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虫に祈る聖女、「気持ち悪い」と国外追放され、虫好きの王子と出会う

「聖女ファレッサ・フリンダル! お前を国外追放処分とする!」


 城に呼び出されたファレッサは、突如こう言い渡された。

 言い渡したのはこの王国の第一王子ザクソン・スキートである。


 ファレッサは王国に広がる森で暮らす聖女であった。

 薄いグリーンのローブを着て、美しい銀髪と白い肌、そして青く透き通った瞳を持つ。

 彼女の一族は虫を司るとされ、古来より虫に感謝し、祈りを捧げることを日課としていた。

 彼女自身虫が好きで、蝶などと戯れている様子がよく目撃されている。


 ファレッサはザクソンに理由を尋ねる。


「なぜですか?」


「気持ち悪いんだよ!」


「き、気持ち悪い……」


 公然と侮辱され、愕然とするファレッサ。


「これだけでも追放には十分すぎる理由だが、もちろんそれだけじゃねえ。虫ケラに祈るなんてのは人間のやることじゃないからだよ!」


「……!」


 しかし、ファレッサは毅然と応じる。


「虫に対する感じ方は人それぞれだと思います。苦手だったり気持ち悪いと思う方がいるのが当然ですし、それは否定できません。ですが、私の一族は虫に祈りを捧げることで、虫による害を抑え、虫との共存を担ってきたという自負があります。ですから私を追放するのは得策ではありません!」


