【148話】任務失敗のご報告(アウグスト視点)
「失礼しまーす。今大丈夫っすか?」
扉の軋む音を聞きながら、俺は無遠慮に部屋へと足を踏み入れる。
返答が来る前にドカドカと入り込んだため、先方は大きくため息を吐く。
「相変わらずね。アウグスト」
「んな、褒めなくていいのに」
「褒めてないけど……それで、例の物は回収できた?」
無駄話はお呼びでないと言わんばかりに本題に手をつけようとする。
冷めているというか、黙々としているその対応に俺は嫌気が差してくる。レジーナみたいに大層な反応も返ってこないつまらない人。
【神々の楽園】リーダーのアリア。
粛々と卓上に広がる書類に目を通しながら、彼女は手を出してくる。
寄越せ、と。
しかし、俺はそれを持ち合わせていない。
「……そう、失敗したの」
「まあ、全部抜き取られてたかんな。──ついでに言うと、魔女がいたよ。2人も」
アリアは目を見開くが、すぐに動揺を隠す様に下を向く。
「そう」
「レジーナは弱い方の魔女に殺されかけました、まる」
「まあ、彼女には荷が重い相手ではあるわね」
荷が重いって……レジーナで相手に不足アリなんていちゃもん付けられたら、大抵の人間が無力だろうに。けど、アリアの言い分は的確だ。
レジーナは骨が複数箇所折れていた。
【エクスポーション】のアイリス? とかいういい子そうな魔法使いに回復魔法を貰っていなければ、命が失われていたと思う。
アリアは動かしていた手先を止め、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「それで、どの魔女だったの?」
どの魔女、というのは言葉の通り、個体名──彼女らの名称を尋ねている。
魔女には、それぞれに付けられた名称がある。
そして、今回遭遇したのは、
「見た目からして、【死の魔女】と【私怨の魔女】だと思う」
アリアはあからさまに苦い表情になる。
「そう、【死の魔女】はともかくとして【私怨の魔女】が動いてくるなんて──」
「まあ、後者とはあんまり接してないけどな」
「それで正解よ。……もしかして、例のものも」
「まあ、そうなるんじゃないんすか。魔女が血眼になって【女神の心】を集めているなんて、知ってる人からしたら有名なことっすよ。競合してたのが、手の焼ける怪物だったんだから、アレを持って帰れなかったことに文句は付けないでほしいんだけど」
【女神の心】
七色に輝く宝石のようなもの。
しかし、それは宝石などではなく、莫大な量の特別な魔力を宿した代物である。
体内に取り込めば、強力なスキルを得ることができる。
俺のスキルも、【女神の心】を飲み込んだことによって会得したものだ。
そして、【女神の心】を取り込むことのメリットは他にもある。
例えば、魔女がそれを取り込めば、寿命が大きく伸びるとか……。
「5個全部……はぁ。仕方がない、にしてもね……」
頭を抱えられても困る。
俺が探した時には、もぬけの殻だった。
魔女の手に【女神の心】が渡ってしまったことは、確かに由々しき事態である。けれども、今回はそれ以上の収穫もあった。
──まあ、アリアにこれは伝えないけど。
緩む表情を引き締めて、俺は黙りこくる。
アリアは、トントンと筆を机に何度か軽く叩いた後に天井を見上げた。
「まあ、【猛毒の魔女】がその場にいなかったのだけは、幸いと言うべきかしらね。もし、彼女の矛先が貴方たちに向いていたら、きっと──」
死んでいただろう、と。
それくらい馬鹿な俺でも理解している。
【猛毒の魔女】
名前のインパクトとしては、その他の魔女と同等レベルではあるが、【私怨の魔女】と双極を成すくらいにその危険度は他の追随を許さないくらいに高い。
魔女の中の魔女。
元祖の魔女とでも言うべきか。
とにかく、【猛毒の魔女】はあまり人前に姿を現さないらしい。いや、魔女自体人の多い場所は好まないから、『特に』というのを付け加えるべきだろう。
「【猛毒の魔女】は、比較的温厚な部類だって聞きましたけど?」
「それでも、危険度が計り知れないことに変わりないわ。とにかく、2人が無事でよかった」
「他のSランクパーティの協力もありましたから」
彼らの介入は嬉しい誤算だった。
その上振れを加味しても、目的を果たせなかったということは、俺とレジーナだけで今回の件に当たっていれば、どんな結末が待っていたかは想像に難くない。
「【シリウス旅団】の方?」
「いえ、新参の方っすよ。とはいえ、あのレベルのでメンバー固めてるとなると、国内では俺たちに次ぐくらいになるんじゃないすか」
「【エクスポーション】彼らは色々と気になる点が多いわ。どうだったの?」
「別に、普通に強いなぁって感じ。まあ、Sランクパーティになるのも納得の堅実な動きでしたよ」
──その他にも、色々面白いことを知れたけども。
参考にならない意見を押しつけて、俺は足早に扉へと向かう。
退出準備。
一通り報告しようと思っていたことは、伝えた。
……この場所に用はもう何もない。
「待ちなさい」
呼び止める声。
底冷えするように真剣な声音は、俺の足の動きを阻害するには十分すぎるくらいの圧力を含んでいた。
「まだ何かあるんすか? 言っとくけど、これ以上の報告はないっすよ」
「本当に? 私に隠していることとか──」
「ないっすよ」
「そう……」
話を遮る様に否定する。
例え隠し事があっととしても、その相手に隠してることがありますなんて言うわけがない。
──さて、本命に向かいますか。
「アウグスト」
扉に手を差し出したタイミングで再び声がかかる。
「この後どこに行くつもり?」
是が非でも俺を引き留めておきたいみたいな取って付けたような質問に対して、今度は振り返ることなくぶっきらぼうに雑な声を出す。
「レジーナのお見舞いして、寝るだけだよ。そんじゃあな」
──嘘は言ってない。
俺はレジーナのところにちょろっと顔を出し、その後パーティハウスの門から外に出た。
そろそろ区切りのいいところまで終わります!
次の投稿は2/5日以降となります。