【151話】旧教会都市騒動の後日談
更新再開しました。
よろしくお願いします。
過去を振り返る。
何度も、懲りずに。
諦めるのは簡単なのに、それでもなお現実に向き合って。
人生の後悔などはどこかに放り捨て、不都合なんて何のその。
俺たちはきっと、目の前にある強固な扉を開くのをやめない。
答えを出して。
溢れんばかりの感情を発散する。
それで、疲れたように最後に笑うのだ。
はぁ、やっと終わったよ……と。
▼▼▼
「ア、アレン〜! 私は貴方を愛してる!」
「は、はは……」
疲れ切った声の金髪イケメンは、熱烈な愛の囁きに青い顔をしながら対応をしていた。
これで何度目だろうか。
今日は、訪問客が多いし、疲れることも多い。
今は傍観していてもいい時間だが、訪問客によってはアレンと俺の立場は違っていた。……まあ、言い寄られるとはの厄介ごととは縁遠いんだがな。
「もう、帰ってください」
「私は諦めていないの!」
「あ・き・ら・め・て!」
「嫌だぁ!」
スカーレットの叫び声が耳を駆け抜ける。
「嫌じゃないんです。迷惑です!」
アイリスが強引に扉に手を掛けるスカーレットを引き剥がそうとグイグイと外に押し出そうと奮闘している。
当時者ではない俺とモナは、その賑やかな風景を苦笑いを浮かべながらゆったりとした服装で眺めていた。
「アイリスも大変ね」
他人事のモナは、机の上に置いてあるお菓子を頬張りながら、手元にある手紙に視線を落とした。
久々のまったりとした時間。
少々騒がしい気もするが、それもまた一興と言える。
「なんて書いてあった?」
軽い気分で俺はモナにそう尋ねる。
モナの手にある手紙は、セントール子爵家から出されたもの。
実はこれで3通目の手紙である。
モナは、『はぁ』と面倒臭いという雰囲気を醸し出しながら、指で手紙を端っこを弾いた。
「お父様が、週に一度は帰ってこいと……言っていることが変わってるじゃないの」
──そういえば、武術大会終了後。2通目の手紙を受け取った際に書かれていた文面には、『年に数回は帰ってこい』みたいな内容だったか。
「いいお父さんじゃないか」
「どこがよ! 鬱陶しいったらないわ。だいたい、パーティハウスとセントール子爵邸の距離! 歩いてすぐそこみたいな場所にないじゃないの!」
荒ぶるモナ。
彼女は至って真剣に怒っているようだが、俺からしたらその仕草が微笑ましくて思わず笑みが絶えなくなる。
「笑い事じゃないわよ!」
「ごめんって」
謝るとモナはすぐに顔色を良くする。
そして、耳元で囁くのだ。
「許してあげる。……その代わり、埋め合わせを要求するわ」
「──っ!」
「なによ」
「い、いや……」
色っぽい声に思わずドギマギする。
モナは得意げにしてやったりみたいな顔をしていた。
実際、彼女の思った通りの反応をしていたと思う。
小悪魔……いや、俺が免疫ないだけか。とにかく、不意の刺激は心にくるので構えてない時にしないでほしい。
可愛いから許すけど。
「はぁ、やっと終わった……」
と、モナと比較的甘いやりとりをしていると疲れたアイリスがパーティハウスの扉を閉めれたようで、フラフラしながらモナの横に寄ってくる。
「はいはい、アイリスは頑張ったわ」
「もう、あの子苦手……」
誰に対しても平等に優しいアイリスであるが、アレンに付き纏うスカーレットに対してだけは冷たい対応をする。
まあ、無意識だろうが、アレンを意識してのことなのだと思う。
追い返したことに安堵したようにアイリスはモナに頭を撫でられ、ふにゃふにゃした格好になる。
「ごめんアイリス、助かったよ」
申し訳なさげな顔のアレン。
「ううん、アレンさんがあの子に強く出れないのは、よく分かってるから──気にしないで」
優しいなぁ。
というよりも、うちのパーティの女性陣は、気遣いが良くできるし、本当にいい子ばかりだと思う。
モナだって、スカーレットが訪れる前の来客の時に──。
▼▼▼
コンコンと扉を叩く音。
「はーい」
俺が扉を開く。
と、そこには旧教会都市で目にした元同じパーティメンバーだったカナの姿があった。
もじもじとしながら、言い出しづらい雰囲気を出しながら、彼女は咄嗟に菓子折りを差し出してきた。
「はい、これ」
「えっ……と?」
彼女がここに来たことよりも、その行動の意図が掴めずに対応に困っていると、背後からモナが顔を覗かせる。
そして、その様子を2度3度拝見してから、
「この前のお礼ってことでしょ。受け取ってあげなさい」
小声でそうアドバイスをしてくれた。
言われるがままに、カナの手からそれを受け取る。
しっかりとした箱には、ぎっしりと中身が詰まっているのがよく伝わってくる。
