無理ゲーのスタート
占部洸は、魔女・一夜から渡された魔法の砂時計で、忘れていた記憶を思い出した。
自分がこの世界の人間ではないことを――。
――あの獅子の試練はこれかよ!
彼女は、ドッと記憶がかき込まれていく感じで目眩が襲った。倒れそうになるのを、洗面台の縁を掴み持ち堪えようとしたが、上手く力が入らない。結局、床に座り込んでしまった。
――マイケル・マーティン=グリーン。それがオレの本当の名前だ!
他のことを上書きされそうだが、名前だけは忘れないでおこうと、そう彼女は誓った。
自分は、異世界の住人であり、試練のためにこの世界に送り込まれたのだと。そして、どうやらウラベ・アキラという人物に憑依していることを突きつけられた。
――元の世界に戻るのは……やっぱり、世界を救うことか?
改めて思うと、ノーヒントでこの世界に飛ばされた。
何をどう救えというのか分からない。そもそもこの世界が危機になっているかということも、間借りしている身体の持ち主、ウラベ・アキラの記憶によれば……ない。
――情報収集からか……
改めて占部洸の身体を眺めた。
――貧弱。飯をちゃんと食べているか、こいつ?
元の世界では、ウラベ・アキラの記憶にある言葉を使えば、『剣士』であったことを思い出した。だが、力も無さそうだ。今の依り代となっている四肢は、棒きれのように見えた。胸の膨らみも、もっとあった。
この世界では剣などを持ち歩くのは、犯罪だという。武器が使えないとなると、身体能力で何とかしなければならない。
「使えるのかな?」
と彼女は両手を少し開けて、目の前に持っていく。そして、念じた。
するとどうだろう。少しだけ、赤い光が渦を巻きはじめた。だが、それまで。ロウソクの炎よりも小さな光が灯ったかと思うと、すぐに消えてしまった。
――魔法はまともに使えないのかよ!?
一応、この日本という世界でも魔法は使えるようだ。だが、期待しているような光の塊にならなかった。
体力もない。武器も使えない。魔法も上手く使えないとなれば最悪の状態だ。
――世界を救え! これじゃあ、生けていけないじゃないのか!?
その原因を作ったのは、彼女が夢の中のように、翼のある獅子を怒らせた所為かもしれない。
――手がかりはないか? 人が集まるところ……とにかく学校に行ってみるか。
どうやって行けばいいかわかる。家を出て、駅に向かい、電車というものに乗る。
記憶を取り戻す手助けをしてくれた、あの魔女・一夜に会って話をするべきだ。
何かヒントを持っているかもしれない。
決心がつくと、占部は身支度を始めた。ボサボサの髪は赤いリボンで縛り……ただ、黒いセーラー服を着るのに抵抗を覚えた。
――こんな足を見せるの穿くのかよ!?
丈の短い、太ももの上半分しかないスカートを穿くのに――