【087話】怯えた元婚約者への対応
勝利の余韻に浸りたい。
そう思っていたのも束の間、俺とモナの目の前には、試合前までは、大変威勢の良かったセイ・ジョールが姿現していた。
「や、やぁ……試合見ていたよ。おめでとう……」
モナの暴れっぷりは、しっかりと彼の目に映っていたようだ。
足が小刻みなら震えている。しかしながら、こうして俺たちの前に顔を見せたという点においては、褒められるべきところだ。俺だったら、恐くてモナにまた会おうなんて思わないだろう。
「その、君たちのことを誤解していたみたいだ。すごい活躍だったよね?」
「……」
モナは口を開かず、ただセイ・ジョールの言葉を聞いていた。
彼は、手をこまねきぎこちない笑顔を浮かべる。
しかし、モナは話す気はない、と。
そう伝えているかのように、彼女の冷ややかな瞳は、じっとセイ・ジョールの方へと向けられていた。
「えっと……ははっ、そんなに睨まないでくれよ。可愛い顔が台無しだ」
──あからさまだな。
セイ・ジョールとモナの立場は、逆転していた。
怯えるセイ・ジョールは、モナに媚を売るような、小賢しい卑怯者のような腰の低さ。
対して、モナは依然として彼のことを汚物でも見るような目で見ている。
元婚約者に余裕はない。
あれだけの啖呵を切った後のこと。
モナの実力を見せつけられて、怯えない方がおかしいだろう。
「モナリーゼ……和解しよう! 僕と君との間では、大きな思い違いがあったんだ」
「は?」
「いや、今後の関係性を見直そうと言っているんだよ。ほら、僕たち仲良くなれると思うんだ!」
とんでもないことを言い出すセイ・ジョール。
甘い。
彼の考えは、砂糖を煮詰めたシロップのようにゲロ甘なものである。
──モナがそんなお願いを「はい、そうですか」と受け入れるわけがない。
人一倍プライドの高い彼女のことだ。
あれだけコケにされた相手が急に手のひらを返してきたところで、興味を示したりはしない。
「……どいて、私たちは次の試合の準備をするの」
案の定、モナはセイ・ジョールを邪魔者のようにあしらう。
「まっ、待ってくれ!」
「貴方と話すことなんて何もないわ。さっさと消えて」
「いや、あの……僕は……」
「なによ」
歯切れの悪いセイ・ジョールに不審そうな視線を向ける。
モナが強かったとはいえ、こうまで弱々しくなるのは、ちょっぴり不自然だ。
彼の態度には、それなりの理由がある気がする。
そんな風に俺は、考えた。
彼にとって、モナが強者であることが不利益を被ることになることがある……とかか?
しかし、この仮説が正しかったとして、それがどういうことなのか詳しいことは分からない。
「モナリーゼ、どうかこれまでの僕の失礼な言動を許してはくれないだろうか」
「しつこいわね。私が貴方を許すことはないし、それ以前の問題でしょ」
何をそんなに必死になっているのだろうか。
そんな風にセイ・ジョールの言動の意図を掴めないままの俺であったが、ふと近くに貼られていたトーナメント表を視界に捉えて、事情を察することができた。
──なるほど、そういうことか。
トーナメント表には、数多くの参加者の名前が羅列されていた。
そして、その中にセイ・ジョールの名前もある。
その場所は、
……俺たちの上にある。
彼は、タッグ戦のシード枠だった。
2回戦、俺たちの対戦相手は、セイ・ジョールである。
「モナリーゼこの通りだ!」
深々と頭を下げるセイ・ジョール。
許しを求めているのは、そういう理由か。
モナとの確執を失くして、せめて2回戦で、私怨による大負けをしたくない……というところだろうか。
けれども、彼のその考えは本当に机上の空論に過ぎない。
モナは、和解した相手であっても、戦闘で手を抜いたりはしない。
彼の期待しているような展開は、絶対に訪れない。
【殲滅の悪役令嬢モナ】
そう呼ばれるに相応しいほどに、彼女の行動原理は至極単純。
目の前の敵を討ち滅ぼす。
武術大会の試合。
初戦の相手は、特に知り合いでもない若い騎士2人。
苦戦はしないと薄々察していたにも関わらず、モナはその圧倒的なスピードと戦闘センスによって瞬殺してみせた。
猛攻が少しでも緩和されればと考えているみたいだが、そんなことはあり得ない。
セイ・ジョール。
彼の迎える2回戦は、壮絶なものになるだろう。
もっとも、俺だって手加減するつもりもないしな。
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