【082話】悪役令嬢の逆鱗に触れるのは間違っている
──最悪な空気だな。
モナとセイ・ジョール。
この2人が揃った場というものは、気温がいくらか下がったかと錯覚するくらいに冷え込んでいた。
豪炎の如く怒った時は凄まじい覇気を漂わせるモナであるが、今回だけは逆に周囲を凍らせるような冷たい態度。
「君こそどうしてこんな場所にいるんだい? 観戦するのかい?」
「参加するのよ」
「あははっ、ここは、君のようなか弱い女性が来るような場所じゃないよ。怪我をする前に棄権した方がいい」
モナの信念を踏み躙るかのような言葉。
セイ・ジョールは、悪気なくそう告げた。
……気温がまた下がった気がする。
セイ・ジョールがモナを刺激するたびに、悪寒が増していく。
頼むからこれ以上モナの機嫌を損ねるのをやめてくれ。
八つ当たりは流石にしてこないだろうが、少なくともこの後に控える戦闘に響いてくる可能性がある。
──力任せな戦闘になったら、戦局のコントロールが出来なくなる。
もう見過ごせない。
そう思い、俺はモナとセイ・ジョールの間に割って入る。
「おや? 君はもしかして、モナリーゼと一緒に参加する人かな?」
急に目の前に出てきた俺を見て驚いたかのような顔をしたが、セイ・ジョールは余裕な顔色に戻る。
親しげな声音。
しかし、その瞳は、こちらを馬鹿にしているようなものが奥底で渦巻いているように思える。
「その通り、俺がモナのパートナーだ」
「ほう、なるほどね。……ははっ、君も大変だね。モナリーゼの我儘に付き合わされて、お荷物がいたら絶対に勝てないのにね!」
彼の言うお荷物とは、モナのことなのだろう。
確かにモナは貴族令嬢だった。しかし、それがモナのことを弱いお荷物と判断するのは、浅はかとしか思えない。
むしろ、今大会でモナは、相当上位の実力。
俺とモナ。
どちらかと言えば、モナ頼りな戦いをするので、正確には俺がモナに引っ張ってもらう立場にある。
──まあ、分かるはずないよな。
Sランク冒険者としてのモナを知らないのだろう。でなければ、そんな軽はずみな言動ができるはずがない。
そう、知っていたらモナに喧嘩を売るような真似はしない。
……単純な自殺行為に近いからだ。
「モナはお荷物なんかじゃありませんよ。どうやら、貴方の目は節穴みたいですね」
「節穴……まさか、そんなことを言われるとはね。随分と甘く見られたものです。仮にも僕はこの大会の参加者。今ここで非礼を詫びないと、後悔するかもしれないよ?」
「そんなことはないな。どうせ、お前はモナに勝てない」
「あははっ! 僕が華奢な御令嬢に負ける? ……本当に面白いことを言うんだね」
セイ・ジョールはなおもその高飛車な態度を崩さない。
それだけ自信があるということなのか、あるいは、相方が相当腕の立つ猛者であるのか。
どちらにせよ、モナへ向けた発言を撤回する気はないようだ。
俺は、目の前の男のことはどうでもいい。復讐心もなければ、痛めつけてやろうとも考えない本当に道端に転がっている石ころ同然で、目の端で捉えるくらいに留めておける。
──けど、モナは違うんだろうな。
自身へ向けられた侮辱的な言葉。
彼女に宿る禍々しい闘志は、きっと気が済むまで消えることはない。
「後悔しても知らないぞ」
「僕は優勝を狙っているんだ。お遊びで参加したようなペアに負けるつもりはないよ」
きっとその時だろう。
目の前の男の悲惨な未来が薄らと予感できたのは──。
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