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【163話】狂犬から室内犬へ




 アウグスト仮加入から一ヶ月が経過した。

 彼がパーティハウスに住み始めてからというもの、賑やかさはより一層増した。


 アウグストが【神々の楽園】を脱退したという話題も日を追うごとに段々と落ち着き、モナも当初よりアウグストに強く当たることはなくなった。

 まあ、口喧嘩が少なった分。


「うひゃぅ!」


「ほら、自慢の素早さはどうしたのよ!」


「いやいや、その槍振り回すのは、危ないって〜!」


 物理的な小競り合いが頻発しているようだった。

 昼頃、モナとアウグストが鍛錬を兼ねた模擬戦を行っているのを偶然目にした。

 意外と楽しそうで良かった。


 生き生きとした表情で額から汗を流すモナは、短剣で槍を幾度と弾くアウグストに対してどんどんと踏み込んでいく。

 彼女の槍捌きは、以前よりも更に洗練されたものになり、あのアウグストが苦戦しているのが本当に驚きである。


「はっ!」


「モナっちさぁ、俺も、やられっぱなしのまま終われねぇんだよ!」


「甘いわね!」


「んなっ……!」


 しかも、アウグストの高速カウンターも難なく受け切っているし。

 アウグストの短剣はモナに届かない。

 それどころか、モナは臆せずアウグストとの距離を詰めた。

 モナの表情には余裕が現れ、アウグストは逆に顔を青くしてモナを押し退けようと必死に抵抗をする。


「ちょっ……フィジカル化け物……! はぁ、なんでこんな強くなったんすか⁉︎」


「ふっ、愛の力かしらね」


 得意気なモナにげんなりしたような顔をするアウグスト。

 ちょっと前までは逆の立場で優位に立っていたのに、アウグストも俺たち男衆の割りかし弱い立場に引き摺られつつある。


「ドヤ顔腹立つわぁ……」


 影からそのやりとりを見守り、俺は少し誇らしかった。

 自分の彼女が褒められているのは悪い気がしない。

 まあ、モナが成長を続けている事実を目前にし、俺も頑張らないといけないんだけども。


 さて、そろそろ止めてやらないとアウグストが可哀想だな。


「おーい。二人とも、これから討伐任務に行くけど……」


 今来た風を装いながら、俺はモナとアウグストに声をかけた。

 アウグストはまだ仮加入であるが、彼が正式な仲間になる日もそう遠くないだろうな。




▼▼▼




「これにて依頼達成になります。今回もありがとうございました!」


 依頼達成の報酬を受付嬢の子から受け取り、俺はパーティメンバーのところに戻った。


「まあ、今回も楽だったな」


 アウグストが戦闘に参加するようになってからというもの、パーティの火力が格段に上がったことを実感した。

 アレン、モナという最強のアタッカー二人に加えて、【神々の楽園】で実質二番手の実力を持っていたアウグストが加わったことで、対面戦闘では負ける気がしないくらいであった。


 結果が形となって表れていた。

 だからこそ、モナもアウグストの加入に否定的な態度を取らなくなったのだ。


「アウグストさん、とっても強いですからね」


 アイリスも笑顔でそう話す。

 彼のパーティ加入を不安がっていた当初と比べると、緊張の糸が緩まったようだ。


「ありがとうございま〜す。いやぁ、でも! アイリスさんの支援魔法も凄いっすね! あんなに的確なタイミングで魔法撃って貰えるの驚きでしたわ」


「そ、そうかな?」


「いや、マジリスペクトっす。やっぱりね、ああいうこまめなサポートが戦況を左右するんすよ。アイリスさん最強〜!」


 アウグストは絶好調なようだ。

 いつにも増して口が回る回る。

 褒め殺されて、アイリスもどこか嬉しそうだし、他の三人もまた機嫌が良かった。


「それにしても火力が一人増えただけで、こんなにも戦闘が楽になるなんてね。本当に驚きだよ」


 アレンもアウグストが戦闘で出した成果を認めるように頷いた。


「いや、俺もアレンさんの火力高過ぎてビビったっすよ。魔物討伐の速さなら誰にも負けないと今まで思ってましたけど、流石にギリ負けそうっすわ」


「ははっ、そんなことないさ。アウグストも相当な手練れだったからね」


 アレンとも打ち解けたようだし、これはもうほぼアウグストの加入は決定的だろう。

 モナもその光景を見て、微笑んでいる。


「アウグスト、パーティに入っても大丈夫そうじゃないか?」


 改めてそうモナに耳打ちする。

 少し間を開けて、モナはコクリと頷いた。


「そうね。最初はちょっと扱い辛いかもとか思っていたけど、意外と指示通りに動いてくれるし、パーティ内の空気を壊すこともない」


「モナから見ても合格か?」


 そう尋ねると、モナは長い黒髪をフワッとたなびかせて、少し困ったような顔で俺の方を見た。


「合格かどうか、聞くまでもないんじゃない? 皆んなの様子を見てれば、レオだって分かるでしょ」


「まあ、そうだな……」


 アウグストの実力は仮加入前から、保証されていた。

 パーティの輪が乱れるという心配も杞憂に終わり、となれば自ずと結論は出る。


「ヴィラン」


 俺は酒瓶片手に楽しそうに馬鹿笑いをしているヴィランの肩を叩く。


「おっ、どうしたレオ?」


「アウグストのことなんだが」


「おう、アウグストな。期待通りの即戦力ってやつだったなぁ! ガハハ!」


 楽観的な笑い声を聞き、「そうだな」と同意した。

 そして、ヴィランに向けて静かに告げた。


「それで、仮加入期間はいつまで続けるんだ?」


 それを聞いた瞬間、ヴィランは髭を摩りながら穏やかな口調で語る。


「レオはどう思うんだ? アウグストが【エクスポーション】に相応しいか否か」


「それは俺が決めることじゃないだろ」


「まあな! けど、俺はレオやモナ……皆んなの意思を尊重してやりたい。だから、お前の考えを聞きたい」


 最終判断はヴィランが下す。

 ヴィランとしては、恐らくアウグストを歓迎することだろう。そもそも、アウグストをパーティに招き入れたのはヴィランなのだ。

 そして、仮加入という期間を設けたのは、ヴィラン以外のパーティメンバー……つまり、俺たちの気持ちが固まりきらなかったから。


 俺たちが認めたと言えば、アウグストはすぐにでも正式なパーティメンバーに加わることになる。

 俺は少し考えた後、そのままの意思を伝えた。


「俺は、いいと思う。アウグストの加入は【エクスポーション】の成長にも繋がる気がするし、単純に戦力アップしたのを感じたしな」


 そう言いつつ、アウグストの方に目を向けた。


「そういえばさぁ! モナっち、なんか魔法ミスってなかった? クソ笑ったんすけど!」


「はぁ? 全然ミスってないんだけど! そっちこそ勢い余って木に顔ぶつけてたの見てたから!」


「うわぁ、もう見んなって〜!」


「涙目になって、フラフラしていたのは本当に面白かったわね!」


「ああ、もう……狩場の木、全部破壊しよ」


 モナとのやり取りもどこか砕けたような空気感である。

 アウグストが馴染んだ証拠だな。

 四人はかなり楽しそうに会話をしている。ヴィランもそれを見て頷いた。


「仮加入期間は、準備が整い次第終了な感じだな」


「え?」


 驚いた。

 ヴィランなら、いますぐにでも正式加入に切り替えようとか言い出すと思っていたから。

 ヴィランの言う準備が何なのか。

 俺はそれを問いただそうか迷うことになった。






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