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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE1-3 Nightraid “Jack the ripper”

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第21話 風刃の防壁

 かん高い破裂音が夜の住宅街に響き渡る。時折、コンクリートの山が崩れるガラガラと言う音や、何か金属が落ちるカンという音も混じるその場所は、見るもおぞましい光景と化していた。

 辺り一面は肉片と赤黒い液体が飛び散り、足元が滑りやすくなっているし、風と共に透明な何かが通り過ぎる度に汚物と鉄の匂いが鼻につく。生き物が死んだ時というのは、我慢していた物が流れ出る物なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも風と共に臓腑が舞い上がる場で踊る明嗣としては、この匂いをいっこうに好きになれそうになかった。

 一方、臓腑が舞い上がる原因の風を操る英国の殺人鬼、“切り裂きジャック”は愉快げに笑い声をあげた。


「あはは! すごいすごい! 足元が滑るのによくやってるよ! じゃあ、これはどうかな?」


 指揮者が指揮棒(タクト)を振るように“切り裂きジャック”がナイフを振る。すると、空気が渦を描くように流れ始めた。それに伴い、ミンチとなってしまったどこの誰かも分からない人肉も一緒にミックスされていく。


 やっべ!


 肌を撫でる風にゾッとするような寒気を覚えた明嗣は、即座に手元のスプリングフィールドXDMでナイフを撃ち落とすべく三回発砲した。しかし、飛翔する銀の弾頭は目標へ着弾する前に全て二つに切られ、撃墜されてしまった。同時に、空気の流れは動きを止め、渦を巻いていた人肉の欠片はその場でびちゃびちゃと音を立てて落下し、二人はそのまま睨み合いの状態となる。

 さて、このような攻防を何回か繰り返している二人だが、保たれていた均衡もそろそろ崩れるか、という段階にまで来ていた。

 理由はただ一つ。スプリングフィールドXDMの弾倉に詰められていた16発の銀弾も、底をつくまで残り4発となってしまったからである。

 どうせ様子見だから、と明嗣は自分の銃を持ってこなかった事を後悔した。弾切れの心配がないあの二丁ならまだマシな状況だったかもしれない。


 さて、どうしようかね……。


 Hunter's rustplaatsに連絡して増援を呼びたい所だが、目の前の相手はもちろん許さないだろう。

 スマートフォンを取り出すためにポケットへ手を入れた瞬間、すぐになます切りにされるのは想像にかたくない。


 あれ……もしかしてやばいんじゃね……?


 弾は残り4発、増援は期待できない。そして、目の前に立ちはだかるは、弾丸では抜けない障壁と見えない風の刃。死を意識させるには十分過ぎる状況だった。

 整理し終えた途端、明嗣は身体が震えだし、地に足がついてないような焦燥感を覚えた。これが死が目前に迫った者を襲う恐怖という物か。切れて血が流れる頬に、つと一筋の汗が伝う。

 明嗣の表情で己の優勢を感じた“切り裂きジャック”は、余裕の表情を浮かべながら、ナイフを軽く放り投げてもてあそぶ。


「あれぇ、震えだしてどうしたの? もしかして弾切れが近いの?」

「冗談。これは早くぶっ殺してやりたいのを抑えてるのさ」

「嘘が下手だなぁ。怖いのがバレバレだよ」


 虚勢を張っている事を看破され、明嗣は奥歯を噛んだ。言い返す余地がないのがさらに腹立たしい。そして、何よりも腹立たしいのは今までとちょっと違う敵が現れただけで、情けないほどに追い詰められて震えている自分自身だった。一人でやって行けると思っていたのに、こんなにも弱かったのか、と明嗣は己の無力を痛感する。


 何か盾みたいなモンでもありゃあな……!


 せめて見えない風の刃を防ぐ物が欲しい。それなら突撃して至近距離から銀弾を撃ち込む事ができるのに。

 この時、明嗣の脳裏には先日の忌々しい内なる吸血鬼との記憶が頭に浮かんでいた。特に、幅広い刀身を盾代わりに使って、銃弾を防いでいたあの時のシーンが強く鮮明に浮かぶ。ああいう盾に使っても良し、叩き切って良しの大剣が今の状況に丁度いい得物だろう。


 チッ……。嫌なこと思い出しちまった……!


