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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE3-4 Romance monster

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第107話 人を捨てた夜(前編)

 突如、明嗣が言い放った一言に、茉莉花は先程までの余裕が嘘のような放心の表情を浮かべていた。それだけは知られたくなかったと言いたげな、全てが終わった表情だ。当然の事ながら、明嗣も憐れむような眼で茉莉花を見返している。

 

「なんで……どうして明嗣くんがそれを知ってるの……?」


 明嗣から出た一言に、理解を拒むように首を振る茉莉花。だが、一方で言葉の意味が理解できず、頭に疑問符を浮かべる者が2人いた。


「どういう事? 言ってる事がちょっと……」

「そうだよ。家族なんだから愛する事なんて良い事でしょ?」


 意図が掴めず澪が素直に疑問を口にすると、同じく真意が分からない鈴音がそれに続く。

 すると、明嗣は頭痛を抑えるようにこめかみに指を当てた。


「なんとなくで良いから察してくれよ……。それとも今すぐ暴露大会でも開催して詳細に語り聞かせてやろうか?」


 ただの売り言葉に買い言葉のやり取りだ。そんな事をする気がサラサラないというのは分かっている。だが、今までの余裕が即座に消え失せる程の衝撃を茉莉花に与えたのも、また事実。いったい、どういう意味なのか気になる鈴音が、断られるのを覚悟で話題を広げようとした。


「まぁ、たしかに……。今回は散々振り回されたんだし、ちょっとくらい知る権利が……」

「やめて! それ以上わたしの過去に踏み込まないで!」


 鈴音の言葉を遮るように茉莉花が叫んだ。まるで必死で何かを隠そうとする子供のような表情を浮かべている。その反応を受け、澪が何かを感じ取ったように顔を上げる。


「もしかしてお兄さんを……」

「いや、少し正確じゃなかったな。コイツはただ依存していただけさ。そして、兄貴がダメになったから新しい依存先を探していた。だから、男をとっかえひっかえしてた訳さ。自分を騙すためにな」


 明嗣は澪の言わんとする事に首を振って見せた。そして、吐き捨てるように話を続ける。


「でも見つける事ができなかった。そんな所でトドメに俺だ。だから、コイツは悪魔を喚んで真祖になったつー訳だ」

「そんな……。ひどい……」


 情報屋(ブローカー)からこの情報を受け取った時、明嗣が抱いた感情は憐れ以外の何物でもなかった。茉莉花の義兄が「茉莉花に迫られて困っている」とこぼしていた事や、その場でされたやり取りを聞かされていた同窓生の話まで読んだ時にはもう、感想すらも言えなくなった程だ。かける言葉が見つからないとは、こういう事だと理解した瞬間だった。

 一方、明嗣の推理を聞いていた茉莉花は開き直ったように返す。

  

「そこまで知ったなら、わたしを受け入れてよ……! もう、わたし、明嗣くんしか……!」


 この時、助けを求めるように呼びかける茉莉花の脳内には人を捨てた夜、越えてはならない一線を超えた時の事を思い返していた。




 その夜、茉莉花が帰宅すると大学生である茉莉花の兄が居間でテレビでニュース番組を見ていた。2人の間に血縁関係はない。再婚した事により結ばれた義理の兄妹関係だ。


「あ、おかえり」

「うん、ただいま」


 挨拶を返すと、茉莉花はおもむろに制服の襟を緩め、ブラウスのボタンを外した。そして、背もたれの低いソファに座る兄を背後から腕を回して抱きつく。


「茉莉花ちゃん……?」


 いったい何事かと振り返った瞬間、茉莉花は自身の兄へ口付けをした。いきなりのキスに驚いた茉莉花の兄、蓮は反射的に突き放す。


「ちょ……!? 茉莉花ちゃん! いったい何を!」

「お兄ちゃん……。この間のあれ、わたしは本気だよ」

「この間のって、まさか……!?」

「うん。わたし、お兄ちゃんの事が好き。だから、わたしの事受け入れて……」


 茉莉花の言葉に蓮は顔を青ざめさせた。実は1週間前にも、茉莉花は蓮に自分の想いを告白した事があったのだ。しかし、蓮は大学生で茉莉花は中学生だ。ただの気の迷いだと思った蓮は、波風が立たないように優しくお断りの返事をしたはずなのだが……。


「こんなのダメだ! 俺達は家族だろ!」

「でも、血は繋がってないよ? 家族って言っても形式上だけじゃない」


 そんな事は関係ない、と茉莉花はゆっくりと回り込み、覆いかぶさるように跨った。そして、熱に浮かされたような潤んだ瞳で蓮へ訴える。


「お願い……。わたしを見て……。わたし、お兄ちゃんになら何をされても良いよ……?」


 蓮の腕を引っ張って自分の胸に触れさせ、茉莉花は再び口付けをする。今度は唇が触れ合うだけ物ではなく、舌を絡ませる情熱的な物。無理やり舌を絡ませ、唾液を飲ませながら、茉莉花は蓮に自分の胸を揉ませるように動かす。だが、蓮は茉莉花を突き飛ばし、再び茉莉花の誘惑を拒絶した。


