猿人!?
ヤバい、逃げろ! と、占部洸の記憶が警告してくるが、逃げられない。人とは思えないもの凄い力で手首を掴まえられ、両手で外そうとしても無理だ。
それよりも、警官が人気のない場所に、彼女を引きずり込む理由があるだろうか? 先程までのきらびやかな街並みとは全く違う、薄暗い路地へ――。
「今日の飯だ!」
ようやく離した。だが、それは何かの目の前に――獣のような、それでいて人のようなもの。正体が判らないが、何体かいるようだ。
「お嬢ちゃんが悪いんだよ。真夜中にひとりで徘徊しているから。
補導するのは面倒くさくてねぇ」
警察官はひとりでなんかブツブツ言っているが、彼女はそれどころではない。
地面に叩きつけられて、その何者かに肩を掴まれた。
彼女の肩を掴む指は芋虫みたいに太く、掴む腕にはもじゃもじゃの毛で被われている。そんなのが自分達の方へ……暗闇の奥へと、引きずり込む。
「このッ!」
当てずっぽうであるが、獣の頭がありそうな場所を蹴りつけた。
占部の体力は確実に異世界の自分よりは少ない。だが、痩せ気味だが関節が柔らかく、鞭のように扱える。
手応えはあった。手が緩んだので隙ができた。身体をひねり、占部は飛び起きる。
その時、スカートのポケットから、何かが落ちた。
あの魔女・一夜からもらった宝珠だ。
慌てて握り締める。魔女の説明では、魔法が使えるようになると言ったが……彼女は、半信半疑で握り締めた。
すると、自分の中に燃えるような感触。そう、異世界で魔法を使っていたときと変わらない感触が、身体にわき上がってきた。
気が付けば、透明だった宝珠が、燃えるように赤くなっている。
――今ならいける!
右手で握り締めた宝珠。左手に力を込めると、熱く燃え上がる感じがした。見れば、炎の弾が生まれようとしている。
「食らえッ!」
自分を暗闇に引き釣り込もうとしたそれが、人間で無いことは判断した。
左手に宿った火球を投げつけた。
彼女を自分達の方へ、引きずり込もうとした1匹に命中した。
「グアワワワァー」
自分の放った火球により、暗闇が照らし出された。そして、そこには全身毛むくじゃらの、人間とも猿ともわからない生き物がそこにいた。
現在3匹。
火球が当たった1匹は、アッという間に体毛が燃え上がり、火だるまになった。首を掻きむしりながら倒れ込む。気管にでも火が回ったのか、息が出来ずにのたうち倒れ込んだ。そして、動かなくなった。
それを見た他の獣は、身の危険を感じたのだろうか。見た目に反して警戒心が強いようだ。散らばり、闇の中に消えていってしまった。
「待てよ!」
気が付けば、ここに引きずり込んできた警察官が、逃げようとしているではないか。
占部は案外、足が速い事をようやく知った。靴は安物らしいが、走りやすいので、ダッシュが効く。体重は軽いが、そのまま飛び上がると、逃げる警察官の背中に蹴り込んだ。
重さはスピードで解決できる。
「痛ってぇー……」
「警官さんよ。どういうことか説明してもらおうか!」
――救え! そうすれば試練を終えられる。
あんな人間とも猿ともわからない生き物。占部の記憶には、この日本にはいない。しかも、この警察官は『今日の飯だ!』といっていた。
他にも被害者がいたのであろう。つまり、あれを退治することなのか……いや、そんな簡単な事ではないはずだ。この世界の異変の一片を掴んだだけだ。
「この……グッ!」
「女子高生に向かって、拳銃はないだろ!」
警察官は、腰につけた拳銃というものに手を伸ばそうとした。
彼女は咄嗟に、伸ばした手を踏みつけて阻止する。しかし、大人の男の力に、負けてしまった。彼女は振り払われてしまった。立ち上がり間合いを取られると、拳銃がこちらに向けられる。