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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
Extra EPISODE3

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118/121

Hunter's rustplaatsの一日 後編

 PM1:22

 特に変わった事も起こらず、ランチタイムも佳境という時刻になった時の事だった。


「ありがとうございましたー!」


 澪が元気な挨拶と共に会計を終えた客を送り出した時、入れ替わるように1人の少女が来店する。栗色の髪を束ね、ピンクのノースリーブシャツに黒のタイトパンツといった出で立ちの彼女は、この店にいるもう一人の吸血鬼ハンターである持月(もちづき) 鈴音(すずね)だ。


「やっほー。頑張ってる?」

「あ、鈴音ちゃん。いらっしゃい」

「今日も暑いね〜。外に出たら溶けそうになっちゃった」


 お互いに小さく手を振って挨拶を交わす。鈴音がカウンター席に腰を下ろすと、厨房からアルバートが狙いすましていたかのように、ソーサーに乗せたティーカップを運んできた。中には冷たいレモンティーが注がれている。


「今日は遅いお出ましだな、鈴音ちゃん。どうかしたのか?」

「今日はちょっとゆっくりしてただけ。たまにはダラ〜っとした朝も良いかな、と思ってさ」


 と、答えながら鈴音はレモンティーを1口飲む。その後、店内を見回した。


「あれ? 明嗣は?」

「明嗣くんなら駅前の方に行くって言ってたかな。何か用事があるんだって」

「駅前? まさか……」


 澪の返事を聞いた鈴音は、思案するように口元に手を当てる。その仕草を受け、澪が不思議がる表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「実は駅前の方にあるんだよね……。この間、明嗣が行ってた秘密酒場(スピークイージー)って所……」

「え、そうなの!?」


 澪が目を丸くした。その後、抱えていたトレイを握る力を強めて、嫌そうな表情を浮かべる。


「明嗣くん、いったい何しに行ったんだろう……」

「まさか……その……」


 どうやら、その秘密酒場(スピークイージー)という所は、彼女達にとって良くない所らしい。ティーカップのレモンティーを一気飲みした鈴音は、勢い良く席から立ち上がった。


「探しに行こう。澪、バイト何時まで?」

「午後1時半までだからもうすぐ」

「なら、終わったら急いで駅前だね」

「うん」


 澪と鈴音がお互いに深刻な表情で頷き合う。すると、アルバートが厨房から顔を出した。


「2人とも、ちょっと先走り過ぎだぞ。別に駅前にあるのは秘密酒場(スピークイージー)だけって訳じゃ……」


 はやる2人を諌めようとするアルバート。だが、彼の声は届いておらず、澪と鈴音の話は進んでいく。


「何か準備した方が良いかな……。護身用のグッズとか」

「大丈夫。いざとなったらアタシが引き受けるから、澪は全力で明嗣を引っ張って逃げて」

「うん。頑張る」

「ダメだこりゃ。全然聞いちゃいねぇ……」


 暴走する少女2名を前に、アルバートがガックリと肩を落とした瞬間だった。突如、店の固定電話が鳴る。


「ったく、なんだよ……。Hunter's rustplaats。ああ……何?」


 面倒そうに受話器を取ったアルバートの顔色が変わる。その後、チラリと彼女らの方を一瞥すると、アルバートは声を潜めて返事をした。


「分かった。その依頼(ヤマ)は俺がやる。報酬は……ああ、そうだ。よろしく頼む」


 何やら気が乗らない話だったのか、受話器を置くアルバートの表情が暗い。やがて、アルバートは鈴音と話し込む澪へ呼びかけた。


「澪ちゃん、今日はもう上がって良いぞ」

「え、もうそんな時間ですか?」


 話に夢中になっていた澪が驚いて壁掛け時計を見上げる。すると、アルバートは苦笑いで返す。


「いや、ちょっと今日は俺が“仕事”しなきゃならない依頼が来たからな。だから、その準備するから今日は営業終了だ」

「え〜? 今回の標的ってそんなに強いの?」


 鈴音が不満げに口先を尖らせる。対して、アルバートは申し訳なさげに肩を竦めて見せた。


「まぁ、明嗣にも荷が重いからな。今回は俺の独り占めさせてくれ」

「なんだか引っかかる言い方だけど……。まっ、仕方ないか。りょーかい。じゃ、澪。行こっか」

「うん、すぐ準備するね」


 頷いた澪がエプロンを脱ぎながら奥の部屋へ消えて行った。その後、二人を見送った後、アルバートは銃火器や首を刎ねるための鉈がしまってある地下工房へと下りていった。




 PM10:28 

「これが記録した映像の全てです」


 薄暗かった部屋の中が明るくなり、映像の鑑賞を終えた()()()の青年がリクライニングチェアに埋まりながら渋い表情を浮かべた。


「特に怪しい所はなかったな……。強いて挙げるなら、あの電話くらいか……」

「逆探知はできませんでした。おそらく秘密酒場(スピークイージー)からだと思います」


 朝にカメラを忍ばせる事で映像を撮影した黒髪の少女、エリからの報告を聞いた青年は腕を組んで続ける。


「でも困ったな……。ここら辺で今、一番厄介な吸血鬼ハンターがあの店にいる奴らなのに、弱点になりそうなのがあのバイトの子くらいしかないな。どうやって片付けようか……」