「いい加減にしろ! そんな事……できる訳ないだろ!」

「どうして……!? わたしが義妹だから?」


 理解できないと言いたげに茉莉花はその理由を尋ねた。すると、蓮は茉莉花が一番聞きたくなかった答えを口にした。


「それだけじゃない! 彼女もいるんだよ! だからもう二度とこんな事するな!」


 肩を怒らせて蓮はリビングを出て自室へ行ってしまった。しん、と静まり返った部屋には服をはだけさせた茉莉花が一人だけ残された。


「なら……わたしはどうしたら良いの……?」


 気が付くと、茉莉花は涙を流していた。相手にしてくれる訳ない、と諦めて自分の想いに蓋をして常に新しい恋人を探して付き合っていた。だが、それでも一つ屋根の下で暮らしているから、すぐに虚しくなって別れる事を繰り返していた。そんな中、朱渡 明嗣という不思議な男の子に出会った。何をするにも冷めた目で淡々とこなして、一人でいる時はどこか遠くを見ているような目をしている同級生。最初はそんな印象だった。でも、友達と話している時だけに楽しそうな笑顔を見た時、茉莉花はなんとなく目で追うようになっていた。そして、この男の子なら蓮を忘れさせてくれるのではないか。いつしかそう思うようになっていた。

 だが、それもダメになってしまった。思い切って明嗣に想いを告白してみたが、フラレてしまったのだ。友達にひどい事をしたから。ただそれだけの理由で。しかし、茉莉花はそれのどこが悪いのかと思っていた。今の恋人よりその友達が好きになってそっちと付き合うなんてよくある話なのに。そもそも気を引くのにちょうど良いと思ったから、罰ゲームにかこつけて告白しただけなのにそこまで怒る事ないではないか。そして、思い切って蓮に迫ってみたらあの通りだ。


 ここまでやってもダメなら、もう……。


 茉莉花はネットで見つけた噂を思い返す。どうにかして、蓮を振り向かせる事ができないか、とその方法を探していた時に見つけた、(まじな)いの噂だ。今日出かけていたのも、その噂の真偽を確かめるためである。

 結論から言えば、噂は半分本当で半分嘘と言わざるを得なかった。その呪いを知っている者を訪ねてみると、確かにその人物はいた。だが、その呪いの内容が悪魔を呼び出して願いを伝えるという、極めて胡散臭い物だったのだ。だが……。


 どうせダメなら……。


 諦めるための儀式にはちょうど良い。失意の茉莉花はそのほとんどがガセであるオカルトに頼る事にした。自室に籠もった茉莉花は、さっそくその儀式を行う準備を始めた。と、言ってもやる事は2つ。儀式を行う前にもらった小瓶の中身を飲み干す事、そして床に魔法陣を描いて悪魔にこちらへ来いと念じる事。これだけだ。


 意外とあっさりしているけど、まぁこんな物なのかな。


 どうせただのお遊びだ。大掛かりな準備が必要ではないのは茉莉花としてもありがたい。でも、もしかすると……。淡い期待が茉莉花の胸に高鳴らせる。もし、本当に悪魔が出てきたのなら。もし、本当に悪魔がこの想いを叶えてくれるのなら、もう何もいらない。その一心で、茉莉花はナイフで自分の手首に切り、魔法陣へ自分の血を垂らす。もし、儀式が本物ならば魔法陣の中から悪魔が出てくるはずだ。

 自分の中で心臓の音がドクドクと響く。もし、本当に悪魔が出てきたのなら……。期待と緊張で身体がこわばるのが分かる。


 お願い……! 出てきて!


 目を閉じ、茉莉花は祈るように手を組んで念じる。だが……。


 ……やっぱり、か……。


 目を開けて、茉莉花は肩を落とした。魔法陣には光を放ったり、煙が出るなどの変化は見受けられない。この魔法陣は偽物だったのだ。


 そう……だよね……。やっぱり悪魔なんて……。


 分かってはいた事だ。こんな簡単な事で結ばれるのなら、誰も失恋で悲しんだりはしない。ため息を吐き、茉莉花は後片付けのために用意していた水を張ったバケツに雑巾を入れる。


 どうかしてたな、わたし……。


 茉莉花は2つの恋が同時に終わった事を悟り、再び涙を流し始めた。もう意味はないので、魔法陣を消そうと絞った雑巾を縁に当てた瞬間だった。異変が起きる。突如、照明の光が点滅し始める。


 何……?


