伍
しかし、私の家では北方の神を信仰していました。どうも、冥婚という文化が受け入れられず……。私は私の神様を裏切るような真似をしたくは無かったのです。私の魂の在処は、男女のどれだけ強い愛情があっても神様のものですから。ですから、小夜にそれだけ想われていることは嬉しかったのですが、やはり断ってしまいました。
しかし、小夜がどうしても、どうしてもと泣くのです。
「喜助さんしかいないの。わたし、喜助さんと一緒になりたいの。お願い、お願い……」
私が北方の神を信じるように、小夜はこの地方の古い慣習に従いたいのです。その気持ちは痛いほど理解できました。私が私の神を裏切りたくないように、小夜はずっと信じてきた愛の誓い方で、私と永遠になりたい。そうやって泣きつくほど、小夜は私を愛してくれていました。ですから……
「食べたんですか」
久作は思わず、生唾を飲み込みながら訊ねた。人の肉を食べたのか。そんなおぞましいことを、この男がしたのか。緊張して話を聞いていたせいで、いつの間にか久作の手は汗ばんでいた。
喜助は困ったように微笑んで、頭を掻いた。そうして、緩慢な動きで首を横に振る。
「いいえぇ」
ですが、調理用包丁で一刺しでした。
私は小夜の胸に包丁を突き立てて、殺したのです。この部屋で、殺したのです。
血を流して横たわる小夜の死に顔は、とてもきれいでした。まるで眠るように目を閉じた彼女の長い睫毛は、今にも震えて、その美しい橡色を覗かせてくれそうに思えました。
……勿論、二度とそんな事はあり得ないのですが。
悲しみに暮れながらも、さあ捌くぞというところで、突然家に三人の男が転がり込んできたのです。
彼らは小夜と運命を誓いあったのだと、口々に言いました。それで、小夜が見知らぬ男の家にいると聞いて、慌てて迎えに来たのだと語りました。
私も最初は耳を疑いました。小夜は私と冥婚をしたいのだと、永遠に共に在りたいのだと、あんなに熱烈に伝えてくれたのですから、信じられなかったのです。しかし、話も聞かずに追い返すわけには行かないと思い、私は一人一人に話を聞いてみることにしました。
まず、最初に口を開いたのは十兵衛という男でした。
「小夜は挑戦的な目でおれを射抜いてくる、気の強い女だった。その美しい顔に似合わず、大胆で、何者にも曲げられない強い芯を持った女だった。小夜のそういうところに惚れ込んだおれは、何でも言うことを聞くから結婚してほしいと頼み込んだ。そうすると、小夜は冥婚の話を切り出したのだ。わたしを殺して、その肉を食う勇気があるのなら、わたしを食べてほしいと。おれは確かに本気だぞ、と、お前を愛しているから冥婚でもなんでもしてやると言うと、小夜はおれを愛してると言ってくれたんだ」
十兵衛の話を聞いていた又三郎という男が、次に口を開きました。
「ええい、適当を言うな。彼女はそんなはしたない女ではなく、優しくて花のように穏やかな女である。小夜は少し抜けているところがあり、波に攫われてしまいそうな危なげな女で、俺が守ってやらねばといつも思っていた。俺達は幼馴染であった。いつか必ず俺の嫁にと想い続け、そうして遂に気持ちを伝えると、ならば冥婚が良いと言っていたのだ。俺を愛していると、小夜は恥ずかしそうにはにかみながら、言ってくれたのだ。本当に愛してるからこそ、冥婚で、俺の中で生きていたいと。そう告げてくれたのだ」
黙って十兵衛と又三郎の話を聞いていた三人目の男、栄吉は我慢ならないとでも言いたげな様子で語りはじめました。
「貴様ら、彼女を踏みにじる気が。どれも僕の愛した女とは見当違いだ。小夜は気ままに生きる、自由で猫のような女であった。この村に飽きたら何処かへ行ってしまうと言うから、君がいなくなると寂しい、と僕が引き止めたんだ。そうしたら、あたいも寂しいよと抱きついてきて、冥婚をしようと言ったのだ。気ままな猫が落ち着く気になったのが僕のもとだったのだ。僕は喜んで、お前を殺しその肉を食って、一緒になろうと誓いあった!」
十兵衛、又三郎、栄吉の話を聞いて、私は困惑しておりました。だって、小夜は彼らの語ったどの女性像とも似ても似つかない人なのです。
小夜はとてもか弱い女で、初めて会った海岸で入水してしまうのではないかと疑うほど、儚い女でした。家族も頼れる人もいないから、孤独で、それが辛いのだと語っていました。彼女は一人では生きていけないような人だったのです。だからこそ冥婚を望んだのでしょう。優しい私が好きなのだと熱烈に告げてくるのが、愛おしかった。私とずっといたいのだと、冥婚をしてほしいと泣きついてきた彼女が、可愛かった。
なのに。この男たちは何の話をしているのでしょう?
しかし、男たちは各々真剣な目をしているのです。戯言や狂言ではないと、嫌でも気付かされました。