【133話】気兼ねなく挑戦できる
狂乱。
そう、包帯の女は狂っていた。
足元に多数揺れているゾンビにうっとりし、近付くゾンビに抵抗し続ける俺たちの動きを楽しむ。
俺やアレンがゾンビを一体倒すたびに、その女はパチパチと手を叩く。
──ふざけるな。
見せ物じゃない。
こっちは真剣にやっているのに、相手はまるでこちらを警戒していない。
吹けば飛んでいく下級の存在とでも考えているのだろうか。
であれば、その慢心に乗じて、痛い目見せてやりたいところであるのだが──。
「多過ぎだろ。どんだけ、出てくんだよ」
ゾンビは黒いゲートから無限に出現し、その数は減る気配を見せない。
このまま続けていれば、勝つこともなければ、負けることもない。
しかし、包帯の女がこの現状に飽きて、動きを見せたとしたら、どうなるのか未知数である。
「アハッ、がんばれがんばれ〜」
こちらの気も知らずに、お気軽そうに包帯の女は、楽しそうにこちらの様子を眺めている。
打開したい。
防戦するだけの今は、どうしたって意味のない時間経過にしかならない。
反撃の糸口を掴まないと、旧教会都市からも出られない。
「アレン、隙を見て、あの女にもう一度攻撃できるか?」
アレンは、剣でゾンビを切り裂きながら、視線だけチラリとこちらに寄越した。
「難しいだろうね。そもそも、僕の剣が彼女には効いていないようだし」
「魔法じゃないと効果がないみたいな感じか?」
「いや、そもそも実態がないような──まるで、感触がなかったんだ。次僕が向かったところで結果は変わらない気がする」
──そんなことがあるのだろうか。
攻撃が当たらない。
回避性能に特化したスキルでもあるのかもしれない。
いや、それだとアレンの剣がしっかり命中していたあの光景に対しての説明がつかない。
全容が把握できていない以上、下手に動くとアレンという大事な戦力を無駄に消費することになる。
しかし、形成がこのまま動かなければこちらが明らかに不利になるのは目に見えている。
──なら、俺で試すか。
疲れ切った顔をしたアイリス。
申し訳ないと感じるが、彼女に頼もう。
「アイリス、ちょっといいか?」
「はい。えっと……」
何を頼まれるのか、アイリスは不安気である。
「俺をあそこまで飛ばしたりって出来たりするか?」
俺がそう言った瞬間、アイリスの表情は曇り、こちらから視線を外した。
無理ではないのだろう。
アイリスほどの魔法使いであれば、俺を安定してあの包帯の女のところまで飛ばすなど容易いことだ。
魔力も回復薬によってそれなりに回復しているはず。
けれども、アイリスはそれをしたくないみたいな顔をする。
「……やめてください。そんなこと──レオさんまで、傷付いてしまいます」
悲壮感ただよう声で、アイリスは俺の意見を拒絶した。
──ああ、そういうことか。
ボロボロのレジーナ。
彼女がどういう経緯でこうも死にかけているのかが理解できた。
アレンのようにあの女に挑み、有効打を当てられず、謎の衝撃波によって壁に強く打ち付けられた。
そして、そのレジーナを包帯の女のところへ飛ばしたのが多分アイリスなのだ。
それ以外の方法がなかったのだろう。
選択肢としては間違っていなかった。
相手の実力が測れないなら、そうするしかなかった。
結果的にそれは失敗してしまったようだが、アイリスもこうなる可能性が見えていなかったというのはあり得ないこと。
両者の承知の上でやったことだ。
そして、俺がそれを再度行おうとアイリスに持ちかけた。
否定されて当然だな。
自分が送り出した相手がまた血だらけのボロ布同然になって送り返されたら、罪悪感が凄いことになる。
同じ轍を踏みたくないというのは、当たり前の感覚だ。
──でも、
「アイリス、頼む。俺はこの状況をなんとかしたい」
説得はやめない。
何度でも言う。
俺はまだ何も試していないから。
レジーナがダメで、アレンもダメで……。
しかしながら、俺がダメと決まったわけではない。
あの女がどんな風に脅威であるのかを肌で感じていない。
実際に間近で対面すれば、分かることがある。
「ビビってたら、何も変わらないから」
「──っ、そうですよね」
アイリスは、地面に落ちている自分の魔法書を拾う。
「恐れてたら、何も変わらない。……無謀でも、挑戦すべきですよね」
「悪いな。こんな役目を押し付けちゃって」
「いえ、私はレオさんを信じて送り出します」
アイリスの目から迷いが消えた。
大丈夫。
仮に俺が無惨に負けたところで、アレンとアイリスの2人が揃っていれば、逃げ出すくらいできるだろう。
──時間稼ぎも視野に入れつつ、あの女に有効そうな手法を試してみるか。幸い俺には、二人に無いものがあるのだから。
「アレン」
「ん?」
「俺がもし、気絶するようなことがあったら──アイリスとレジーナを連れて逃げてくれ」
随分と身勝手な言い分。
自己犠牲もここまでくるといっそ清々しいくらいである。俺であれば、そんなことを言われて黙って行かせることはさせないし、その物言いを咎めることだろう。
しかし、それを聞いたアレンは、俺のことを険しい顔で見ることはなく、その馬鹿な発言を鼻で笑った。
「ああ、レオがもしも戦闘不能に陥ったら、その時はきっと──僕がレオ含めて、全てを守りながら、勝つよ!」
──大それたことを言うじゃんか。流石は、完璧超人であり、俺の相棒。
まあ、そう返してくるかとなんとなく分かっていた。
アレンは仲間を見捨てない。
全てを掴み、一滴たりともそれを零すことを許容できない不器用で優しいやつなのだ。
「なら、後々の展開に関しては、お前に任せられるな」
「ああ、レオは何も気にせず、勝ってきてくれればいいよ。僕の見せ場とかは考えなくてもいい」
預けられたのは信頼の言葉。
俺が負けることはないと、アレンは信じてくれている。
だから俺は──、
「じゃあ、あの生意気な女の鼻っ面へし折ってくるわ」
臆することなく、それを口にした。