 だんだんと点滅の間隔が短くなっていく。さらに、短くなる点滅の間隔に合わせて、部屋の中の家具も震えだす。やがて、完全に照明が消えた瞬間、“それ”は茉莉花の前に現れた。


「なんだァ? オレを呼び出すバカは誰だと思ったら、まだ小娘じゃねぇか?」

「小娘とは品がない。せめてお嬢さんと呼んで差し上げましょうよ」

「あ……え……?」


 驚きのあまり、茉莉花は目の前に現れた“それ”の前で腰を抜かしてへたり込んでしまう。まず目に付くのは3つの頭、その全てが()()()()()点だ。最初に言葉を発した声は雄牛の形をしていた。次に言葉を発したのは雄羊、そして残る3つ目は鬼の形をしている。これ以上ない程に、茉莉花の前に現れた“それ”は異形だった。


 もしかして、これが……?


 本能的に呼び出した悪魔はこいつだ、と茉莉花は感じ取った。


「ほ、本当に……?」

「ア? なんだァ?」


 雄牛の頭が茉莉花を睨む。その眼差しに茉莉花は思わず背筋が凍るのを感じた。言葉を1つ間違えただけで殺される。言葉にせずとも理解させられるだけの凄みが、その眼差しにあった。


「本当にあなたが願いを叶えてくれるの……?」

「ええ、そうですね。もし、あなたが本当に望むのなら」


 粗野な雄牛に代わり、今度は雄羊の頭が丁寧な口調で返す。


「ただし、代償は払ってもらいます。仕事には報酬を支払う。あなたの世界だってそうでしょう?」

「だ、代償って何を……」

「そうさなァ……。まぁ、特別な事が無ければ()()()()、大抵はそうなるな」


 雄牛頭が値踏みするように茉莉花を観察する。


「死んだ後、お前の魂は俺達の玩具になる。永遠にな。お前を嬲るのは楽しそうだ。どうだ? 怖気付いたか?」

「わ、わたし……」


 雄牛頭の問いかけに茉莉花はたじろぐ。死んだ後、どうやらこの異形の悪魔の玩具にされるらしい。だが……。


 わたしには……もう、失う物なんて……。


 明嗣にはフラれ、蓮には拒絶された。もう、怖いものも失う物も何もない。


「さぁ、どうするのですか? 願いますか? それともやめますか?」

「わたし、は……」


 雄羊頭からの問いで、茉莉花は今、自分は境界線に立っている事を理解する。ここから先へ踏み込めば、もう後戻りできない。そう感じさせる予感が茉莉花にはあった。やがて、茉莉花は覚悟を決めた。


「わたしは愛されたい! 誰もがわたしを一番大切してくれるような、そんな愛が欲しい!」


 ずっと不満を抱えていた。いつもそばにいるのに、義妹以上の扱いをしてくれない義兄に。もっと恋人っぽい事をしたいのに、踏み込んで来てくれない同年代の男子達に。そして、自分よりも友達を選んだ明嗣に。そんな物よりも自分を一番見て欲しい。愛でてほしい。触れてほしい。特別にしてほしい。求めてほしい。優しくしてほしい。そして、愛してほしい。それが茉莉花の願いだった。

 吐き出すような茉莉花の叫びを聞いた悪魔は、その願いに満足したように頷いた。


「良いだろう。このアスモデウスがお前の願い、叶えてやろう!」


 自分の名を高らかに告げた悪魔、アスモデウスの3つ目の頭が自らの沈黙を破る。今まで黙っていた鬼の形をしたその頭は、茉莉花の事を捉えたその瞬間に首を伸ばして茉莉花へ襲いかかった。


「きゃっ……ぅぁむぐっ!?」


 一瞬の間を置き、茉莉花は自分が何をされたのかを理解した。なんと、アスモデウスの鬼の首は茉莉花に絡みつくと、茉莉花の唇を奪ったのだ。


 い、いや……!


 生理的嫌悪感が茉莉花の中に湧いてくる。やがて、鬼の方から何かを吸い取られるような感覚を味わう。


 な、何……これ……!?


 頭の中がフワフワする。まるで、魂を吸われているかのような感覚だ。そして、今度は何かが流し込まれるような感覚を味わう。やがて、用は済んだとばかりに鬼の頭はお互いの唾液で作られた銀の糸を引きながら離れた。

 

「何を……したの?」

「なぁに、ただの契約ですよ。これで死んだ後、あなたの魂は私の元へ来るようになった。ただそれだけです」

「そして、お前は自分の欲する物を手に入れた。良かったなァ、小娘?」


 それにしては気分が悪いんだけど……。


 心の中で不満を漏らしつつ、茉莉花は緩慢な動きで立ち上がった。なんだか、頭がフラフラするような感覚する。そして、とてつもなく喉が渇き、何かを腹に入れたくて仕方ない。

 いったいどうしたんだろう、と考えているとアスモデウスの姿はいつの間にか消えていた。だが、茉莉花は気にもとめず、おぼつかない足取りで冷蔵庫へ向かった。

 とにかく、今は飲み食いしたくてたまらない。

 

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