろいだ。その後に話して良い物だろうか、と澪は思案するように視線を泳がせる。やがて、三十秒ほど時間を置いた後、澪は意を決して口を開いた。


「もし……もしだよ? 鈴音ちゃんは、知ってる人が悪い事をしているのを見たらどうするの?」


 あくまで誰が何をしていたかをぼかした状態で澪は鈴音に打ち明けた。明嗣の教室の前で悩んでいたので誰かをぼかす意味は薄いが、これが今の澪にできる精一杯の譲歩だった。それを承知している上で、鈴音はにこやかな笑みを浮かべたまま、澪の質問に答える。


「アタシならまず……話を聞いてみるかな」

「どうして?」

「だって、アタシは知り合いになる人間をなるべく選んでるから。理由もなく悪い事をする奴はアタシの知り合いにいないはずだって信じてるよ。だから、悪い事するなら何か理由があるはずだって、アタシなら考えるかな」

「そう……なんだ……。羨ましいな……。あたしにはそんな自信……ない……」


 うつむくのをごまかすように、澪は作り笑いを浮かべた。すると、鈴音は心底不思議そうな物を見るような視線を澪へぶつける。

 

「え? そうなの? おっかしいな〜。アタシの勘がはずれちゃった」

「何が?」

「だって、アタシの事を尾行してきた時の澪は自信満々って感じだったからさ。きっと良い人に恵まれているんだろうな、って思ってたんだけど……違うの?」

「どうだろうね……。この間まではそうだと思ってたんだけど、そんな事ないんだって思い知らされたっていうか……。説明しようとしてくれたけど、聞くのが怖くて逃げ出しちゃっからどうすれば良いのか分かんないっていうか……」

「ふーん? それで()()()()のいる教室の前に立っていたんだ?」

「う、うん……」


 ここまで言ってしまったら、否定しても仕方ないので、澪は素直に鈴音の言葉に頷いた。対して、鈴音は舐め終わった飴の棒を備え付けのゴミ箱に放りこむと、澪の方へ向き直った。


「これ、アタシの勘なんだけどね。たぶん、()()()()は勇気を出してしっかり話そうとしたら、ちゃんと話を聞いてくれると思うよ? アタシも似たような事があってさ。ちゃんと話を聞いて欲しくて掴みかかった時があったんだよね」

「え、そうなの!?」


 予想外のエピソードが飛び出してきた事で澪は驚きの声を上げた。鈴音は澪の反応に苦笑しつつ、話を続けた。

 

「最初、ほんとに噛み合わなくてもう勝手にしたらって、アタシが怒ったんだよね。それでしばらく別々で行動してたんだけど、一人じゃどうにもできない事態になっちゃって。だから、アタシは協力しよって申し出たの。でも、前になんかあったのか知らないけど、アイツは一人でやるの一点張りで全然聞いてもらえなかったんだよね。だから、そっぽ向いて一人で話を聞こうとしないアイツの肩掴んでアタシと無理やり向き合わせたの」

「そ、それで……どうなったの?」


 澪はおそるおそると言った様子で鈴音に続きを促した。すると、鈴音はにやりと意味ありげな笑みを浮かべてその続きを口にした。


「そしたら明嗣の奴、やっと素直になってね。大変だったけど、二人でなんとか事態を収める事ができたんだ〜。いやぁ……ほんとにあの時はヒヤヒヤしたよ〜」

「そ、そうなんだ……」


 とりあえず、その場はなんとかなったと聞いた澪は、ホッと胸を撫で下ろした。そんな澪の元へ駆け寄った鈴音は、澪の両肩を掴んでじっと目を見つめる。


「だから、澪も勇気を持って明嗣と向き合えば大丈夫! アイツはちゃんと話そうとしたらちゃんと聞いてくれる奴だから!」

「そ、そうかな……」

「うん! アタシが保証するっ!」


 不安げな表情で見つめる澪を勇気づけようと、鈴音は自信満々に満面の笑顔で頷いて見せる。すると、澪もその気になってきたのか、安心したように頬を緩ませた。


「……分かった。やってみる」

「うん! 頑張って!」

「うん! ありがとう鈴音ちゃん! あたし、ちょっと行ってくるね!」


 礼を言った澪はおそらくまだ明嗣がいるであろう1年A組の教室へ向けて駆け出した。一方、澪を送り出して一人になった鈴音は……。


「はぁ……貸し一つだからね、明嗣」


 助け舟は出してやった。あとはどうにでもなれ。一仕事終えたと言いたげな面持ちで鈴音は呟いた。その後、お助け料に何を請求しようか考える鈴音は、夜の吸血鬼狩りの準備をすべく下校した。




 場所は戻り、一年A組の教室では、寝落ちした明嗣が目を覚ましていた。


 やっべ、寝ちまってた……。


 ぐーっと身体を伸ばしつつ、明嗣は窓の外に目をやった。窓の外ではもう夕焼けの橙色の空が広がっている。


 やっべ、もうこんな時間かよ!


 思ったよりも長い時間眠っていた事に焦りつつ、明嗣は机のフックに引っ掛けたスクールバッグを手に取った。そして、肩に担いで教室を出ようとした瞬間、明嗣の耳に誰かがこちらの方向へ走ってくる音が飛び込んできた。ぶつからないように走る音が過ぎてから出ようと、明嗣は教室の出入り口で足音が遠ざかるのを待つ。すると、足音の主は事もあろうに一年A組の前で止まり、明嗣がいる所とは反対の出入り口から一年A組の教室へ入ってきた。


「よ、良かった……。明嗣くん……まだいた……!」


 全力疾走により疲れたように息を切らし、肩を上下させるその足音の主の正体は、鈴音の言葉を信じてやって来た澪だった。

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