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【083話】安心させてあげたい




 セイ・ジョールとの邂逅の後。

 モナの機嫌は、最高に悪かった。


「あいつ……絶対に泣かすっ!」


「そ、そうだな……」


 近くにあった壁に拳をぶつけて、モナは耐え難い恨み辛みを表していた。

 壁が可哀想になるくらいの勢い。

 壁にちょこっとだけ亀裂が入っていたのは、気にしないでおこう。モナに余計な指摘とかして、怒りの矛先がこちらに向いたらたまらない。


 ──まあ、やる気が増したと思えば、いい傾向か……はぁ。


 絶対に派手に初戦を飾る気がする。

 セイ・ジョールが怯えて動けなくなるくらいに、初戦の相手をこれでもかと言うくらいに叩きのめすはずだ。


 ──悪目立ちするぞ、これ。


 素行不良の【エクスポーション】

 無名騎士を八つ裂きにした傍若無人さ。

 ……なんていう、ヒソヒソ話が街中でされることにならないか心配である。


「レオ、もう行きましょう!」


「いや、でもまだ試合時間には……」


「行くわよ?」


「あっ……はい」


 どうやら鬱憤晴らしを兼ねてウォーミングアップをしたいらしい。

 まあ、今回の主役はモナだ。

 好きなようにやらせてやろう。

 俺は、モナの意向に従って、勝ちのサポートに徹するだけ。

 全てはモナ次第。


 ……それが例え、今大会のヒール役として、周囲から見られたとしても、だ。


 派手であっても、残虐な戦い方であっても、最後にフィールドに立ち続けることさえできればいい。

 過程に意味などない。

 優勝こそが今回の目的なのだから。


「レオ」


「ん、どうした?」


「ごめん、変な空気にさせちゃって……」


 気まずそうに俯くモナ。

 そんなに気にしなくてもいいのにな。

 誰にだって、馬の合わない人間はいるし、俺だって、モナや他の仲間にみっともない姿を幾度となく見せてきた。


「俺は気にしてないから。そんなに深刻に考えなくていい」


 近寄らせたくない過去がどれほど醜悪で、感情の抑制が効かなくなるかなんて、俺も理解している。

 現に俺も、過去のパーティメンバーと対面した時は、どうしていいか分からなくなった。逃げ出せればどんなに楽だろうか。けれども、過去からは逃げられない。


 ……記憶の奥底から這い上がってきて、必ず付き纏ってくるものだ。


「私ね。……あの男を許せなかった」


 モナはポツリと呟く。

 ゆっくりとした足取りで、試合場所へと向かいながら。


「でも、あの男のことが好きだったわけじゃなかった。お父様に決められた婚約。どうでもいいもののはずだったのに、やっぱり裏切られた時は、ショックを受けてね……」


 モナの苦しみが伝わってくる。

 その痛みはよく分かる。

 深い関係であった相手だったからこそ、その人が味方でなくなった時の絶望感というものは、なんとも言い難いくらいに胸を締め付けるものだ。


「だから、さっきはあんな風に怒ったし、冷静じゃなかった。今だってそう。……目先の戦いに集中しなきゃなのに、どうしてもあの男の恨めしい顔が脳裏に浮かぶの」


 モナは振り向いて、俺に泣きそうな顔を見せてくる。


「……私は、どうしたらいいの?」


「モナ……」


「忘れたいのに、忘れられない……苦しいの。ねぇ、レオ。私を助けて?」



 ──助けてなんて言われても。



 俺にはどうすればいいのか分からない。

 モナの心の問題に俺が干渉して、それで何が変わる?

 過去を忘れさせる魔法なんてものも使えないし、救い方なんてものも都合よく思いつかない。


 けれども、モナは本当に助けて欲しそうな顔でこちらをじっと凝視してくる。

 俺にできること。

 ……きっとそれは限定的なものしかない。

 その場凌ぎに過ぎないものかもしれない。


 方法を知らないから、知らないなりのやり方をするならば、


『モナとこれからも仲良くしてやってくれ』


 子爵邸で告げられた言葉が思い浮かぶ。 

 俺はモナの仲間だ。

 そして、俺はモナのことが大好きなんだ。だとすれば、不器用ながらにその痛みを和らげてやることくらいやってやらなきゃ駄目だろ。


 俺はモナの手を引き、そっと胸元に引き寄せた。


「レオッ⁉︎」


「ごめん。……これくらいしか、思い浮かばなかったから」


「だからって……その、これは……」


 モナは恥ずかしそうに顔を朱に染める。

 俺の顔もほのかに赤みがかっていることだろう。こんなにも、思い切ったことを意識して行ったのは、これが初めてかもしれない。


「モナ。俺は、例えどんな時であっても味方でいるよ。辛いことがあったら、俺も一緒にその苦しみを分かち合おうと思うし、嬉しいことがあったら、一緒に楽しんでやりたい」


 死ぬほど恥ずかしい。

 しかし、それ以上に苦しんでいるモナをそのままにしておくことなんて俺にはできなかった。


「……そういうのは、もっと親しい関係になった女性に言うものよ」


「モナ以上に親しい女性なんていない」


「んなっ! レオ、自分の言っている意味が分かっているの? それはつまり……」


 理解している。

 傷心中のモナに付け込むようで、罪悪感がないわけではないが、それでもこれは俺の素直な気持ちだから。

 俺はモナを抱きしめる。


「モナが落ち着くまで、この手は絶対に離さない」


「──っ! ……分かった」


 こんな風に言うつもりもするつもりもなかった。

 これじゃあまるで、俺がモナのことを誰よりも大切にしたいと明言しているようなものだ。

 顔は熱を帯び続ける。

 それでも、その存在を手放したりはしない。


 しっかりと彼女を抱きしめる手に力が入る。


 モナが決して、離れていってしまわないように──。





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