婚約破棄された令嬢は新たな恋を見つけ、自分を婚約破棄した貴族を助けるか否かの「トロッコ問題」に直面する
「ジェニファー・マイン、君との婚約を破棄する!」
王都で開かれた晩餐会にて、侯爵家のダンテ・マーベリックはこう言い放った。
突然婚約破棄を宣言されたジェニファーは当然理由を尋ねる。
「なぜですか!?」
「君みたいな石臭い令嬢との婚約など、やっぱり御免なんだよ。なかったことにしてくれ」
「石臭い……!」
ジェニファーは子爵令嬢で、鉱山地帯を治める領主の娘である。
侯爵家と繋がりができれば鉱山で働く人たちにももっと楽をさせられると、ジェニファーは胸をおどらせていた。しかし、その期待はあっけなく裏切られた。
「待って下さい! そんな理由で一度決まった婚約を破棄するなんてあんまりです!」
「黙れ。私は今度、王子から直々にあるプロジェクトを任されることになっていてね。君のような『石ころ』に構ってられないんだよ」
ダンテの冷たい視線で射抜かれ、ジェニファーはその場にへたり込んでしまう。
鉱山地帯の令嬢など、優美な社交界での地位はやはり低い。晩餐会の出席者に、彼女に手を差し伸べてくれる者は一人もいなかった。
***
次の日、ジェニファーは王都から領地に戻っていた。
領地にあるガーベル鉱山は魔力を秘めたレアメタル『レインボーピース』が採掘できることが明らかになり、近年注目を集めている。
むろん鉱山では、大勢の男たちが働いており、彼女も令嬢でありながら彼らのサポートをするのが日課であった。
作業着姿で青い髪を結わえて、皆のために飲み物やおにぎりを用意するジェニファーはまさしく「鉱山の天使」とでもいうべき存在である。
「みなさーん、お昼よー!」
鉱山の男たちが集まってくる。
「ジェニファーちゃん、ありがとよ!」
「いつもいつも助かるよ!」
「領主様の娘さんだってのに……」
「ううん、いいの。好きでやってることだから」
ジェニファーの微笑みを見ると、男たちの疲労がみるみる回復していく。
「よーし、野郎ども。午後もはりきって掘るぞー!」
「おーう!」
婚約破棄されて傷心のジェニファーであるが、元気よく働く彼らの姿を見て、彼女もまた癒やされていく。
***
数日後、ガーベル鉱山に一人の若者がやってきた。
燃えるような赤髪に透き通るような美貌を持った青年だった。
年の頃はジェニファーと同じぐらいに見える。
「ぜひこちらで働かせて下さい!」
人手はいくらでも欲しいところなので即採用となった。
とはいえ見た目は優男で、鉱山労働者に比べ体は細く、初めは誰も期待していなかった。
しかしながら、タンクトップ姿になった青年は細身ながら筋肉はついており、鉱山労働者に負けないぐらい体力と根性もあった。
採掘のためにツルハシを振るう姿も様になっていた。
鉱山をサポートするジェニファーとも知り合う。
「あら、新しく入られた方?」
「はい、“レッド”と呼んで下さい。ジェニファーさん」
「あら、気軽にジェニファーでいいわよ。敬語もいらないわ」
「……そうかい? じゃあそうさせてもらおうかな」
年が近いジェニファーとレッドは気が合った。
「そうだわ、せっかくだからこのガーベル鉱山を案内してあげる」
「ホントかい? ありがとう」
ジェニファーは令嬢でありながら鉱山にはよく足を運ぶので、レッドを案内するのに十分な知識があった。
石と岩に覆われ、トロッコ用のレールが張り巡らされた鉱山内を歩き回る二人。
「マイン家は代々ガーベル鉱山を治めているのだけど、労働環境には特に気を配っているし、大きな事故が起こったことは一度もないの。それが我が家の誇り」
「それはすごいね。よその国じゃ鉱山労働が刑罰になっていることもあるのに」
「ええ。ただ……ちょっと不安もあるの」
「不安?」
「この山からレインボーピースが見つかることが分かったでしょ。それで、みんなはりきっちゃって……」
魔力が含まれるレインボーピースはさまざまな道具の動力となる。鉱山内で使用されるトロッコもレインボーピースで動かすことができ、過酷な採掘作業を大きく助けている。
