【147話】振り返り
この場所に来るのは、本日2度目となる。
殺風景の中にポツンと存在感を主張しているのは、無数の名前が刻まれた墓石。
枯れた花束や供えられた酒や果物は腐り果て、羽虫がピョンピョンと飛び交っている。
俺とアレンとモナと、そしてアイリスの4人で静かな墓場に赴いていた。
ヴィランは調査隊と共に早めに帰還した。
リーダーとしてやるべきことがあるとかないとか、とにかく俺たちと一緒にこの場所には寄れないの一点張り。
──まあ、ヴィランも忙しいのかもしれないし。
ちょっぴり冷たいと感じなくもないが、無理強いしてまで呼ぶことはなかった。
ゾンビはあらかた片付け、危険性に関しては当初よりもかなり下がっている。それでも、ヴィランが調査隊に同行して、安全の確保を優先するということにも同意できた。
雑音のない空間はしんと静まり返っている。
アイリスだけが墓石に向かって、足を進めた。
「仲の良かったね、私とよく遊んでくれた子がいたの」
絞り出した言葉は、涙声などに濁されたりはしていなかった。
ただ大事な思い出を楽しそうに語る。
アイリスにとってのこの場所は、悲しい思い出と共に楽しい、嬉しい記憶も多くある場所なのだろう。
「私が今こうして生きているのは、その子たちが私を助けてくれたから──感謝してるんだ」
あいにく、お供えの花束などは持ち合わせていない。
それでもアイリスは、大切そうに握ったネックレスを大きな墓石の前にそっと置いた。
「ありがとう。これはもう返すね。私はもう大丈夫。精一杯生きれてるから」
手を合わせ、瞳を閉じ、アイリスは静かに祈る。
それから、アイリスはこちらに戻ってくる。
その顔に悲しみなどは全くない。
「じゃあ、帰ろっか」
明るく、普段通りに振る舞う様は、それまでのことを割り切ったような感じで、
「大丈夫?」
「うん、心の整理はもうずっと前についてたから」
アレンの心配そうな問いかけにも、ハキハキした受け答えをしていた。
過去の後悔を綺麗さっぱり流し去るというのは、きっと簡単なことじゃない。
引きずって、立ち止まって、振り返る。
絡まり付く植物の根のように深く固く引っ付いて離れない。
振り解くのには、長い時間と労力が必要で、解き放たれたとて、いつかまた目の前に現れるかもしれない。
それでも、人は前に進むしかできないのだから、時間の経過とは不条理極まりない。
アイリスの場合は、生きることが辛くなるようなトラウマレベルの嫌な記憶。
大切な人を亡くしたというのは、数多の後悔を抱えるうちのパーティメンバーの中でもアイリスだけなのではないだろうか。
「ちゃんとお別れが言えてなかったから、今こうして、ちゃんと決着を付けれて本当によかった」
「……そっか」
「うん、そうなの」
アレンとアイリスの間には、なんとも言い難い静かでゆっくりとした時間が流れている。
その様子を蚊帳の外から俺とモナは見つめていた。
「ねぇ、レオ」
「ん?」
「レオも何か悩んでたりするの?」
俺の服の裾をしっかりと掴み、モナは躊躇いの表情を浮かべながら聞いてくる。
「どうして?」
俺は別にこの場所に思い入れとかはない。
となれば、悩みというのはそれ以外の要因となるのだが、自分で考えみても思い当たる節がなかった。
と、疑問を問い返してみれば、控え目なモナはコソコソと耳元に口を近づける。
「だって、お墓の方を見てる時のレオがアイリスとかじゃなくて、もっとその先の何かを見ているみたいな感じがしたから」
そんなんだっただろうか。
「もしかして、無意識?」
「ああ……特に何か考えていたとかじゃないな」
「そうなんだ」
モナは顔を向けることなく、納得していない顔のままに返事を返す。
何も考えていなかった、なんて返答をしてみたものの、実際は少しだけ違った。
あの時の出会いを思い出していた。
黒い服が印象的。
不思議な女性だった。
墓場の前に立ち、花を供える様子はとても幻想的で、息巻くのも忘れるくらいに見張れてしまった。
──ギフリエさんは無事に旧教会都市から出られたのか?
彼女の心配をしていたのが俺の考えていたことなのだろう。
名前だけしか聞かなかったけど、またどこかでひょっこりと再会する予感があった。
その時に改めてお礼と世間話でもできればなと。
「墓参りしてた人がいたよ」
言うつもりはなかったのだが、モナのモヤモヤを募らせた視線に根負けした形で俺は真実を告げた。
それを聞き、モナは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「そんな人いないでしょ」
「いたんだよ。黒い服を着て、あまり喋らない静かな女性」
「それ、レオが戦ってた包帯の人たちと関係してるんじゃないの?」
ちょっとだけ、モナは微妙そうな視線を寄越す。
「違うと思う。あの2人と違って、敵意は感じなかった」
「ふーん」
それにあの化け物2人と同じくらいの実力があり、俺たちのことを邪魔者だと認識していれば、不意をついて命を刈り取るくらい容易かったことだろう。
現にあの時、俺は一時的ではあるが意識を失っていた。
無意識の相手であれば、やりようはいくらでもある。
それでも、彼女は俺が目覚めるまで待ってくれていた。
──ギフリエさんって、何者なのだろうか。
心の隅に疑問が芽生える。
彼女から譲り受けた御守りらしい代物。
懐の中にあるそれをそっと撫でて、俺は空を見上げた。
日は落ち、チラホラと輝く小さな星。
聞きたいことは山ほどあるのに、それを聞く機会は今ではない。
生きてるって、色々と面倒なことが多い。