 欲しいものと同時に、邪悪な笑みを浮かべる自分と同じ顔も思い出してしまい、明嗣は心の中で舌打ちをした。寄りにも寄って、自分の身体の主導権を狙う奴がこの状況を打開できるかもしれない物を持っているとは。

 無い物ねだりをしても仕方ないので、明嗣はひとまずこの場を脱する事に力を注ぐことにした。とは言え、残りの銀の銃弾は4発。これだけでどこまで行けるだろうか。

 どのタイミングでどう撃って“切り裂きジャック”から逃れるか算段を立てる明嗣。しかし、突如二人の間に割って入った声により、思考は遮られる事となる。


「おい! 君ら、そこで何をしている!」


 懐中電灯と共に現れた黒いシルエットの二人。独特の形をしたその帽子を被ったその二人組は、付近の住人の通報を受けてやってきた警官だった。当然、明嗣と“切り裂きジャック”の二人が立っている惨状も目に入る訳で、警官の二人は即座に腰の警棒を抜き、一気に警戒態勢へと移行する。


「二人共! 大人しくしろ! 今から拘束する!」


 相手が()()()()()に生きる者たちだったなら、適切な対応だったと言えるだろう。しかし、不幸な事に職務を全うせんとする公僕が遭遇したのは()()ではない、常識外の世界の住人だった。


「へぇ……あれが今のこの国の警官なんだ……。でも、気に入らない顔つきなのは変わってないなぁ……」


 おい……まさか!


 嫌な予感がした。反射的に明嗣はなけなしの銀弾を4発全てを撃ち放つ。だが、例によって銀弾は全て真っ二つに両断され、警官は上半身と下半身がお別れする事となった。これで手元の拳銃はスライドストップ。弾切れにより引き金が固定されてしまった。その上、最悪な事に銀の銃弾が真っ二つになった際、見えない刃が脇腹を裂いた。


 グッ!? やっちまった……!!

 

 たぶん、切れてはいけない所が切れたのだろう。脇腹からドクドクと大量の血液が流れ出る。対して、警官の身体から飛び散る鮮血の中で“切り裂きジャック”は初めて不愉快だと言いたげに鼻を鳴らした。


「あぁ……やっぱりいつの時代も警官というのは気に入らない顔つきだよ。自分が正しいことしてるって信じ切っているって面構えだ」

「そりゃそうだろ……。警察は法の執行者であって、ルールに従う者の味方だ」


 息も絶え絶えに言葉を返しながら、明嗣は構えた銃を下ろした。遊底(スライド)が後退したまま固定された状態なのでもう使用不能だ。なぜなら替えの弾倉が手元にないのだから、構えていたって仕方ない。

 明嗣の返事を受け、“切り裂きジャック”は哀れむような目つきで明嗣を見つめ返した。


「なら、そのルールは誰が決めたんだい? 誰が賛成した? 問題がないと誰が判断を?」

「知るかよ。今までそんな事考えた事もなかったモンでね……」

「そうなんだ。僕は幼い頃からずっと思ってきた。どうして世界は僕の味方をしてくれないんだろうってね。娼婦だった母さんにぶたれて警察に駆け込んでも警官は、母さんと二人で話し込んだ後は母親のもとへおかえりって言うだけだったし、どれだけ真面目に働いたとしても僕が娼婦の子だというだけで、世間は白い目さ。君はそういう目に遭った事がないんだろうね。羨ましいよ」


 クルクルとナイフを弄びながら、“切り裂きジャック”は遠い過去を振り返るような目つきになった。嫌な記憶を振り返っているはずなのに懐かしむような物だった。


「ある日、僕はいつものように母さんに殴られていた時のことさ。ついに我慢の限界を迎えた僕はりんごの皮を剥くために用意したナイフを母さんの腹に刺してやった。すると面白いくらいに母さんが泣き叫ぶんだよ。それがとっても心地いいんだ。もっと聞きたくてさらに突き刺したら母さんが静かになっちゃったんだよね。この時、僕は思ったよ。母さんが僕を殴っていたのはこういう事だったんだ、とね。気持ちいいからずっと僕を殴っていたんだよ。ひどいよね。自分だけ散々楽しんで僕が楽しむ番になったら死んじゃったんだ。でも、今までの分を考えたら一回じゃ満足できないからさ、他の女で同じように楽しむ事にしたのさ。せっかくだから母さんと一緒の娼婦でね。これが僕、切り裂きジャックの始まりって訳」


