【149話】本当の雇い主(アウグスト視点)
さて、本日2度目の扉開け。
場所は【神々の楽園】のパーティハウスではなく、セントール子爵家のお屋敷であった。
夜分遅いが、多分この時間帯でいい。
仕事ばかりしている俺の雇い主は、しっかりとこの時間もセッセと頑張っているはず。
「ども〜! 相変わらず忙しそうっすね。もう寝たら?」
「貴様……」
勢いよく扉を開くと、案の定その人物はそこにいた。
鋭い目つきで、娘同様に初対面であれば、大抵怖がりそうなくらいの強面。
グロウ・セントール子爵は、豪を煮やしながらそこにいた。
「あはは〜、そんなキレてっと、頭の血管ぶっ飛んじゃいますよ?」
「お前が原因だ。恥を知れ」
「も〜、そんなこと言って、本当は俺に会いたかったんじゃないんですかぁ」
「…………」
──っと、馬鹿話はこのくらいにしとくか、あんまりやり過ぎると屋敷から追い出されるかんな。
瞳の奥に火炎を宿した怖い怖いセントール子爵領の領主様に一礼して、非礼を詫びる。
その後すぐに彼の雰囲気は軟化した。
「それで、今日は何しに来た。言っておくが、お前のお遊びに付き合う元気は今はない」
グロウ子爵は単刀直入にそう聞いてくる。
武術大会が終わってからの期間中、彼から何か依頼を受けるということはなかった。
まあ、武術大会で娘である『モナリーゼを完膚なきまでに倒せ!』というやつはものの見事に失敗したわけだが。
それはそれ、これはこれと区切りを付けて、俺は咳払いを挟んだ。
「お嬢様の身辺について色々分かったことがあったから──その報告」
瞬間、彼の目付きは変貌を遂げた。
「詳しく聞かせろ」
「そのつもりっすよ。これは、伝えとかないとと思って、この時をウズウズしながら待ってたし」
今回の一件は、セントール子爵家、いや、この親子に関して大きな意味を持つ。
出会うべきではなかった。
魔女とこの家の娘。
それが出会ってしまったのだから、動かない方がよかった運命の歯車は残酷にも動き出してしまう。
「魔女と接敵した。──俺だけじゃない、お宅の娘さんも」
「魔女……」
虚空に消えてしまいそうなその声は、嫌悪を含むというより先に何かを思い出すみたいなもの。
その過去に触れることは、今はしない。
「お嬢様は、魔女とあまり接してませんけど。まあ、多分マークされちゃったかなぁって」
「そうか」
あれ、予想と違って驚いていないな?
「反応薄いっすね。いいんすか。娘の危機、見過ごせない事態でしょうに」
「いずれこうなるとは思っていた。予想よりも早かったが」
詳細云々は明言しない。
されども、グロウ・セントールは、遠くを見る。
手の届かない場所に目を向け、物思いに耽る。その様子は酷く弱気で、積極的に動こうとしていないことが手に取るように理解できた。
それでいいのか、と。
今までは違った。
娘のためにひたすらに頑張ってきたこの人を俺は、心のどこかで尊敬していたし、多少は贔屓にしていた気がする。
──だから、
「はっ、過保護の次は、放任主義っすか。面白い選択だ」
「何が言いたい」
「うだうだ考え込んでないで、さっさと俺に命じろよ。娘の身辺警護を頼む。金銭は弾むからって」
一端の領地持ちにこの言い方。
首を飛ばされてもおかしくない。
けど、この人のこの対応は違うから──こんな曖昧な言葉で濁されるのは気に入らない。もっと踏み込んでいくべきなのだ。
が、焚き付けるような俺の軽い挑発をセントール子爵は真に受けてはくれなかった。
「それは酷く魅力的な提案に思う。だが、あまり手を出すのはモナリーゼの迷惑になると思うのだ」
──はぁ、魔女が関わってくるとこの人はどうしてこうも奥手になるんだか。一度の失敗をいつまでも、覚えているくらいなら、全て忘れて失敗覚悟で挑めばいいのに。
後ろ向きな姿勢は結局変わらないみたいである。
はぁ、諦めるか。
……なんて、俺が考えるわけがない。
彼をその気にさせる手札がまだ残っている。
セントール子爵は、心のどこかで安心しているのだ。
【エクスポーション】はセントール子爵領の中で唯一のSランクパーティ。実力保証付きのお墨付き。
そこまで見越しているからこそ、この人が俺を動かす理由を見つけられないのだ。
であれば、だ。
俺は静かに口を開く。
「もうひとつ」
「……?」
「【エクスポーション】に魔女と繋がってるやつがいたとしたら? それでも同じ答えになるんすかねぇ」
ブラフをたっぷり詰め込んだ最低な言葉選び。
けれども、それがこの場においての正解は、この一言に限る。
グロウ・セントールの顔は目に見えて豹変した。