魔女からの贈り物
それは昨日のことだ。
数日前から起きていたことを、ある同級生に相談した。
それは自分が、本当に占部洸か自信が持てなかったことだ。この間、いうなれば『他人の身体を間借りしている』ような感じだ。
恐らく、本当のウラベ・アキラであれば、こんな行動はしないであろう。
記憶を遡れば、占部洸は自分が嫌いであり、周りの大人……親も含めて、その他、人を信じなくなっていた。当然、クラスメイトなどもだ。一匹狼を気取っていた。
その時に限って自分は、おかしな行動をした。
高校に入ってから、噂に聞いていたこと。
『不思議なことは落合一夜に相談した方がいいよ』
耳にした時は小馬鹿にしていた。不思議なことなどと……しかも噂は「恋愛が上手くいった」「嫌いな先輩がしばらく休んだ」などと、たわいのないことばかり――。
いつしか、おまじないの天才『魔女・一夜』として、それなりに有名になっているようだ。
しかし、吸血族や人狼族などなど、人間以外の種族がいる現代日本。ましてや来年度から、大人の事情でそんな連中が同じ学校に入ってくるという。だが、占部の記憶では、魔女は空想上の扱いだ。もちろん、魔法も――
それなのに、昨日は彼女のいる理化学準備室に行ってしまった。
――何故、理化学部など魔法と正反対な場所に魔女がいる?
そんな疑問を持ったが、入ってみると、
「なんでしょうか?」
黒髪のおさげに、黒縁メガネの小柄の少女がひとりだけいた。絵に描いたような白衣の『化学部員』が、入ってきた自分に声をかけてきた。
「あっいや……」
占部は言葉に詰まる。あまり人と話したことがないのが、裏目に出たようだ。
――こいつが噂の一夜か?
小柄の彼女しか部屋にはいない。
噂の一夜はビーカーを火にかけ、怪しい液体をかき混ぜていた。一見、化学の実験と思える。理科学部だ。それ以外になんだというのだろうか。
魔女と聞いていたから、大鍋で怪しげな薬を煮込んでいるのを、期待したのかもしれない。「えっと……ウチのクラスの占部さんでしたけ?」
首をチョコンと傾けて聞いてくる。
「――うん」
やはり自分は他人と話し慣れていない所為か、小さくうなずく程度しか声が出なかった。
「何か……」
不思議そうな顔をしながら、一夜の目線はゆっくりと占部を見続ける。
そして、
「アナタ、ホントに占部さん?」
と、妙なことを言いだした。
「どッ、どうして……」
「えっと、朝のテレビの占いで――」
と、一夜が口にした途端、占部は、
――胡散臭い。来ない方がよかった。
顔に出たのか、彼女は慌てだした。
「冗談、冗談ですってばッ!」
「……」
「クラスメイトでしょ? 入学してから、アナタのだいたいの行動を見ていて……アナタが、アタシのところに来る人ではないと――」
あきらかに取り繕っているような気はしたが、占部はとりあえずこの数日間のこと。自分が『他人の身体を間借り』を彼女に説明した。
占部を馬鹿にすることもなく、話を聞く一夜であったが、
「他人の記憶?
あっ、これが役に立つかも!」
しばらく考えていた一夜は、机に隠れていたものを取り出した。
それは巨大なリックサックだった。中身を取り出せば、目の前の小柄な彼女がすっぽりと入ってしまうぐらいの大きさ。数日間山登りするのかと、思えるような量の荷物が入っていそうだ。
――これで山にこもってなんて勘弁して……。
そう思っていたが、一夜はおもむろにリックのチックを開けると、中身を取り出しはじめた。
最初に出てきたのは教科書、ノート類。学校で使っているものだ。
――この子、毎日持ち歩いているのか?
乱雑にリュックの中身を理化学準備室の机にぶちまけていく。中には飲みかけのペットボトルや弁当箱まで……まるで整理整頓がなっていない。
「これ! これをあげます!」
そして、ようやくお目当てのものが見つかったようだ。
「何? これは……」
渡してきたのは金色のネックレスだった。その先にぶら下がっているのは、ガラス管に閉じ込められた小さな砂時計。
「『魔法の砂時計』です。アナタの記憶を遡り、忘れたことを思い出すかもしれません」
「記憶? 忘れた?」
「なんで『他人の身体を間借り』がしている感じがしてるのか? ひょっとしたら、何か大事なことを忘れているのかも――。
しばらく身につけていて、何かあったら教えてください」