「……この間は助けに来てくれてありがと。顔を合わせる資格なんてないと思ったけど、お礼はしておきたかったから」
カナはバツが悪そうな顔のまま俯いてボソボソと喋る。
俺はそんなに3年前のことを意識していないが、カナは違うようだ。
「いや、こちらこそ?」
「なんで、こちらこそなのよ。私はそっちの役に立った覚えはないわ」
ちょっと強気な返しに、懐かしさを感じる。
カナは、ハッとしたような表情に戻り、また下を向いた。無意識だったのだろう。
俺に対してこうして強く当たってきたのは、仲間だった頃はよくあった。習慣とはこういうことなのだろうな。
「そっちは最近どう?」
無言で黙りこくっているのも、居心地が悪い。
どうでもいいような近況確認に、カナはため息を吐いた。
「【聖剣の集い】は解散したわ。誰かさんを追い出したツケが回ってきたの……」
「な、なんかごめん……」
「謝らないでよ。こっちの自業自得なんだから」
カナは思い出すように視線を上に向ける。
「ラウラは、別の仕事を探すからって言って、パーティ抜けちゃた。ランドに至っては、レオにちょっかいかけて捕まっちゃったんだったわよね?」
「そうだったな」
「……馬鹿すぎるわね」
「それな……」
ランドの常軌を逸した行いは、カナからしても頭を抱えるくらいのことであったようだ。
それでも、それなりの期間ランドとパーティを一緒に組んでいたのだから、分かり合おうとした彼女の努力があったことは確かなのだろう。
「カナはどうなんだ」
「私? 私は……そうね。今は凄く貧乏」
──えぇ。そんな抽象的な表現されてもよく分からないが。
貧乏、と。
カナは、自分の髪を指先でいじりながら、明後日の方向に視線を逸らす。
「……今は、パーティに属していないフリーの冒険者としてやってるの。だから、安定した収入とかは中々得られてないし、旧教会都市の調査だって、その……条件が良さそうだったから、調査隊に参加したのよ」
なるほど。
パーティが解散。
その後に入る場所を見つけられていないから、フリーで稼ぎの良さそうな依頼を見繕っていたら、あの騒動に巻き込まれたと。
なんかちょっと可哀想。
「哀れだな」
「うっさい……でも、回復魔法使いは、それなりに重宝されるから、ちょくちょく声をかけられたりするの。だから、多分大丈夫……だと思う」
軽く冗談を交えて話し合い、俺たちは最後にクスリと笑い合った。
「なんか、こうしてカナと話す日が来るとは思わなかった」
「私もよ。悪かったわね……3年前のこと、謝って許されることじゃないけど」
「いや、今が幸せだから、それでもういいんだ」
ラウラと最初にちゃんと話し合って、あれから俺は過去のことに対してのケジメが一通り終わった。
だからこそ、カナとこうして不自然にならない程度の会話が成立しているのだと思う。
……まあ、ランドとは最後まで分かり合えなかったが。
形式的な会話を終え、カナは満足そうに一歩下がる。
「じゃあ、先日のお礼と思い出話は、これくらいで。……私は仕事に戻るわ」
「ああ、今日は来てくれてありがと。話せて良かった」
「うん。あっ、罪滅ぼしってわけじゃないけど、困ったことがあれば協力する……それだけ、じゃあね!」
カナはそれだけ告げて、立ち去った。
なんだか、過去のことが綺麗さっぱり洗い流された気分であった。
静観していたモナは、俺の肩を叩く。
「良かったわね。仲直りできて」
仲直り、いや。
互いが大人になったということなのだろう。
過去の遺恨を残すことなく、それぞれ前に進むことを決めて。
だからこそ、こうして話し合いの場が成立した。
そしてなにより、
「モナがきっかけを作ってくれたからだよ。ありがとう」
停滞していたあの空気を動かすために俺の背中を後押ししてくれた彼女の存在があったからこその会話だった。
モナがいてくれたから一歩踏み出せた。
俺はモナを抱き寄せる。
「ちょっ、ちょっと」
「モナが近くにいてくれるだけで、安心するんだ」
「……そう。仕方ないわね。そこまで言うなら、好きなだけそばにいてあげるわ」
「うん」
頬を染めながら、モナは俺の背中に手を回す。
ぎこちない動き。
俺とモナのこの関係はまだまだ浅い。けれども、歩んできたこれまでの時間はちゃんと積み重なっていて、きっとこの先もずっとモナと共に歩んでいけるのだろうと思える。
そんなひと時だった。
「仲良しだね」
「────!」
「なっ⁉︎」
その刹那の甘い空間は、ひょこっと登場した笑顔のアイリスによって霧散したけど。
また、書籍化に向けての作業は随時進行しております。
情報解禁の許可が下り次第、「追放されたのか?」についてのお知らせをしていく予定です!
今後とも、よろしくお願い致します。