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ヴァンプスレイヤー・ダンピール  作者: 龍崎操真
EPISODE3-3 Info broker is in The Speak easy

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第100話 燐藤 茉莉花という女

 花を求めるように一匹の蝶が舞う。そして、求めていた花はあなただ、と言わんばかりに差し出された人差し指に止まって羽を休める。


「ふふ……良い子」


 蝶の止まり木となった人差し指の主、茉莉花がその様子に微笑みを浮かべた。まるで、自分の庭園でティーブレイクを楽しむかのような余裕を覗かせている。今いる場所が敵地で、目の前に2人の吸血鬼ハンターがいるのにも関わらず、だ。


「だ、誰……いつの間に入ってきたの……!?」


 目の前の光景を前に、鈴音が信じられない、といった表情で首を振る。入る時は確実に一人だったはずだ。扉には準備中の札が提がっていたので、客が入ってくる事も考えづらい。なら、目の前のこの女はどうやって入ってきた? 得体の知れない少女を前に、鈴音とアルバートは意識を警戒態勢に切り替える。チラリと鈴音が「自分が先陣を切る」とアイコンタクトで伝えた瞬間、茉莉花がクスリと笑みをこぼした。


「あぁ、それはね……」


 茉莉花の姿が忽然と消えた。同時に、鈴音は竹刀袋の中から刀を取り出し、鍔に親指を当てる。春や秋冬の服装なら袖の中に暗器を仕込んでおく事もできたが、現在は初夏。袖の短い夏服なので、太もものポーチにあるクナイを取り出すよりも、刀を手にした方が手っ取り早いのだ。抜刀の態勢に入った鈴音は感覚を研ぎ澄ませて周囲を探る。


「どこに消えたの……!」


 周囲を見回しても、先程までいた茉莉花の姿は文字通り影も形もない。ただ、何かがいる気配だけはヒシヒシと感じる。アルバートもテーブルの裏に隠していたハンドガン、グロック 17を手にして警戒する。僅かな物音も聞き逃すまいと2人は息を潜める。店内にはサブスクリプションサービスのジャズBGMが流れるのみ。それ以外は物音一つ聞こえない。

 やがて、茉莉花は姿を現した。場所は()()()()()()()()()()()()


「こうやって、あなたの影に入って付いて来ちゃった。びっくりさせてごめんね?」

「――ッ!?」


 背後から聞こえたので、鈴音は振り向きざまに抜刀する。だが、再び茉莉花は影の中に潜り込み、刃は文字通り空を斬る。そして、今度はテーブルの影から姿を現した茉莉花が口を尖らせた。


「ひどいなぁ……。戦いに来たんじゃなくてお話したいだけなのに」

「ほー? お前さん、ここがどういう所か分かって言っているのか?」

「レストランだと思うんだけど……違うの?」

「正解だ。ただし、お前さんみたいな吸血鬼を狩るオーダーも承る掃除屋でもあるのさ」

「すごーい! おじさん、わたしが吸血鬼だって一目で分かるんだ!」


 グロックの撃鉄を起こしつつ、アルバートはチラリと窓の方へ目をやる。今の所、店に近付いてくる人影は認められない。だが、そろそろ澪がアルバイトに来る時間なので、早めに追い返すなり拘束するなり何かしらの対応をしなければならない。ひとまず、アルバートは目的を探るためにできるだけ目の前にいる少女についての情報を集める事にした。


「今度はこっちの質問に答えてもらう番だ。お前さん、いったい何者だ」

「んー、一言で言えば……吸血鬼?」

「それは分かってるよ。職業、名前、目的その他もろもろ。こんな所にわざわざやってきた理由を教えろって言ってんだ」

「なぁんだ、そういう意味か……。それならそうと言ってくれればいいのに……」


 不満げに口を尖らせる茉莉花。だが、すぐに機嫌を直すと、茉莉花は鈴音へ近付いた。


「わたし、あなたとお話したくて付いて来たの」

「あ、アタシ……?」

「そう。あなた」


 困惑の表情で自分を指さす鈴音に、茉莉花はこくりと頷いて見せる。


「さっき、明嗣くんと話していたよね? いったいどんなお話をしていたのか聞きたくなったの」

「お前さん、明嗣の知り合いか」


 疑るようにアルバートが茉莉花へ呼びかける。秘密の友達でもいない限りは、明嗣の知り合いに吸血鬼はいないはずだ。なぜなら、今まで明嗣の前に立った吸血鬼は例外なく葬ってきた。()()()()()()()()()()()()()()()

