参
途方に暮れた村人たちは、ただ怪物を見下ろして辟易としている。
男も同じように首を傾げていた。
ふと、そんな中で、人だかりから少し外れたところにいる若い男の姿があった。物陰からこちらの様子を窺うように、ちらちらと視線を寄越している。
旅の男は、妙にその若い男が気になった。それで、人だかりを外れて、彼のもとへ近寄っていった。
若い男は最初、驚いて逃げ出すような素振りを見せた。しかし、目が合ってしまった時点で諦めたのか、旅の男が接近してくるのを黙って眺めていた。
「いやはや、何やら大変なことがあったようですな」
「ああ、ええ、そのようで……いや、ええ、はは。そうなんですよ、大変なことが……ええ」
「僕は旅の作家です。名を久作と申します。三弦山の向こう、佐津間の裏和から参りました」
「ああええ、そりゃ遠くからどうも。私は喜助と言います」
「喜助さんは何か、あの若者達について知っていることはありませんか。良ければお話し願いたい」
「ええ……そうですねえ。知ってるといえば知ってますし、知らないといえば知らないような、へへ」
喜助は苦笑を浮かべて、頭を掻いている。何やら煮え切らない返事をするものだから、久作はこいつ、人と話すのが苦手なのだろうか、と思ったものだ。視線がやたらと泳ぐことや、そもそも人だかりから離れていたことなども手伝って、そういうものだろうと思えたのだ。
喜助もまた、あの怪物化した男たちとそう年の変わらない男であった。色白くて気の弱そうなところもまた、人付き合いが苦手な人の特徴だと、久作は勝手に判断する。
「知っているし、知らないというのは? ああ、申し訳ない。見ず知らずの男に突然そのようなことを聞かれても困りますよね」
「ああいやいや、いいんですよ。いえ、いえ、むしろ聞いてほしいのです」
苦笑を浮かべたまま、喜助が辺りを見回す。それから「すみません、ちょいと此方へ」と手招きをするため、久作はそれについていくことにした。
細い裏路地を通って、何だか喜助は人目を避けるように進んでいく。
連れて来られたのは、一軒の何の変哲もない民家であった。
「此方が私の家です。ささ、どうぞ上がって」
促されるまま、久作は足を踏み入れた。
質素な畳の部屋に正座して、喜助は神妙な面持ちで久作を見つめた。喜助がそんな顔をするものだから、何やら室内には張り詰めた空気が流れる。久作も、思わず居住まいを正した。
喜助は一度視線を落として、それから意を決したように、厳かに口を開いた。
「実はですね、あの男達は、私が殺してしまったのだと思うのです」
突飛な話に、久作は目を見開いた。こんな生白くてひょろりとした男に、人を殺せるとは思わなんだ。それに、怪物化した男達は村人が農具などで殴って殺していた。離れて見ていただけの喜助は、そこに関与していない。
「もしかして、男達が怪物化した理由を知っておいでですか」
思わず声が強張った。喜助は緩慢な動きで首を横に振る。
「……わかりません。嗚呼、嗚呼。でもきっと、私のせいなのです」
喜助は畳の目に視線を落として、ふう、と息を吐いた。それから大きく空気を吸い込み、胸の辺りに手を当てる。
不意に顔を上げた喜助は、神妙な面持ちで久作を見つめていた。
「久作さん。これは、私の懺悔です。どうぞ、神に代わってお聞き頂ければと……」