 自らの半生を語り終えるのと同時に“切り裂きジャック”はナイフを弄ぶのをやめた。同時に空気が渦を巻き始める。


「話を聞いてくれたお礼になるべく原型が残るようにトドメを刺してあげるよ」


 終わった……。


 明嗣は漠然とビリビリと空気が震えるのを感じていた。きっとこの後、自分も先程の警官のように切り刻まれるんだ、と死を受け入れつつあった。


 なっさけねぇなぁ……。こんなとこで死ぬのを覚悟すんのかよ……。

 今更出てきてなんだよ……。もうどうしようもねぇんだよ……。


 挙げ句の果てには内なる吸血鬼(もうひとりのじぶん)の呆れた声まで脳内に響いてきた。だんだんと薄れゆく意識の中、明嗣は内なる吸血鬼の声をただ聞いていた。


 しかたねぇ。ここで死なれちゃ困るし……ちとサービスしてやるよ。

 サービス……だと……?


 そこで明嗣の意識は闇に落ちた。同時に渦巻く空気は刃となり、気を失った明嗣の身体へ襲いかかる。迫る空気の刃を前に明嗣の身体はピクリとも動かず、なます切りとなってしまった。トドメを刺したと確信した“切り裂きジャック”は疲れたように脱力した。


「この力、使ったら結構腹が減るなぁ……。使う度に血を吸わなきゃならないのが難点だ。だから、なるべく形が残るようにしたんだけど」


 いくら腹が減ってるとは言え、地面に飛び散り、汚物が混じった血をすするのにはいささか抵抗がある。これでも一応、食事のマナーは弁えているつもりだ。

 悠然と“切り裂きジャック”は動かなくなった明嗣の身体へ近づいていく。そして、腕を掴み上げて口元へ近づけた瞬間、ふと“切り裂きジャック”は明嗣の身体の変化に気づいた。

 なんと、なます切りになって傷だらけになっているはずの明嗣の腕が傷一つない綺麗な物となっていたのだ。


「あれ? しっかりとやったはずなんだけどな……」


 しっかりと目の前で切り刻まれる様子を見ていたのにどういう事なのか、と“切り裂きジャック”は首を傾げる。しかし、空腹による血への渇望が思考を頭の片隅へ押しやった。

 さぁ、ようやくの食事だ、と“切り裂きジャック”は口を大きく開いた。牙が腕に突き立てられようとしたその瞬間、明嗣の指先がピクリと動いた。


「……てめぇ、誰に許可もらって血ぃ吸おうとしてんだ?」

「ッ!?」


 いきなり聞こえてきた不機嫌な声に“切り裂きジャック”は慌てて飛び退いた。同時に、気を失っていたはずの明嗣の身体がゆっくりと起き上がる。


「ったく、手のかかる奴だな明嗣(おまえ)は……」


 突如として起き上がった明嗣は、呟きながら身体の調子を確かめるように肩を回す。動かす度にゴキゴキと鳴ることから、よほど身体が固まっていることが伺えた。


「おかしいな……。しっかりトドメ刺したはずなのにどうして生きているんだい?」


 当然の疑問を“切り裂きジャック”が口にした。すると、明嗣のような()()は気だるげな調子で“切り裂きジャック”の疑問に答えた。


「あぁ、明嗣(コイツ)は身体が半分吸血鬼でな。ちょっと刻まれたくらいじゃ死なねぇ身体なんだよ」

「コイツ? 君は違う人なのかい?」

「まぁ、当たらずとも遠からずって奴だ。俺はコイツの中に眠る吸血鬼、ある意味お前と一緒の化け物だ。ちょっと今コイツに死なれちゃ困るんでな。前に対面した時、コイツの身体に作った秘密の通路を使って出てきたのさ。ついでに、ちょっとの間だけ眠っている力も引き出させてもらってな」


 にやりと明嗣の身体を乗っ取った内なる吸血鬼は口の端を吊り上げた。そして、最終調整だと言わんばかりにシャドウボクシングを始めた。


「この身体は絶賛成長期。熟すまでに摘まれたら困るって訳さ」

「へぇ、そうなんだ。なら、それでも殺して血を吸うと言ったらどうなるのかな?」


 どうせ死に体だろう、と“切り裂きジャック”は余裕の笑みを浮かべている。対して、内なる吸血鬼は身体に殺気を纏わせて拳を握った。

 

「そうだな……。そんじゃあ……その首ちぎってナイフにぶっ刺してやるよ!」


 言うやいなや、さっきのお返しをしてやる、と内なる吸血鬼は腰を落として地を蹴り、“切り裂きジャック”へと襲いかかった。 

 

 

 

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