お金になるというのはもちろん、レインボーピースを掘れば掘るほど国の助けになることは間違いないので、男たちのモチベーションはかつてないほど高まっている。
だが、それゆえにみんなが前を見すぎている。足元を見ていない。と不安になるのである。
「鉱山で働く人たちはみんな強くて頼もしい人だけど、事故が起こらないようにしないと……」
「そうだね。どんなに皆がベテランだろうと、事故が起きる時は起きる。気を引き締めて、事故が起こらないようにしないといけない」
レッドが真面目に語る様子を見て、ジェニファーが微笑む。
「ん、どうしたの?」
「だって……レッドったら、新人なのにまるで鉱山を仕切る側の人間みたいな物言いだから」
「あ、アハハ……ちょっと出過ぎた発言だったかな」
「ううん、それぐらいの方が頼もしいわ。笑ったりしてごめんね、レッド」
ジェニファーとレッドは瞬く間に親しくなっていく。
昼休みを迎えて休んでいるレッドに、水とおにぎりを持っていくジェニファー。
「はいレッド、お昼ご飯よ」
「ありがとう、ジェニファー」
二人のやり取りは実に絵になっていた。
この光景を見て鉱山の男たちも豪快に笑う。
「おうおうレッド、早くも俺たちの天使に目ぇつけやがって!」
「だけどお似合いだぜ、二人とも!」
「案外いいカップルになるかもな!」
これを聞いて二人は顔を赤くしてしまうのだった。
***
しかし、ガーベル鉱山に予期しなかった出来事が訪れる。
「やれやれ、私がここに来ることになるとはな。いったいなんの因果か……」
かつてジェニファーを婚約破棄したダンテが、国から鉱山の監督官に任命されてやってきたのである。
ダンテは労働者たちを集めて、こう宣言した。
「我が国の王子レドラス・クラフト殿下は、ガーベル鉱山の開発を今後の国家運営において非常に重要な位置づけに持っていくことを考えておられる。よって、このたびこの私がガーベル鉱山の監督官として派遣された」
やや長めの金髪をかき上げながら、皆を威圧するような鼻につく笑顔を浮かべる。
「私が来たからにはこれまでのような甘ったれた労働などさせんぞ。ひとりひとりに高いノルマを設け、レインボーピースを大量発掘する。心するように!」
監督官となったダンテは、まるで水を得た魚のように作業員たちを酷使した。
重いノルマを課し、休憩時間を減らし、早朝から夜遅くまで働かせる。
作業員は当然愚痴や弱音をこぼす。
「なんなんだ、あいつは……」
「人をなんだと思ってやがる!」
「俺たちは奴隷じゃねえんだぞ!」
こんな声もダンテには馬耳東風だ。
鉱山のために手足は動かさず、汗一つ流すことなく、口だけは動かし無茶な命令を下し続ける。
ある日、さすがに見かねたジェニファーがダンテに抗議をする。
「ダンテ様!」
「ん?」
「鉱山の皆さんを酷使するのはやめて下さい! このままでは大変な事故が起こってしまいます!」
かつて自分を『石ころ』呼ばわりした相手への抗議。
会話を交わすどころか、顔すら見たくない相手だろうに、勇気を振り絞った行動だった。
ジェニファーを睨み返すダンテ。
「私に無様に振られた石臭い女が、よくもまあ偉そうに意見できるものだな」
「石臭いと言われるほどにこの鉱山を知っているからこそ、意見するんです!」
「私は国から任命されてここに来ているんだ。私の命令はすなわち、国の命令だ!」
「国の命令? とてもそうは思えません」
「なんだと……?」
ダンテの顔が歪む。
「あなたは自分が絶対優位の立場から、人々を酷使することを楽しんでるようにしか見えません!」
「この石女が! 私を侮辱する気か!」
ダンテが拳を振るうが、そこにレッドが割って入った。代わりに拳を受けるレッド。
「ぐっ!」
「ちっ、邪魔が入ったか。いいか石女、今度口答えしたら許さんからな! 私は鉱山の最高責任者なんだ!」
立ち去っていくダンテ。
殴られたレッドにすかさず駆け寄るジェニファー。
