弐
並んだ民家の前に、血を流して倒れている人がいる。それだけで、女の話が芝居などではなかったのだと突きつけられる。男は思わず息を呑んだ。
誰もその人を助け起こすことなく、逃げ出してしまったようだ。男は一応その人に近づいてみたものの、喉元を何か、動物に食い千切られている。これは、もう生きているようには見えなかった。
人食いの人魚。女はそう言っていた。本当にいるのだろうか。男は恐怖に肌が粟立つのを感じながらも、村を進んでいく。
「おとっつぁん! おとっつぁん!」
村人たちが集まっている。人だかりのできている方へ向かってみると、なにやら血生臭さが鼻を掠めた。
見ると、人だかりの中央に、三体の怪物が転がっていた。いや、男には最初、人が倒れているように見えたのだが、どうやらただの人間ではないらしい。三人とも、年若い男のように見えるが、その下半身は何やら歪な形をしているのだ。
おとっつぁん、と叫んでいた村娘を、別の男が宥めている。村娘は、横たわる怪物に向かって叫んでいた。この怪物に、父親を食い殺されたのだろうか。
人の群れを掻き分けて、男は中央に転がっていた怪物たちを観察する。もう、ピクリとも動かない。頭からは血を流していて、周りには農具など、鈍器になりそうなものを持った村人。怪物を殴り殺したのだろう。
「何があったのですか?」
男は近くにいた女性に声をかける。彼女は一瞬、余所者である男を警戒したような素振りを見せた。それでも、声を潜めて、話してくれた。
「村の若い人が……突然このような姿になって、それで、人を襲ったんです。わたしは騒ぎを聞いて近くに来ただけなので、あまり詳しくは……」
「元は村人だったということですか? この怪物が?」
「ええ。小さい村ですから、わたしも見たことのある人なのですが、どういうわけか、こんなことに」
男はもう一度、怪物の方を見る。下半身は、不釣り合いに大きな骨が皮膚を突き破って映えているようだった。足の先の方は、魚の尾鰭のように別れている。いや、これは元々普通に人間の足だったのではないか?
よく観察していると、やはりそのようだった。おそらく、怪物化した男たちの片脚は、根本からなくなっている。どうやら、千切れてしまったのだ。代わりに残った片脚は骨が肥大化し、皮膚を突き破り、足先は枝分かれしている。
まるで、人魚を思わせる骨格だ。
男は他の村人にも事情を聞く。
「うちの近くに住む十兵衛に、漁師の息子の又三郎、隣村の栄吉がこんな姿になってしまったんだ」
「さっき、おとっつぁんて叫んでた子は十兵衛の娘っ子だよ。可哀想に」
「こいつらは怪物化して村人を襲うから、みんなで退治したんだ」
「噛みつかれて怪我をしたやつは何人もいるし、殺された村人もいるよ」
「今朝、悲鳴が聞こえたら外に出たら、もう三人はあんな姿になっていた」
「いったい、何が起こったと言うんだ?」
聞いた話はどれも不可解なものだった。そして、原因を知る者はいない。何故三人の男は、人魚のような化物に変わってしまったのか。何故人を襲ったのか。何も。何もわかっていないのだ。