 思案顔で青年は天井を見上げる。すると、エリが甘えるように青年に絡みつく。


「ねぇ、ご主人様……。そろそろご褒美をくださいません?」

「あぁ……。そうだね。忘れていたよ」


 いたずらっぽく笑みを浮かべ、青年が優しくエリの頭を撫でる。その後、首筋を指先でなぞると、軽くキスを落として舌先で首筋をくすぐる。


「んっ……。くすぐったい。じらさないでください」

「ごめんごめん。それじゃあ……」


 戯れはここまで、とばかりに青年が大きく口を開いた。その口には白く細長い牙があり、今まさにこの瞬間、エリの首筋に突き立てられようとしている。だが、その前にコン、コン、コン、と誰かがノックをする音が響いた。


「誰だ?」


 お楽しみの途中で邪魔が入り、不機嫌な表情を浮かべる青年。すると、同じく水を差されて機嫌を損ねたエリが様子を伺いに扉を開けに行く。


「ちょっと誰? 今、忙しい……」


 直後、バシャリと何か液体が降り掛かってエリの身体を濡らした。どうやら、水を掛けられたらしく、ずぶ濡れとなってしまったようだ。当然の事ながら、出会い頭に水をぶっかけてきた謎の訪問者を前に、エリは不快感をあらわにする。


「何するの! いきなり水を掛けてくるなんてどういうつもり!?」

「反応がねぇ、って事は中だな。ちょっとごめんよ〜」


 水を掛けてきた来訪者、アルバートは許可を取ることもせず、部屋を上がり込む。


「ちょっと! いきなり何!? アタマおかしいの!?」


 エリの言う事を無視して、アルバートはズンズンと中へ踏み込んでいく。やがて、リクライニングチェアに座っている青年を目にした途端、懐から中が水で満たされた小瓶を取り出して栓を抜く。


「一応念の為、っと」


 なんのためらいもなく、アルバートは小瓶の水を青年へ浴びせた。すると、青年の顔が酸性の液体薬品で被ったかのように(ただ)れていった。


「ぎゃあああ!? 聖水だと!? まさか――」

「そう。吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターだ。毎度おなじみのな」


 つまらなそうに、アルバートが腰のホルスターからFN ブローニングパワーを抜くと、撃鉄を起こしてよく狙いを定める。そして、容赦なく引き金を引き、青年の頭を撃ち抜いた。銀の銃弾に頭部を撃ち抜かれたその身体は、まるで魔法が解けたかのように、サラサラとその姿を灰の山に変える。


「まったく……。恋人から金巻き上げといて、自分は吸血鬼に浮気とは……。どうしようもないな……」


 撃鉄を戻してホルスターへ拳銃を収めると、アルバートはたった今出来上がった灰の山を前に、呆れたようにため息を吐く。すると、エリがアルバートに掴みかかった。


「どうして! どうして彼を殺したの!」

「理由なんて、()()()()()()()。ただそれだけさ」

「依頼……!? 誰? 誰がそんな事!」

「さぁね。俺には関係のない事だ」


 淡々と答えたアルバートは、ふと何かを思い出したかのように、部屋を見回した。そして、ディスクドライブを見つけると、再び銃を抜いて照準を向ける。


「悪く思うなよ」


 断りを入れて、アルバートは引き金を引いてディスクドライブを破壊した。


「このままだと、アイツらの盗撮映像が出回っちまうかも、だからな。俺や明嗣はともかく、他の二人はちょっとな……」


 と、一人言を呟きながら、アルバートは今度こそ仕事は終わったと、灰の山を前に泣き崩れるエリに背を向けた。


子供(ガキ)にはまだ早いからな、この役回り(コイツ)は」


 アルバートは仕事終わりの一服とばかりに、煙草に火を点けて歩き出す。やがて、たなびく紫煙と共にその背中は闇の中へ消えて行った。



 

 これがこの店の日常の1ページ。こうして、Hunter's rustplaatsの一日は終わり、何事もなかったかのようにまた一日が始まるのだった。

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