 鈴音も同じ考えに思い至ったのか、改めて茉莉花へ向き直る。


「もしかして燐藤 茉莉花……?」

「そうだけど……あれ? わたし、あなたと会った事あったかな?」


 どうして自分の名前を知っているのか、と茉莉花は首を傾げた。当然だ。なんせ、お互い初対面。しかも、向こうは一方的に自分の名前を知っているのだから無理もない。


「明嗣から聞いただけ。何をしたのかも」


 答える鈴音の声にはうっすらと嫌悪の感情が乗っていた。だが、茉莉花は気にも留めず返す。


「そうなんだ! わたし、明嗣くんを怒らせちゃったんだよね……。ここに来たのもそれが理由なの」

「どういう事?」

「明嗣くん、最初はあなたに冷たかったのに別れる時は笑っていたよね。だから、どうやったら明嗣くんの笑顔を引き出せるのかな、と思って。それを聞きたくて来たの」

「なっ……!」


 言葉が出ない、とはまさにこの事を言うのだろう。目の前にいるこの女は自分のした事を分かっているのか? 純粋にその疑問だけしか出てこない。相手の大切な友達を殺しておいて、その相手からどうしたら笑顔を引き出せるのか、とはあまりにも……。掛ける言葉を見つけられず、何も言えないでいる鈴音とアルバート。一方、茉莉花はそんな事もお構いなしに言葉を失った鈴音に対し迫っていく。


「ねぇ、どうやって笑顔にしたの? 明嗣くん、わたしの前だと怒ったり悲しい顔しかしてくれなくて……」


 茉莉花は悲しむように目元に滲む涙を拭う。だが、アルバート、何より近くでその表情を見ている鈴音が茉莉花の態度に対して、不信感をあらわにする。


「ねぇ、いったい明嗣の事をどうしたいの?」

「え……?」

「明嗣の周りをめちゃくちゃに引っ掻き回したかと思ったら、今度は笑顔にしたい? なにそれ。本気で言ってるの?」

「い、いきなりどうしたの? 何をそんなに怒って……」


 冷たく突き放すような口調となった鈴音に対し、茉莉花は困惑の表情を浮かべた。対して、鈴音は軽蔑の眼差しと共に、核心を突く一言を口にする。


「本当は、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……どうしてそう思うの?」


 瞬間、茉莉花の表情から心が消え失せた。浮かべている笑顔も、無機質でとりあえず笑顔の形をかたどったといった印象の仮面のようだ。その反応で確信した鈴音はさらに畳み掛ける。


「だって、明嗣の気持ちなんてちっとも考えてないじゃん」

「誤解だよ。わたしは……ただ明嗣くんに笑って欲しくて……」

「なら、なんで明嗣の友達を殺したの。そんな事したら誰だって許せない気持ちになると思わなかったの?」

「それは……燈矢くんがわたしの悪い噂を明嗣くんに吹き込んで……」

「なら、明嗣にそう言えば良かったでしょ。どうしてそうしなかったの?」

「だって……2人はずっと一緒にいて……」

「だったら、明嗣の目の前で訂正させれば良いじゃん。なんで――あぁ、だからか」


 徐々に返答がしどろもどろになっていく茉莉花の様子に、鈴音は一人で納得したように頷く。そして、トドメと言わんばかりにそれを口にした。


()()()()()()()()()()だったんだ? だから、相手の気持ちなんて分からないし、さっきから言い訳ばっかり並べて自分が悪いって認められないでしょ? そんなだから、明嗣にフラれるんだよ」