「ごめんなさい、レッド……!」
「いや……」
「?」
「謝らなければならないのは僕の方だ……」
レッドはうつむきながら意味深な台詞を吐いた。
……
苛立ったダンテは、その足でトロッコ管理人の元に向かう。
「お前がトロッコを管理してるのか」
「ええ、そうですが……」
「今の作業スピードは遅すぎる。トロッコは魔力で稼働するようになっているが、もっとスピードを出させろ」
これに管理人は顔をしかめる。
「しかし、トロッコのスピードをむやみに上げると暴走や事故に繋がります。だからこそ安全装置がついてるわけですし……」
「安全装置? そんなものがあったのか、そんなもん解除しろ!」
「いや、それは……」
業を煮やしたダンテは剣を抜き、管理人に突きつける。
「いいからやれ! やらなければ首をはねるぞ! 気を付ければ事故なんざ起こらないんだ!」
「わ、分かりました……」
侯爵家の人間に逆らえる者はこの領内に存在しない。
鉱山内で使用されているトロッコの安全装置が解除され、土砂や鉱石を運び出すペースが上がり、作業効率は確かに増した。
しかし、安全装置を外したということは、文字通り「安全性と引き換えに」ということでもあった。
まもなく、その代償は現実となってしまう。
……
「大変だ、トロッコが暴走した!」
無茶な稼働に耐えられなくなったトロッコが、凄まじい速度でレール上を走っている。
その先にいるのは――皮肉なことにこの事故の原因であるダンテ。
「あぶねえぞ、ダンテさん避けろ!」作業員が叫ぶ。
しかし、ダンテは腰を抜かしてしまって、レール上から離れられなくなってしまっていた。
「ひ、ひいい……」
ダンテを助ける方法は一つしかなかった。
それはレバーを引いて、レールを切り替え、トロッコのコースを変えること。
ただし、コースを変えたその先には大勢の作業員がいる。
そして今、最もレバーの近くにいるのはジェニファーだった。ダンテの命運は一人の令嬢に託された。
ダンテはジェニファーに向かって叫ぶ。
「おい石女ァ! 早くレバーを引いてコースを変えろ!」
腰を抜かした体勢で、叫び続ける。
「私は侯爵家の人間! 鉱山で働くカスどもとは命の価値が違うんだ! 早く助けろォ!」
ジェニファーは無言で何かを考える。
そんなジェニファーにレッドは声をかける。
「ジェニファー……」
ジェニファーは意を決したように声を発した。
「みんな、お願い!」
「ラジャー!」作業員たちが答える。
ジェニファーはレバーを引いた。
ダンテを救う選択をしたのだ。
レールのコースが切り替わり、トロッコが作業員らに突っ込んでいく。
「うおおおおおおっ!!!」
作業員らは一丸となって、トロッコを力ずくで受け止めた。
長年ガーベル鉱山で鍛え抜いた彼らならば、暴走したトロッコを食い止めることもわけなかった。
しかし、ジェニファーは不安もあったようで、心の底からほっとしている。
「よかった……!」
「これが鉱山の男たちの力か……!」
レッドも彼らのパワーと団結力に驚いている。
さて、ジェニファーに救われたダンテはというと――
「石女ァ、なんでさっさとレバーを引かなかった!? ちょっと迷ったよな!? あんなカスどもの命を私より優先しようとしたよなァ!?」
抜けていた腰も戻ったのか、立ち上がり、ジェニファーの糾弾を始める。
「危うく死ぬところだった! 罰として作業員どもは全員給金抜きで働いてもらう! 24時間な! 私の名誉にかけて、お前らは徹底的に使い潰して――」
「いい加減にしろ」
ダンテの喚きを遮るような一言。
声の主は、レッドだった。
「レッド……?」驚くジェニファー。
ダンテが舌打ちする。
「私に文句があるのか? 作業員如きが!」
「ああ、ある」
「な、なに……?」
レッドの雰囲気がいつもと変わっている。ただならぬ高貴さや威厳を纏っていた。別人になったかのようだ。
「ダンテ・マーベリック。君とは王都で会話をしたこともあるのだが、まだ気づかないのかな」