 これを聞き、ザクソンはあざ笑った。


「虫による害だと? 虫ケラなど恐れるものではない! そして虫との共存? 悪いが、これからこの国ではそんなことをするつもりはない!」


「え……!?」


「俺は大規模な森林開拓を計画している! 虫どもを滅ぼして、この国を強く豊かな国にするんだ! 森を棲み家にするお前にはどのみち居場所はないんだよ!」


 ザクソンは見下すような目つきで言い放つ。


「だからとっとと消えろ、虫ケラ女! すぐにだ!」


 これ以上の抗弁は処刑もあり得ると判断したファレッサは、やむなく追放処分を受け入れた。

 彼女はその日のうちに、隣国に追放されることとなった。



***



 ファレッサは馬車で連行され、隣国との国境に放り出された。

 路銀も渡されず、実質野垂れ死にしろと言われているようなものであった。


 とにかくファレッサは道を歩き続けた。

 やがて、元いた王国にもあったような広い森林を発見する。


「よかった、この国にも森はあるのね」


 ファレッサは安堵する。

 森暮らしが慣れているファレッサは、森の中ならば食料探しなどもたやすいからだ。

 さらに、ファレッサはぼんやりとではあるが虫と対話できる能力も持っており、果実がなっている場所や水がある場所を見つけ出すこともできた。


 こうして数日が経過した。

 ファレッサはこの王国でも虫や自然に祈りを捧げつつ、慎ましく生活をしていた。


 すると――


「カブトムシ、ゲーット!」


 若い男の声が聞こえた。

 ファレッサが声のした方向に向かうと、金髪の青年が虫取り網と虫かごを持って、はしゃいでいる。

 いったい何者かと、ファレッサは話しかける。


「あの……」


「ん?」


 青年はいきなり現れたファレッサを警戒することもなく、人懐こい笑顔で話しかけてきた。ファレッサにはその顔がとても美しく見えた。


「君は?」


「あ、失礼しました。私は……えぇっと、ファレッサと申します!」


「ファレッサね、了解。僕はハリス。ハリス・メークス、この国の王子さ!」


「えっ、王子様!?」


 虫捕りをしているこの青年が、まさか王子だったとは。驚きを隠せないファレッサ。


「アハハ、王子が虫捕りしててビックリしたかい?」


「いえ、そんな……」


「だけど君こそ、こんなところで何を?」


「……」


 ファレッサは少し悩んだが、ハリスの人柄を見て、全てを打ち明けることにした。

 彼女の身の上を知り、ハリスは口元をへの字にする。


「へえ、聖女なのに、国を追い出されてしまったのか……」


「はい……」


 うつむくファレッサにハリスは再び笑顔を見せる。


「だったらこの国に住むといい!」


「いいんですか?」


「ああ、歓迎するよ。聖女ファレッサ」


 ハリスに手を差し伸べられ、ファレッサは追放されてからようやく心からの笑みを浮かべることができた。



***



 さっそくファレッサは城に案内される。

 城勤めの家臣たちも突然の来訪者であるファレッサを歓迎してくれた。

 食べたこともない豪勢な料理の数々に舌鼓を打った。


 ファレッサもまた、ハリスの半生を知ることができた。

 ハリスはやはり虫好きの王子であり、日々虫の研究に余念がない。

 新種の昆虫を発見したこともあるという。


「我が国では虫との“共存”を目指しているんだ」


 思いがけないハリスの言葉に、ファレッサは目を見開く。


「共存?」


「といっても、市民たちに“虫と仲良く”なんてことを強制するつもりはないよ。僕のいう共存というのは、人は人の住む場所に、虫は虫の住む場所に、という考えだ」


 人がいる場所に虫がいれば害になることも多くなる。虫がいる場所に人が踏み込めば、それは自然や生態系を崩すことになりかねない。

 人は人里で、虫は自然の中で暮らすのが最も自然で、かつ互いに不幸にならない方法だとハリスは考えていた。

 そのため、ハリスは積極的に町の美化運動などに取り組んでいる。


「それはいい考えですね!」


 ファレッサはハリスの考えに共感した。


「よろしければ、私も手伝わせて下さい!」


「いいのかい?」


「はい、きっとお役に立てると思います!」


 この後、ファレッサは言葉通りに大活躍した。

 大量発生した羽虫を森に向かわせ、畑の害虫を大人しくさせ――虫を司る聖女の名に恥じない働きぶりだった。

 時にはハリスと共に、森へ出かけ、虫の観察を楽しんだ。


「ハリス様、カミキリムシを見つけましたよ!」


「おおっ、僕はこの長い触覚が大好きなんだ!」


 国内を駆け回るうち、いつしか二人は恋に落ちていた。



***



 一方、ファレッサを追放した王国は悲惨な事態に陥っていた。

 森林を無計画に伐採したため、行き場所を失った虫が人里に進出してしまい、大問題になっていた。

 さらには蚊がおかしな病気を媒介し、バッタの大発生が起こり、作物を食い荒らす。

 病と飢餓が広まれば、当然治安も悪くなる。王家への不満も高まる。

 災難が災難を呼ぶ事態となっていた。


 これらの知らせは隣国にも届く。

 この頃すでに外交も任されていたハリスは、ファレッサに問う。


「かつて君を追放した国が……国難に陥っている。どうする?」


 ファレッサはしばし目を閉じてから、こう答える。


「どうか……援助をお願いします。追放された恨みがないとは申しませんが、やはり故郷ですし、何とか救ってあげたいです」


「よし、分かった。ただちに隣国への援助を開始しよう」


 ハリスはすぐさま食糧援助や支援を決め、ファレッサの故郷だった王国はどうにか危機を脱した。