「……はぁ?」


 瞬間、茉莉花が身に纏う空気が一変した。先程までの穏やかに微笑む可愛らしさは一気に消え失せ、今は冷たい冷笑の仮面のような表情へ変わっていた。


「わたしの気持ちが嘘だって言いたいの?」

「そこまでは言ってないじゃん。あ、もしかして分かってなかった? 今までフラられた事なくて、受け入れる事ができなかったからムキになってるだけだって」

「違う……」

「男子の事をトロフィーだと思ってたんでしょ?」

「違うの……!」

「どこが? なら、なんで明嗣の友達を殺したの? フラれた腹いせにちょうど良かったからでしょ?」

「違う!」


 鈴音の糾弾に耐えきれず、茉莉花が叫ぶ。


「どうして皆でわたしを虐めるの……!? わたしはただ……!」


 苛立たしげに茉莉花が右手を振り上げた。だが、茉莉花が何かするより先にアルバートの対処が早かった。


「おっと! 」


 アルバートがいつの間にか手にしたリモコンを操作すると、店内のBGMがジャズから聖句の詠唱に変わる。人が詠めばその効果は吸血鬼を屠る威力だが、スピーカーから流された物は吸血鬼を苦しませるのがせいぜい、命を奪うまでには至らない。だが、追い払うには十分の威力はある。

 その証拠に聖句に切り替わった途端、茉莉花は耳を塞いで悲鳴を上げ始めた。


「きゃああああ!? な、何……!? 頭の中が焼かれる!?」

「マスター、ナイス! 今の内に――ッ!」


 チャンスとばかりに鈴音が茉莉花の首を狙う。だが、苦しむ茉莉花に蝶が集まり、その身体を覆い隠し、どこが首なのか分からなくなってしまった。


 ――ここ!


 ()()()を付けて、鈴音は刀を一文字に振る。しかし、結果は数匹の蝶が2つに切り裂かれただけで、茉莉花の身体は消えていた。


「逃げられちゃった……」

「はぁ……ヒヤヒヤさせられたよ。まったく……」


 深い息と共に緊張を吐き出したアルバートが額の汗を拭う。まさか、鈴音の影の中に潜り込んでやってくるとは夢にも思わなかった。今まで獲物として狙いをつけた者の影に潜んでいた事はあったが、吸血鬼ハンターの影に潜んでいた吸血鬼なんて聞いたことがなかった。そんな事をしても一銭の得もないからだ。

 さらに、鈴音が茉莉花を煽り始めた事にも肝を冷やした。あの時、怒り出した茉莉花が暴れていたら、どうなっていただろうか……。なんとか追い返す事はできたが、仕留められなかった事に悔しげな表情で刀を納めた鈴音に、アルバートは非難するような眼差しと共に腕を組みながら呼びかける。


「あのなぁ、鈴音ちゃんよ。今回は上手く追い払えたから良いが、もし暴れ出してたらどうするつもりだったんだ? 店の中がめちゃめちゃになってたぞ」

「ごめん、マスター……。でも、どうしても許せなくて……」


 固く刀を握りしめながら、鈴音が奥歯を噛む。


「アタシ、あんなのと同じに見られてたんだ、って思ったら許せなくなっちゃって。だから、気がついたらやっちゃってた」

「鈴音ちゃん……」

「だからさ、戻ってきたら明嗣に文句言わなきゃ。アイツ、今回の事が終わったら戻って来るって言ってたから」

「そうか……。それじゃあ、気長に待つか」


 呆れた表情でアルバートが再びため息を吐く。相手は明嗣に執着があるようだから、こっちから何かするでもなく必ず明嗣と茉莉花はぶつかるだろう。そして、明嗣には悪魔に自らの魂を捧げる事で生まれた異能を持つ吸血鬼、真祖を二体仕留めた実績がある。そして、茉莉花も真祖。どちらにしろ、茉莉花を仕留めるには明嗣に任せるのが一番確実性が高いのだ。下手にしゃしゃり出ようものなら、明嗣の邪魔になる可能性もある。

 なので、明嗣が乗り気の今、こちらにできる事は黙っている事しかないのだ。

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