「あ……? 私は作業員に知り合いなんて……」
「君を鉱山監督官に任命したのは、私のミスだった。王都でガーベル鉱山開発プロジェクトについて話し合った時の君は立派な志を持つ人間に見えたが、ただ猫をかぶっていただけだったようだ。とんだ見込み違いだった」
この言葉に、ダンテは愕然とする。怒りで真っ赤になっていた顔が青ざめ始める。
「ま、まさか……!? あなたは……!?」
「私の本当の名を教えよう。私はレッドではなく……クリード王国王子レドラス・クラフトだ」
これにはジェニファーも、作業員たちも目を丸くする。
「レッド……あなたが王子!?」
「隠していてすまない。しかし、ガーベル鉱山開発を国家的プロジェクトに推進した身としては、どうしても鉱山労働者という立場を自分の身で体験しておきたかったんだ」
レドラスは鉱山について学ぶため、労働環境を知るため、“レッド”という名で現場に入り込んでいた。
同時に、鉱山監督官に任命したダンテの働きぶりを確かめるつもりでもあった。
もっともそちらの方は完全に期待を裏切られる結果となった。
「貴族や監督官という地位を悪用し、作業員を酷使し、トロッコを暴走させ、挙句の果てに労働者の命を軽視した発言までする始末……君の罪はあまりに重い。この一件は王都に持ち帰り、きっちり裁かせてもらう」
「あ、ああああ……!」
再び腰が抜け、魂まで抜けたような有様になったダンテ。
もはや立ち上がれそうにない。
レドラスはジェニファーに振り返る。
「先ほど私は君に言いかけたことがあった」
「は、はい……。そういえば……」
ジェニファーがレバーを引く寸前、レドラスは『ジェニファー……』と声をかけていた。
「あの時私は『たとえダンテを見捨てても罪にはならない』と言おうとしたんだ」
「!」
「だが、君は鉱山の男たちの屈強さを信じ、彼を救った。君も、トロッコを受け止めた彼らも、本当に素晴らしい人間だ」
「ありがとうございます……!」
王子から自分と仲間を褒められ、感激するジェニファー。
「私は王子として約束する。レドラス・クラフトの名にかけて、ガーベル鉱山では二度とあんな無謀な開発は行わせない。なおかつ、国家プロジェクトとして鉱山地帯には支援と繁栄をもたらすと」
「はいっ!」
「それと……ジェニファー」
咳払いをするレドラス。
顔つきが『レッド』だった時に戻っている。
「なんでしょう?」
「私は鉱山労働者としての生活の中で、君に惹かれていった。そして先ほどの君の判断を見て確信した。ああ、私は君のことが好きなのだと」
「王子……?」
「ジェニファー、もしよろしければ私と男女の交際をしてもらえないか」
王子からの告白。真剣な眼差しに冗談の気配は全くない。
ジェニファーは即座に気持ちを切り替える。
「私もあなたが好きでした。私でよければ喜んで!」
謙遜したりせず、鉱山の令嬢として堂々と答えた。
「嬉しいよ」
レドラスは喜びを噛み締めるようにゆっくりと微笑んだ。
周囲の労働者たちも、新たなカップルの誕生をはやし立てたりはせず、笑顔で祝福するのだった。
その後、ダンテはガーベル鉱山での横柄な振舞いについて裁きを受けた。どうにか牢獄送りは免れたものの、正体を知らなかったとはいえ王子に暴力を振るった彼の評判は最悪なものとなり、まさしく貴族社会の『石ころ』となり果てた。まだ牢獄に送られていた方が幸せだったかもしれない。
レドラスはというと、王子としての職務に戻ったが、たびたびガーベル鉱山にやってきては採掘作業を手伝う。
レドラスが来ると、ジェニファーの顔もぱぁっと明るくなる。
「レドラス様、来て下さったのですね!」
「ああ、今日はめいっぱい働いて、君のおにぎりを食べさせてもらおうかな」
「よーし、でしたらいつも以上にはりきって作りますね!」
鉱山地帯の令嬢が王子の妃になる日は近い――
~おわり~
お読み下さりありがとうございました。
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