 このことは王子ハリスと聖女ファレッサ、両名の人気をさらに高めた。



***



 この件からしばらくして、かつてファレッサを追放した王子ザクソンが、会談を申し入れてきた。

 なにやらハリスとファレッサと話し合いをしたいらしい。

 王子であるハリスはもちろん応じることにするが、ファレッサにはこう告げる。


「君は来ない方がいい。自分を追放した人間など、顔も見たくないだろう」


 しかし、ファレッサは堂々と意見を述べる。


「私も参ります。ここで逃げては何にもなりませんから」


「君もずいぶん強くなった。分かった……僕と一緒に来てくれ」


 会談は両国の国境で行われる。

 国境に設置された会議場に、両国の王子、大勢の重臣や護衛が訪れる。


 ファレッサが久々に見るザクソンはやつれていた。

 食糧難があったことはもちろんだが、自身の愚策のせいで国を窮地に追いやり、国内でも上下から責められているという。

 しかし、やつれている以上に目つきがギラギラしていた。何かを企んでいるのは明らかだった。


 会談が始まる。

 そして、ザクソンはギラついた目つきでファレッサにこう告げた。


「ファレッサ……戻ってこい」


「!」


 普通ならば、真っ先に援助に対しての礼を言うのが筋であろう。

 どよめきが起こる。

 しかし、ザクソンはかまわず続ける。


「元々お前は俺の国の聖女だ……こっちへ戻ってきてくれ。そして、俺らを苦しめた虫ケラどもを一掃してくれ! お前ならできるはずだろう!? なぁ!?」


 会談の場だというのになりふり構わないザクソン。

 ファレッサはそんな彼に凛々しい目つきで答える。


「お断りします」


「……なに!?」


「私は追放された身、今更戻るつもりはありません。しかし、聖女として、虫や自然とどう共存していくのがよいかというアドバイスは存分にさせて頂くつもりです」


 これにザクソンは激高する。


「ふざけるなッ!」口から唾を飛ばす勢いでファレッサを怒鳴り散らす。「何様のつもりだ! こうして頼んでるのに! いいからさっさと戻ってくればいいんだよ!」


 これに対し、ハリスが口を挟む。


「いい加減にしろ、ザクソン・スキート」


「……!」


 虫捕りをしている時とはまるで違う、厳しく貫禄のある口調だった。


「ファレッサは今や我が国の聖女だ。貴公は大人しく引き下がり、これからは自国をよりよくすることに専念しろ。そうすればファレッサもいずれ、貴公に再び心を開くであろう」


「うるさい! こうなったら無理矢理にでも我が国に……!」


 ザクソンはファレッサのローブを掴みにかかる。

 が、この狼藉に誰よりも早く反応したのは周囲の兵士ではなく、ハリスだった。


 ハリスの拳で、ザクソンが殴り飛ばされる。


「はぐあっ!?」


 倒れたザクソンを、周囲の者は誰も介抱しない。失態に次ぐ失態で、すでに彼の人望は失われてしまっている。


「あぐぐ……」


「目的が会談ではないのなら、我々は帰らせてもらう。せいぜい自分を省みるがいい。行こう、ファレッサ」


「はい」


 颯爽とその場を立ち去る二人の姿に、その場にいた者は全員が感銘を受けたという。

 国内での支持を取り戻すため、ファレッサを連れ戻すという計画がご破算になったザクソンは帰り道、馬車の中で悪態をつく。


「くそっ、くそっ、あの女! 俺に歯向かいやがって! 今に見てろよ……このままじゃ済まさないからな!」


 その時だった。

 ザクソンの首筋に一匹の蜂が止まり、刺した。


「ん!? 今チクッと……」


 この蜂は猛毒を持つ蜂であった。

 ザクソンの容態は急変し、ただちに病院に運ばれる。

 幸い命は助かったものの、後遺症が残り、もはや王子として政務を執ることはできなくなった。当然後継者レースからは脱落してしまう。

 国の誰もが、“ザクソンは虫の怒りに触れたんだ”と噂し合うことになる。



***



 母国への清算を終えたファレッサは、それからもハリスに協力し、国を発展させていった。

 彼女の力もあって、ハリスが理想に掲げた「自然や虫と共存する王国」が実現しつつある。

 やがて、王宮にてハリスはファレッサに想いを告げた。


「ファレッサ、結婚しよう」


「……はい!」


 こうして二人は結婚した。

 若き王子と聖女の結婚を、国中の人間が祝福した。

 今後、国民はより一丸となることは間違いないであろう。


 さて、晴れて次代を担う夫婦となった二人だが、今でも時間があると――


「ファレッサ、今日は森に行かないか!」


「そうね! 私も久しぶりに虫たちと触れ合いたいもの!」


 森林へ昆虫採集や観察に出かける。

 二人を中心に、王国は自然や虫と共生しつつ、ますます発展していくこととなるのである。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虫も大事よね。 でも何を思ったか、うちの庭にいた芋虫たちが、一斉に家の壁を登り始めてですね……。 はい、駆除しまくっております。
[良い点] 「虫に祈る聖女」というのがとても良いですね。素晴らしい発想だと思いました。 私は虫が"好き"というわけではありませんが、小さい頃はカブトムシやクワガタを捕まえるために、帰省時に田舎の山へ男…
[気になる点] クズ王子は虫による飢饉とかそういうの勉強しなかったのか? というかまず側近や王が止めろよ。それで何千人死んでんだったら王家潰して併合したほうがいい
2023/09/30 03:22 退会済み
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