【153話】魔境再び
「じゃあ、僕たちはちょっと出るよ」
「レオさん、アウグストさんのことよろしくお願いしますね」
ついに俺1人になりました。
アウグストの話し相手として、この場に残される。いや、嫌ってわけじゃないから別にいいんだけども。
アレンとアイリスはこれから2人で食料品の買い出しに行くらしい……まあ、デートと置き換えてもいいだろう。
楽しげな2人に水を差すわけにもいかず、俺は素直に頷きその背中を見送った。
そこそこ広いリビングには、俺とアウグストの男2人。
いざこうして、アウグストと対面してみると何を話せばいいのか分からなくなるな。
「まだなんか食べるか?」
すっかり空になったお皿。
バリバリとお菓子を食べていたアウグストにそんなことを聞いてみるが、彼は首を横に振る。
「いや、いいっすよ。もうお腹一杯なんで」
「そうか」
彼の視線は窓の外に向けられる。
外の様子を見ているのとは違い、何も見ていないような惚けっぷり。
お腹満たされて眠くなったとかか。なんて、考えを巡らせているとアウグストはおもむろに立ち上がる。
「レオっち、俺たちも外に行かないっすか?」
その瞳は至って真面目なものだった。
▼▼▼
パーティハウスを出て、アウグストの背中を追いかける。
応対の疲れがやや残る中、すれ違う人の足音が遠のいていくたびにどこに向かっているのかと少しだけ考えて、それをすぐにやめる。
ずんずんと進んでいく。
辿り着いた先は、旧教会都市の前であった。
えっ、入るの?
「この先に進みたくないんだけど」
流石に2度もこんな魔境に入ろうとは思わない。
俺はアウグストの肩を掴み、その動きを制止する。
「いや、ここなら人いないし、話すなら静かでいいんじゃね? みたいな風に考えたんだけど」
「お前はサイコパスか……」
人がいないのは単純にここが危険ってことを多くの人が認知しているからだろ。
しかも、それは俺たちが1番よく分かっているはずだ。
「大丈夫だって、魔物で溢れてた原因も撃退したんだし」
──撃退か。
あれを撃退と言うには、少しばかり納得がいかない。
最後のヤバいのが現れて、向こうの動き次第ではこちらが皆殺しにされていてもおかしくなかった。
それに黒いゲートによる魔物の沸きがなくなったとはいえ、未だその場所にはゾンビの残りがうようよしている。
数日のうちに対処できる量でもないし。
「まだまだ危険だろ、ここ」
「へっ、あの日よりも危険なことなんてないっすよ」
「……当たり前だ」
あんなのもう2度と体験したくない。
冗談めかしたアウグストの言葉に即座にツッコミを入れつつ、俺はため息を吐いた。
「でも、気にならないっすか?」
この場所を離れようと旧教会都市に背を向けた瞬間にアウグストは言う。
その視線の先はもちろん旧教会都市の入り口にあった。
「気になるって?」
「そりゃ、まあ。……あんな化け物がどうしてここにいたのかってことっすよ。目的とかなんとかって話してたし」
「でも、目的は果たしたって言ってたんなら、もう何もないんじゃないか?」
「甘いっすね。残飯があるかもしんないじゃん!」
──テンション高いな。
何がそんなに気になるのだろうか。
あれはもう終わったことで、ある種の悪夢として一旦の区切りを付けるべきであると思う。それでも、アウグストはこの先に何かあるのではないかと息巻いている。
『入りたいなら、1人で行けよ』とか、冷たくあしらうのは簡単だ。けれども、アウグストの言葉にできないような神妙さの混じった態度が無視できなくて、俺は仕方なく帰ろうとした気持ちを押し殺した。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
「やったー! 冒険だぁ!」
「言っておくが、静かな場所で話したいって言ってたから、ついていくんだからな。奥まではいかないからな?」
はしゃぐアウグストに釘を刺しつつも、俺はその後を追った。
日間ランキング20位にまで上がりました。
ありがとうございます!