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 この辺りでなんだか私は小夜のことが怖くなってしまったのです。そこで私は、小夜の肉は三人にお譲りしますから、三人で食べて下さいと伝えました。

 ええ。私には小夜の愛に応える勇気がなかったのです。あの愛おしい小夜を、疑ってしまったのです。もしかしたら、小夜は本当にこの三人の男達とも愛を誓いあった関係なのではと。私だけを愛してくれる小夜なんて、最初からいなかったのではないかと。

 男たちは最初、ちょいと揉めました。当然です。自分こそが小夜の夫となるのだと、他の男は嘘を吐いていると、疑い合いました。ですが結局は、三人とも小夜の肉を食うという話に落ち着きました。小夜の亡くなった今、真相など分からないのですから。


 家主であり、小夜を殺した私は、責任を持って小夜の肉を捌き、ちゃんと食べれるように調理をしました。小夜のはらわたを頂いて、一口大に切り分けると、それを火で炙ったのです。

 均等になるように小鉢に盛り付けると、男たちにそれらを渡しました。

 小鉢と箸を手に、男たちは神妙な面持ちで肉を見つめていました。その憂うような目を見て、三人それぞれ、嘘など言ってないのだと、私は確信しました。やはり私は、小夜に騙されていたのです。小夜はこの男達それぞれに愛を誓ったのでしょう。間違いありません。それだけ、彼らが愛情深い目で小夜の肉を見つめていたのでしたから。


「病めるときも、健やかなるときも、富める時も、貧しき時も。小夜を妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか」


 北方の婚礼を真似して、私は男達に覚悟を訊ねました。彼らは少し面食らった様子で顔を見合わせておりました。初めて聞く文言で、戸惑ったのでしょうね。


「ええ、誓います」

「誓います」

「ああ、誓うとも」


 それでも彼らが口々に応えるのを見て、私は頷きます。


「よろしい。ならば、責任を持って小夜の肉を食べなさい」 

「戴きます」


 男達は手を合わせて、肉を口にしました。

 そうして、涙を零しておりました。愛する女のための涙は、例え見ず知らずの男のものだとしても美しいものです。

 私も、愛した小夜を殺してしまったこと、今更になって実感して、同じように少し泣きました。小夜の笑顔が恋しくなりました。でも、小夜は私を騙していたのですから、悲しむ必要なんて無いのに。すぐには飲み込めませんね、そういうことは。


「ご馳走様でした」


 男達は小鉢と箸を置いて、手を合わせます。これで冥婚が成されたのです。

 男達はそれぞれ浮かない顔をしていたり、さめざめと泣いていたり、目を閉じて手を合わせたまま、黙祷を捧げていました。


 そのあと、私は彼らの使った食器を洗うために、流しに立っておりました。

 すると、突然男たちが呻き声をあげたんです。


 何事かと見るとね、片脚が取れていたんです。こう、ぼろっと、根本からね。出血もあまりなく、部品が落ちるように。

 私は吃驚びっくりして、何もできませんでしたよ。

 男たちが呻く声の恐ろしいこと。取れた脚の生々しいこと。そうして、残った方の脚は、歪に肥大化していって、肉を骨が突き破っていました。次第に足の甲が二股に割れて……。


 人魚ですよ。あの形は人魚のようでした。

 変異が終わった男達は、落ち窪んだ目で私を見ました。途端、怖くなって私は家を飛び出したのです。

 ……それからは、久作さんも知る惨状のとおりですよ。村人を襲って殺したり、怪我をさせたそうですね。それで、手に負えなくなって、殺された。

 これは、小夜を食べたことによる呪いなのか。だとしたら、小夜は何者だったのか。

 私達はそれぞれ別の小夜を愛していましたから、本当の小夜が何者なのか、わかりません。何も、わからないのです。


 確かなのは、私が男達に小夜の肉を振る舞ったからこうなった。もしも私も小夜の肉を食べていたなら、人魚の怪物になっていたかも知れません。私だけ逃れたのです。ですからきっと……私のせいなのです。男達に肉を振る舞ってしまった私のせい。それでこんな事件が起こったのです。

 これで私の懺悔を終わりにします。

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